3-5 想い、全開

ーーーーーーーーーー


「ぁ……ぅ…」


 ダメだ。何も見えねぇ。真っ暗だ。

 俺が目を瞑ってんのか、コックピットのスクリーンが全部落ちたのか、或いは両方か。

 いや、目ぇ開いてんのに、燃やされて何も見えなくなっちまったのか。全然、分からない。


 何やってんだろうな。俺。


 今まで…散々由布子の事笑った奴は、ボッコボコにして来たのに。


 男も女も関係なく、謝るまで泣かせて来たのに。


 一番の大元の元凶に、手も足も出ねぇ。良い様に、弄ばれて、完膚なき迄に、叩きのめされた。


「…ダッ…セ…………「宗士君ッ!!!」…」


 あ…この声……ミレ…。


「不味い…!心停止だ。「ミレオさん心臓マッサージ!十五回だよ」!…ああ。お嬢さんは…っ!…」


「ーーーっ…………ミレオさんもっかい!」


「あぁ!!」


「ーーーーーーっ………」


「…頼む。宗士君…」


「もっか「ごっ…ぅぇっ……く…はっ…」!…バカ…寝過ぎだし」


 全然、三途の川迄は遠かったな。六文銭持ってねーから、どうせ渡れないけどな。


 つーか…コイツ…。


「砂とか…土とか埃とかついてっから、口に付くぞ黒ギャル」


「いいよ…」


「女なんだからもう少し…相手選べ」


「知らないし…初めてだし…」


 黒ギャルのファーストキスがバイク馬鹿幼馴染の人工呼吸器とか笑えるな。


 笑える…涙流しながら笑うなよ。由布子。こんな時まで、オッサン見てんぞ。


 本当にこの、照りつける砂漠の太陽みたく、眩しい笑み浮かべやがって。


「それに…こんなトコでだけど、相手は元々の予定と変わんないから、良い。あんま女ナメんな」


「ハッ…ハハハ…相変わらずだよ…由布子」


「うっさい…バカ」


 本当に…腹括った時のコイツには、何も言えねーや。そういう覚悟を、ずっと見せてくる。


 あの頃から、ずっと。


「で…ミレオさん状況は?」


「リリエッタとフリードリヒ達が足止めしてくれている。だから…宗士君。最後に、君に、君達に、話して置くことがある」


『?』


最後…?


「宗士君…そして由布子さん。七年前のあの日、あの車に居たのは…奴と、私だ」


『!!!』


「そう…アレは、オートバイの次に、私が宿ったのが、日本のその車だった。その時の私は…まだオートバイへの、ダカール・ラリーへの未練があったのだろう」


 七年前の事を、つい最近の事を思い出すみたいに、具体的なその時の気持ちを打ち明けるこの人。


 記憶容量が良い…違うな。本当に、心に刻まれているのか。


「無意識の内に…それを求めていた私は、あの町を走っていた当時…電気回線を経由して、パリダカが何処かに映っている事を見つけたんだ」


「それ…ウチの…」


「俺が…テレビで見てたヤツか」


「私は嬉しかった。こんな、遠く離れた日本でも、オートバイを、パリダカを愛してくれるヒトが居ることに…だが、その時だった」


 ほんの少し、笑みを浮かべたオッサン。かつての嬉しい気持ちがそのまま顔に出てるみたいに。


 だけど直ぐに、口を真一文字に結んだ。

 次の気持ちが、そのまま顔に出た様に。


「余りに…唐突だった。私のいた車は…誰も乗せぬまま、急に走り出したんだ」


「…」


「私自身、事態を把握出来なかった。身体を操られた感覚、それすら無く…『もう一つ、誰か』が、其処へ…君達の下へと、飛び出して行ってしまったんだ」


「それが…アイツか」


「…事故の後、泣き叫ぶ君達を見て、私はただ、オートインテリジェンスの中で、謝る事しか出来なかった。声も何も出せない自分が、悔しくて堪らなかった」


「おじさん…」


 その時の気持ちが、素直に想像出来てしまったのは、俺がこのミレオってオッサンを、知ってしまったからなのだろう。


 本当にそう思ってる人だって、こんな短い間の付き合いでも、思える様に、なってしまったから…なんだろな。


「そして…ヤツが語り掛けた。『馴染むな』と、『欲するな』と…『羨むな』と」


「…」


 先刻まで対峙していた時と変わらない怒り。奴の中に渦巻く、この星に、人間に対する憎悪は昔からずっと、積み重なって来た物だったんだろう。


 だけど、同様に…ミレオさんも。


「由布子さん…君の…女の子の身体に傷を付けてしまった…本当にすまない…御免なさい。宗士君…キミを…ただただ、オートバイが好きな男の子で居させてあげて欲しかった…申し訳ない」


