終-前 ビクトリー・ラン
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「リリエッタさんっ!!」
「ユウコ!無事だったのね良かった…!ミレオは…」
「おじさん…は…」
必死に走って来る由布子を認め、安堵するリリエッタ。
しかし側にも何処にも見当たらない、長身痩躯の異星人に、一抹の不安を覚えた。
そしてその顛末は、目撃していた少女の口から、ゆっくりと、確かに伝えられた。
「そう…そう…なのね。本当に…なんて人間らしい…宇宙人なのかしらね…だから…あんなにシュウジは、戦えるのね」
「…頼まれちゃいましたから」
「ユウコ…」
「宗士、頼まれたら、断れないですもん。だから…必ず」
轍を、ただひたすらに見つめ続ける少女。
走り、太陽に照らされて、迸る汗も気にせず、今はしっかりと、その跡が消えない様に、願い続けていた。
「中尉!オメガが…異星船に!コレは!…」
「どうしたのフリードリヒ!」
「異星船が…地下の…いえ!モロッコ、西サハラ、セネガル、ヨーロッパ南西部の鉱物資源…原油を吸い上げていま……うぉっ!?」
「何!?」
突如として巻き起こる地鳴り。
否、正確には、超広範囲の地盤沈下と液状化現象が、サハラの大地全体を、巻き込もうとしていた。
※
『ッーーー…ーーッ』
血の様に迸る筋を、蠢く様に灯らせる、黒鉄色の要害。
その頂点に立ちーーー否、這々の体で攀じ登り、大きく体躯を撓ませる銀巨人。おおよそ人智を超えた超常の存在である事を窺わせない、『人染みた』疲弊した挙動。
そしてその中に、屈辱と憎悪を宿して。
『この…星は…不完全だ…循環能力は余りに乏しく…生態系は未熟な種が頂点に立っている…管理能力は無に等しい…』
血脈の様に、頂上へ向けて流れるエネルギーの奔流。全方位から其処一点に集うそれは、巨人の足下から全身へ流れ込み、再び、しかし今度は鎧ではなく、纏い、覆う《気》へと、その黒血色の性質を変えた。
『故に…』
「テメェが管理人やってやろうってかよォォォォォォッ!!!!!」
爆音と共に迫り上がって来る、巨大V型三気筒エンジンのラリーレイドオートバイ。
飛び上がり様に変形すれば、ひたすらに真っ直ぐに、右ストレートの拳を打ち下ろして来る。
『ぬぅんっ!!!』
「自暴自棄にしても八つ当たりがデケェなァァ!!!」
『フッッ!!!』
「グっ!」
ぶつかり合う拳と拳。しかし黒銀巨人はその身体を瞬時に落とし込むと、頭上からのムーンサルトキックの強襲で、ヴェシュルトを昏倒させた。
「…ってぇ…そっちの方が活き活きしてるみたいだなぁオイ」
『…星の代謝による地下の液体エネルギーと我々のエネルギーの化合物…貴様達はそれを自ら生み出したと思っているが、その実は我々のエネルギーが取り込み、組成を変化させているのだ。故に液体エネルギーを我々の舟で取り込む事も造作でもない』
「そうかよ…ガソスタに定住してりゃそりゃ何時迄も空吹かし出来るだろう…っ!…ガハッ…」
『どうした。星の、ヤツの力を使わないのか』
瞬発力、一撃の攻撃力共に増大、増強された巨人のボディーブローがヴェシュルトを捕らえる。
めり込んだ拳は更に深く入り込み、ボディブロックを固定するボルトをフレームごと十数本破壊した。
「ーーっ…」
思案する宗士。エネルギーを蓄え続ける相手と違い、ただでさえ砂漠から遠い異星船。隕鉄の頂上。明らかに下がり続けている出力。
圧倒的不利な状況下。その、打開策はーーー。
『自ら剥がれ落ちた者の力…やはり此処までか』
「ごッ……」
エルボーがヴェシュルトの右肩に捻り込む。堕とされかける身体。しかしそれでもアクセルをフルスロットルで開け続け、意地でも膝を折らせんと抗う宗士。
その視界に、ライダースーツから零れ落ちる、一つの刺繍。お守り。
「(オッサンが教えてくれた…ファティマの…)だよ…なァ!」
『クッ…抵抗を…!?』
ハンドルを切りバンクした状態でクラッチをリリースすれば、ウイリーターンのモーションから発動される鈍重な掌底で、オメガの顔面を張り刺し、押し飛ばすヴェシュルト。
そして体勢を立て直し、行うは。
「こんな山火事山で…!焼けてる…山…三角おにぎり…つーか何より…ココは!!!」
『…ッ!!!貴様ァァ!!』
「オッサンの実家でもあっからよォォ!!!俺だって吸い取れるよなァ!!」
