3-1 強走
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『ーーッ…ーーッ…』
深淵の砂楼。しかし砂の字がまるで意味を為さない程の重さを持った、闇を放つ城。その頂上。潰れた錐の頂点に座り、項垂れ、荒く息を吐く巨人が一人。
『モウ…イい…スベてハ…センなき事…』
首だけを上げ、血走った眼を強く、闇の中で輝かせる巨人。
頭の中で、一つ一つ、事象を組み立てて行く。
直近の記憶には、斥候の消失による苦味があった。
『アノ…ジンルイ…ソシテ…メザメタモノ…オロカニクミシタ…カノモノ…モウ…モウイイ…スベテ…ナクソウ…スベテ…コノホシノアリヨウカラ…ナクシテ………………ウゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッ!!!!!!』
銀の体躯が、毛髪の無い体皮が、【逆立つ】。
身体そのものを包み込み、捩じ切らんとするばかりの圧力で、締め上げる。
その身を圧壊させたかと思わせる程の力の凝縮に、形象崩壊を起こしたかに見えたーーーその時。
『ーーーっ………もう、止そう。全て、無に帰そう。あの有機生命体は…今日が終焉の日だ』
纏わりついた物を全て、食い破り、割り、弾けさせ、出たる闇黒の、隕鉄の外郭を纏いし巨人が、終結の言葉を、口にした。
『…』
同時に、砂から生まれし幾体もの眷属達。三十年前に飛来した地球外知的生命体は、その雌伏のときを終え、遂に侵略へと踏み出した。
ーーーーーーーーーー
『さぁ、今年も遂に始まります、ダカール・ラリー。七十周年を記念した今大会は、実に第一回以来の車種別区分を廃した、オールジャンルド、フルアタックとなりました。それに伴い、今回は通常より大幅に短縮された三日間でのスーパーショートスパートランが行われます』
「…」
エッフェル塔のお膝元、シャン・ド・マルス公園。
国立公園でありパリ最大の面積を誇るこの公園に、百五十台もの多種多様なマシンが、一斉に駆け出す時を待っていた。
〜〜〜〜〜
三時間前、シャルル・ド・ゴール空軍基地、ブリーフィングルーム。
「本作戦、最終確認を行うわ」
ホログラムテーブルに大きく映し出された地図画像。それを囲む様にして、リリエッタ、宗士、由布子、エルドレド、フリードリヒ他空挺隊員。そしてミレオが覗き込む。
「至ってシンプル。先ず、混成レースである今回のパリダカは、集団編成は形成され難い可能性が多いにあるわ。だから序盤のセレクティブセクターはそのまま団子で他選手と並走。その後スペインに突入してリエゾンコースに入った所で宗士は段階的に後退し、アフリカに突入する直前に最後尾に付く」
「シンプルって割に中々テク要らね?」
「あら、最初から置いてかれる気なの?」
「試合前のアドレナリン上げる作戦だなわかるよリリエッタさん」
返答に不敵な笑みを浮かべるリリエッタ。緊張感に包まれていたブリーフィングルームが僅かに弛緩した。
「その後、モロッコ突入。最終チェックポイントの巨大隕鉄、異星船に接近する前に、ファイナルセクションのマラソンステージで一気にトップに踊り出なさい。そこで一斉に向かって来るパリダカマシン達、そしてトリガーとなる貴方に引き寄せられて、必ず奴は来る。あなたの完成形人馬種、コンプリートモデル「ヴェシュルトで良いよ」?」
「昨日名前付けた。一々長えし、ヴェシュルトだ。俺のマシンのオートバイロボットは」
「オシャレ力無い宗士にしちゃカッコよ!」
「うるせぇ」
由布子のその一言で、とうとうその場の全員が声を出して笑う。
ミレオが名付けたのだと訂正しようとしたものの、当の本人が言わなくて良いと、アイコンタクトを送った故、諦めて苦笑した宗士だった。
「名付けても識別コードはそのままだけど…良いわ。そのヴェシュルト、で迎撃。一網打尽よ」
「しかし…ワザとドベになってからブチ抜けって、ホント無茶苦茶なミッションだな…」
だがそれが最も迅速かつ効率的に交戦出来る唯一の走破ルートだという事は、宗士にも幾度となく伝えられていた。ただ一つ、把握し切れていない要素があった。
「つか…そもそもの話、他のパリダカマシンが囮になるってのが、よくわかんねぇんだよな」
「それは宗士、レース直前になれば分かる」