 泣いてる。メタルの、金属生命体の、人間のフリしてるだけのオッサンが、ボロボロ泣いてやがる。


 何だよそれ。そんなんよ…そうまで思い詰められる宇宙人…どうやって責めろってんだよ…なんつー不器用なオッサンなんだよ。この人…。


「だから…あのハゲと袂分けたんだろ?」


「…ああ。相変わらず、キミは察してくれるなぁ」


「アンタから見たら宇宙人の子供二人相手に、同族に喧嘩売る覚悟決めたんじゃねぇか。じゃあ、俺と一緒だよ」


「一緒か…そうかもな…だからキミは、キミのオートバイは、完成形に、ヴェシュルトになれたんだろうね」


 それがどうかは、俺にはサッパリ分からない。なんでロボットになれたのかは、今更どうだって良い。でも。


 この人が、鍵を託してくれて良かった。

 この人に、名前を付けて貰えて良かった。


「…だからそろそろ、七年前のケジメを着けるよ。宗士君」


「!?」


「ちょ、オッサン!!!」


 ミレオさんの身体が、白く包まれる。

 蒸気か、煙か、まるで、オーバーヒートしたマシンみたく、白く、白く包まれる。


「元は…私の力の一端だ。だから…最後は全て、明け渡すつもりだった。宗士君…パリダカを…ヤツを…頼む」


「おじさぁん!」


 由布子が叫んで数秒、そこには、もう誰も居なくて。

 それが、この人の、限界を示しているのか。

 それが、この人の、贖罪を示していたのか。

 判らねえ。分からない。知ったこっちゃねえ。


 けど。


「…わかったよ」


「し…宗士?」


「…まだ、レースは終わってない…んだな。オッサン」


「宗士!「帰ったら、また焼きおにぎり食わせてくれよ。由布子」っ…………うん。だから絶対…帰って来い!」


「ーーーーーっ…おう!!!」


 其処に、唯一残った、新しい、新しいけどなんだかやっぱりボロっちい鍵。


 それを差す。

 差し込む。


 なんだコレって位、スルッと入った。

 なら後は、イグニッションまで回して、エンジンに火を入れて。


「ブッ飛ばしゃあ…良いだけだよなァァアッ!」


大きく息を吸って、めちゃくちゃにデッカく吐いた。



ーーーーーーーーーー


「ヒッ…うわぁぁぁっ!!!」


『些末な、塵芥よ…』


 闇黒の手刀が、空挺隊員を一人、また一人と屠る。


 次第に数を減らして行く部下達に、唇を強く噛むフリードリヒ。それでも任せられた任務。此処で止める事など出来ない。


「隊長!残弾二!このままではもう…」


「陣形変更!スクエアに移行する!チャーリーとブラボーはサイドを入れ替え「フリードリヒッ!」!…」


 既に、殆どを覆わなくなってしまったジャミング波。その大きく開けた巨人の視界が、リリエッタとフリードリヒ、隊員全てを捕らえる。


 数刻前、唯一の希望を炎に包んだ火球が、メルズーガの砂の大地を、燃やし尽くさんとしたーーーー。







【ごんっ!!!!!!!】








『!?』


 ーーーー瞬間、大きくグラつく大巨人。


 側面からバランスを崩されたその体躯は、片足でどうにか姿勢を保とうとしたものの、しかし支え切る事は叶わず、遂に背中を地面に着け、青天井を向かせた。


「……来たみたいね…口の悪い獅子の子が!」


「遅いぞ…日本人ッ!!」


 悪態を吐く様に其処へ視線を向けるリリエッタとフリードリヒ。


 だがその口角は、大きく上げられて。

 その視線の先へと、もう一度希望を託した。





ーーーーーーーーー


「…そうか…コレが…」


 下を見る。高さは変わらない。地上から十メートルだろう。


 コックピットの視界も変わらない。スッキリと良く、周りが全部、砂漠中全部見渡せてる。


 だけど…一つ。


「コレが…コイツの…ヴェシュルトの…全力なんだな!!」


 アクセルを開ける。エンジンが、唸った、轟いた、弾けた、吠えた…いや、叫んだんだ。


『総て明け渡すとはヤツめ…愚かよ』


「それを決めんのはテメェじゃねぇんだよぉォォッ!!!!」


『ならば…示してみせろ』


「今から見せてやるよォ!!」


 フロントフルブレーキでハンドルロック。アクセル全開でクラッチリリースのアクセルターン。


 それを、もう一度。いや、二度、三度、四度…回転に、回転、旋回を、重ねに重ね続ければ!