靴底に、リアブレーキペダルとシフトペダルに意識を集中させ、其処から集まるエネルギーを同様にヴェシュルトへと送り込む宗士。
伴い、麓から昇る砂の風。
再び蒼砂粒の炎が、その身に纏われた。
『…………ぬおォォォォォォォォォゥゥゥゥッッ!!!!!!』
「いい加減ケリつけんぞ黒ハゲェェェェェェ!!!!!」
吶喊する、オメガーーー、咆哮する、黒銀巨人。
応じる、ヴェシュルトと宗士ーーー、雄叫びを上げる、V型三気筒エンジン。
オメガより繰り出される、神速の左拳。
それを紙一重首を傾げ躱せば、腕を取り、アクセルターンのライディングを発動し、踵のスパーを軸に百八十度旋回、一本背負いで投げるヴェシュルト。
しかし空中で体勢を回復、再び刃へと変現させた右腕から斬撃波を飛ばすオメガ。
抜刀した肩部バックファイアブレードで弾き、斬り落とし、迎撃するヴェシュルト。
その止まった脚へと大出力のバックファイアを放つオメガ。
それをサイドアーマーのサイレンサーライフルから放つ弾丸で打ち消さんとするヴェシュルト。
尚も火力を上げ、ヴェシュルトの弾丸を掻き消すオメガ。
ならばと右拳に蒼砂粒を纏い殴り飛ばすヴェシュルト。そのままアクセルをフルスロットルで吶喊。ウイリーアクションによる渾身の右ストレートを巨人の左頬へと叩き込む宗士。
頬にヒビが入り、首が伸び、大きく仰反るが、憎しみを込め左脚を大きく踏み込み、右脚でのハイキックをヴェシュルトの頭部へと打ち込むオメガ。
フロントカウルで形成された左側頭部が割れ、カメラアイの破片が飛び散るヴェシュルト。
更に追撃、着地した右脚を軸脚に、左後方回し蹴りを放つオメガ。
しかし左腕を深く構え、受け止めれば、左脚から腰を掴み、パワーボムを全力で山腹に叩き付けるヴェシュルト。もう一度持ち上げ、もう一度叩き付ける。更にもう一度持ち上げーー。
様としたヴェシュルトの腹部に、掴まれたままドロップキックを打ち込み、脱出するオメガ。
一瞬生まれた間。しかし二体は即座にその距離を無にし、肉薄。
そして。
『ムゥゥゥゥゥゥオォォォォォォォォ!!!!!』
「でぇェェりゃあぁぁぁァァァァァァアアアッッッッ!!!!」
遂に足を止め、防御を止め、ただ、ただひたすらに、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り、殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴りーーーーーーー。
「ーーーっ…」
『ッーーー』
その腕が上がらなくなるまで、互いの顔面へ、拳を叩き込み続けた。
そして。
《フンッッッッッッ!!!!》
最後に、唯一残った振り上がる頭と頭を、死力を振り絞り、ぶつけ合った。
二体が倒れる。
地鳴りはその叫びを次第に鎮めて行く。
鮮血迸る黒鉄色の異星船は、再びその姿を山塊へと戻した。
頂上に、立ち上がったのは。
「まだ…ゴールじゃねぇんだよ…パリダカはよぉ…」
『…………殺せ…あの者と同じ…命は、ココだ』
倒れたまま、視線のみを胸部中心部へと向ける、その彩色を元へ戻した銀巨人。
宗士は一度、其処を見やるも、直ぐに視線を外した。
そして下す手の代わりに、言葉を。
「…オイ…走れよ。お前」
『何を「うるせぇ。レースの相手もう殆どいねぇんだ…パリダカがオジャンなんだよ…お前付き合え」…可笑しな事を言う…』
「つったってお前…気になってたんだろ?ミレオのオッサンが…好きになったモンが何か」
『!』
血走る眼が、微かに開く。
其処に湧いた感情がなんなのかは、巨人自身、知るべくも無い事ではあった。
だが、受け流す事の出来ない、感情だった。
「あそこ…ダカールがゴールだ…山降りて…砂漠走ろうぜ。銀ハゲェェ!!!」
大きく息を吸って、叫びながら吐く。
ロボットからオートバイ、更に元のサイズのオートバイへと戻り、アクセルを開ける宗士。
『…知る事など…出来んさ』
それに、それが、無駄な事だと知っていても、巨人は、オメガは、一人の異星人は、何故か、ついて行った。
走り出していた。
袂を分けた男が見たモノが、何なのかを、見ようと。
パリダカ、ダカール・ラリー最終日。
世界一過酷なレースに於いてその日は、完走した者全てが勝利者と呼ばれる。
それを人はーーーー。
ビクトリー・ランと呼んだ。
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