「?」
肩に手を置くミレオ。安心感こそ有れど、宗士の疑問は解消されないままでいたのだが。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いや…こりゃ…なるほど…」
公園に響き渡る、オートバイ、ラリーカー、バギー、カミオントラックのエンジン音。そのどれもが轟々と唸り、今か今かと走り出す時を待ち続けていた。
花の都には似つかわしくない、年に一度の光景。だが同時に聞こえて来たのが、『言葉の様な機械音』だった。
「アンタら…そうか。ミレオさんの仲間…同じ意志を持ったマシン達、なんだな」
現代に於けるパリダカは、無論俺の様にノーマルマシン(この場合はオートドライブとの比較であり、勿論ラリーレイドのカスタムはされている)でのライダー、ドライバーによる運転での参戦も有れば、レギュレーションによって車体スペックへの制限こそ設けられるものの、オートドライブAIの搭載を認めている車種も多様にある。
その、散発的に参戦しているオートドライブマシン達が、俺に「お前がミレオの言った小僧か」だの、「本当にやれるのか?」だの「ガキがパリダカについて来られるのか?」だの「この星の運命を背負うには若過ぎる」だの、好き放題、ミレオさんの鍵を、俺のマシン…ヴェシュルトを通して言って来るのが分かった。成程コレが、非覚醒状態の同志ってヤツか。
「あぁ…やるよ。やってやっから、アンタらもちゃんとやってくれよな」
色々言われ様とも、俺のやる事は変わらない。
要はこのパリダカを、サハラの大砂漠を、最後は誰にも負けない速さで、ブッ飛ばしゃ良いだけだ。
なんて少し熱くなった俺の頭に、影が差した。日傘…か?
「しゅーじっ!」
「おぉ…って何だその格好」
「ちょっとは箔付けとかないっしょ?」
「いやだからって…」
今日のパリは、いや元から暑い都市ではあるが、かなり暑い。ワークス参戦、プライベーターでもかなりの数のチームが、広告宣伝に加えてファッションの聖地でもあるが故、レースクィーンを伴っている。テレビカメラに写りながら、出走前のレーサー達に日傘を当てている訳だが、何でコイツまでそんな格好してんだ。
「似合わないかな?」
「…似合わなくは、ない」
「でっしょー?昨日リリエッタさんに買って貰ったんだー」
「あの女…」
普段着なら派手目の真っ赤なワンピースだけど、この場でなら割とシックな装いだ。
まあ…身体のラインが出てっから、爆乳黒ギャルなのは目立ちまくりだが。
でも、そうだな。こうやって、発破掛けてくれんのが、コイツだよな。
「…宗士さ」
「ん?」
「ありがと。旅行連れてってくれて」
「うるせぇ。連れてってねぇし、連行だこんなモン」
「アハハ…寧ろ誘拐じゃね?」
「それな」
なんて言って、最後に二人して馬鹿笑いしたら、もうスタートだ。緊張、解しに来てくれたんだろうな。
だけど…お前が一番、良いレースクィーンに見えるよ。こん中で。
『それでは第七十回記念ダカール・ラリー!全車スタートです!!』
「しゃあァァ!!」
爆音が、パリに谺した。
ーーーーーーーーーー
「どう?」
「ココまでは良いツーリングだよ」
随伴車のダンプトラックから、常時宗士のマシンを捕捉し続けているリリエッタ達。
ミレオは逐一他の協力車と、宗士のポジション取りを適宜調整する様監督し、指示を出していた。
「そう…当たり前ではあるけれど、このセレクティブセクターがそもそもの鬼門よね」
「あぁ」
ーーーーーーーーーー
「大体九十位前後か…」
パリダカ、ダカール・ラリーはそのイメージというか広告ビジュアル的にだが、砂漠、荒地、乾燥地帯のジャングルを走る印象が多い。
しかし当然ながらスタート地点は先進国であるフランスのパリ。そこからスペインを経由してアフリカに渡る。即ち、そこまでは大半がストリートのオンロードレースでもあるのだ。
「神経使う難しい走りだよな…」
しかしなんつーか、不思議な感覚だ。このラリーレイドのマシンを駆って、石畳みてぇな街道を突っ走る。よく考えりゃ無茶苦茶なレースだよ。
「だからこそそのギャップが…面白いんだけどなッ!!!っとお!!?」
脇を掠めるライバルマシン達。右からカミオントラック。左からはワークス参戦のオフロード仕様に改修されたツアラーバイクだ。こういう無茶苦茶な組み合わせも…。