「ブッ飛んでけぇぇッ!!!」


『ぬうぅっ!!!』


 砂塵の旋風は、その姿を大きく、太く、猛々しく膨れ上がらせ、大砂嵐の竜巻となって、大巨人を呑み込み、吹き飛ばした。


「飛ばしただけで…終らねぇぞォォォォォ!!!!!」


『ッ!!…』


 ブレーキのロックを解除。同時一気にリリースされたクラッチに伴い、フルスロットルで飛び出すマシン。目指すは一点。吹き飛んだヤツが受身を取ろうとする其処へ。


「フンッッッッッ!!!!!」


『ガッ…』


 砂を蹴散らし爆走、変形。

 加速を一切落とさないまま変形した俺とヴェシュルトの拳に、ありったけの怒りを込める。


 伴い、拳を覆うガントレットの様に形成される、《蒼い砂粒》。


 バックファイアと、吸気した砂漠の大地そのもの。組み合わせて生み出したパンチを黒ハゲの顔面にブチ込めば、もう一度、青天井向かせてやった。


「…オイ、何処が愚かかもっぺん言って見ろよ」


『フッ…始祖の力と同等の力を手に入れて…さぞ嬉しかろうな、ヒトよ』


「生憎テメェとは違ぇんだよ。ミレオのオッサンオリジナルのモンだ。パリダカ推しのオートバイヲタクの結晶だコノヤロウ」


『そこまで迎合するとは愚かな男だな、アレは』


「見下してばっかだから…愛想尽かされたんじゃねぇのか?なぁ」


『………劣性種がぁぁッ!』


「感情表現が遅ぇんだよぉォォォォッ!!」


 立ち上がり様、もう一度あのクソデカい大火球を放って来るコイツ。


 また黒焦げにされるかもという懸念が俺を襲う。


 が、避ければ、足下の皆、だけじゃなく、由布子まで巻き込まれる事は必至だ。なら…。


「避けねぇッ!!!」


『賢しい真似をォォ!!!』


 肩、そして両腰のマフラーを前方に展開。バックファイア点火。その火力に砂漠の力も入れ込む。


 炎と融合した砂の壁が迎撃。ヤツの大火球の障壁となり、ぶつかり合い、均衡。そして、打ち消した。


『ヌァアアッ!!!』


「っ!見た目とのギャップが強ぇなぁッ!」


 再びその巨体からは想像も出来ない程の速度で走り出し、飛び蹴り放って来る大巨人。


 一度フロントフォークを思いっきり沈み込ませて、背筋全部で持ち上げる様に今度は浮かす。


 跳躍し、躱した、高く、高く飛び上がったヴェシュルトが、今度は蒼砂粒を纏って、反撃の飛び蹴り。


 いや、この高さならもう文字通りのライダーキックを、今度こそコイツの膝にブチ込む。


『グゥッ!!』


「イッテぇよなぁ!関節キメられるのはよォォ!!!」


『フンンンッ!!!』


「ッ!」


 だがやはり一筋縄ではいかない大ボス。

 直ぐさま体勢を立て直せば、右腕に隕鉄の鎧を結集。


 刃の様に形成した其処から、俺の着地の隙を狙って、赤黒い斬撃波を飛ばして来た。


「(デカ過ぎだろ…肩のマフラーレーバテイン一本じゃ足んねえよな…どうす…)いや!」


 先ず、肩の一本引っこ抜く。


 そして、サイドアーマーの二本も引っこ抜く。それを。


「全部繋げて…集合管…いや直管ってかァァ!!!」


『ムォォォッ!!!』


「おおおおおォォォォッ!!!!」


 斬撃波とぶつかり合うマフラー三連結バックファイアブレード。


 ヤツの倍近い波動は、イカれたデカさだ。

 だけど…だけどなぁ!!!


「売られた喧嘩ァ…タッパの差で引いた事なんて一度もねぇんだよなぁぁぁぁッ!!!」


『!?』


「お前が自分ち全力なら、コッチも地球全力だぞォォォ!!」


 砂を、砂漠の大地を象る、小さい、小さい砂粒を、集めて、集結させて、エアクリーナーエレメントが吸っちまう位の、蒼く、洗練された結晶を纏って、大剣と化せ。そうすれば。


「ブッタ斬れるッッッ!!!!!」


『グゥゥゥゥゥゥゥッッ!!……………』


 斬撃波を、砕く。


 そのまま、ヤツの鎧を、両断する。


 左半身を、斬り落とす。


 大剣の残心が地面に落着して、大量の砂が舞い上がった。


「ーーっ……さぁ次は…?ヤツは…!!?アイツっ!!!」


 振り向き様、しかし姿を消すオメガ。

 目を凝らせば確認出来る、その場所へと逃走する姿。


 そう、その、根城へと走って行く。


「何度も何度も…逃げてばっかいんじゃねぇェェっ!!!!」


 変形。そして加速。巨大な轍を、砂漠に刻み込みながら、計らずも…いや、宿命なのか、この歪過ぎるパリダカは、奇しくも最終チェックポイントである宇宙からの来訪船へと、舵を切り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る