「パリダカならではだよなッ!!!」
まだシフトアップはしない。この石畳は思ってたよりギャップが大きい上に勾配がある。
自然公園でのフラットダートよりガタつく所もある手前、トルクが必要になって来る。
四速のまま、アクセルは開け続けろ。ケツはちょい浮かせて、余計な振動は膝で吸収だ。
「ハッ…この一般道思っきしブッ飛ばすのが日本じゃ有り得なくて最高に面白ぇな!!!」
明らかにレース用にセッティングされてない街の真ん中を突っ切る。飛石も遥かに多い。
それがどんだけ危険な事かは、走った者にしか分からない。そしてその分の、興奮がある。
「さてと!もう少し上げてくか」
後ろの方には居ろと言われたが、このセレクティブセクター、要は一次予選だ。全百五十台中、スペインバルセロナまでのチェックポイントを、先着七十台までが突破出来る。
つまり残り八十台は問答無用で予選敗退。そこでサヨナラ。そうなりゃ作戦は…。
「全部…オジャンだからな!」
石畳を抜ける。未舗装路だが、平坦な森林クレイコースへ移行。更に下り坂に変化。このまま六速までシフトを上げる。
金髪角刈りにかましたみたく、さっきの二台ブチ抜いて、一気に駆け抜けろ。
「あと二十人…捲るッ!!………っ…あぁん!?」
マシンの爆音とは無縁の爆音。文字通りの『爆発音』。
ラリーマシンにサイドミラーはねぇから、思わず後ろ振り向く。見れば視界に写ったのは…。
「!…おいおいオイオイ…来んのが早ェンだよ!!!」
『ィィィィィアアァァァァ!!!!』
後続のカミオントラックが爆散する。その残骸を吸収、自分の外皮にしながら。ガタイの良い身体に巨大化し、変形。狙いを俺に定め、襲い掛かって来た。
「もうちっと…レース味あわせろやァッ!!!」
予定より早い。もう勘付いたのか、始めから潜伏していた?
理由は定かじゃねぇが、フランス国境付近での急襲。敵はコッチが先制仕掛けるより先に、先手打って来たって訳だ。
「あの銀ハゲ……相変わらず腹立つなァァ!!」
アクセル全開。巨大化。そして変形!
走って来るケダモノの顔面に、左フックでブン殴るカウンター!
「トラック吸収して重たくしてんじゃねぇぇえ!!!」
『イイィィィ!!!』
「ガッ…長所ばっか伸ばしてんなよなぁ!」
クリーンヒットしても大してダウンしねえ重量級の巨体。それを活かしてブチ当ててくるタックルに、思わず吹っ飛ぶ。
「ならコレか!」
『ッッ!!!』
「かってぇ!」
バックファイアの連射も効果が薄い。徹底したウェイトと防御特化のアーキタイプか。
さて、どうする。
「(ブレードで斬り…)ッ!!だあッ!?」
『アァァアアァッ!!!』
今度は火球の連射と同時のタックル。迎撃させて俺の足を止めた所で、体当たりブチかまして来やがった。
盛大に吹き飛び、森の木々を何本か倒す。等間隔に植えてるから俺らの地元と同じ植樹だろうが、森林破壊も甚しいぞコノヤロウ。
「おーおーおーおー…そのナリで頭脳プレーたぁギャップ萌え狙いかってんだよ」
にしたってどうすっか。そもそもこんな所で出遅れる訳にもいかん。
先頭とはどんどん離されるし、後続集団も直ぐに来るだろう。したら巻き込まれて被害が増える。
コレ以上、時間は掛けらんねぇ。
「(ん…もしかしてトラック野郎って事は…)よし!」
『エアァァィィィッッ!!!』
また連射&タックルで走って来るトラック野郎。
だが俺は、今度はバックファイアで迎撃せずだ。アクセルの開け閉めとリアブレーキによる緩急のスラローム走法で、スウェーしながら火球を避けた。
「んで最後にリアブレーキ踏み込むっ!!」
その瞬間リアタイヤがロック。横滑りを始める。つまりこのアクションがロボットのコイツには、スライディングになるって事だ!
「トラックは…真後ろが良く見えねぇよなぁッ!!!」
股下を抜けて、背後を取る。抜刀したマフラー炎刀を、背中から突き刺した。
『イァァッ…』
爆散。撃破だ。
少なくとも今はカタが着いた。兎に角急いで、予選通過までの最速を目指さなきゃならねぇ。
「とんでもねぇパリダカだなコイツは…」
サイズリセット。本懐を果たすべく、再び走り出した。
ーーーーーーーーーー
『もうエンカウントだと!?』
随伴車内。本部からのエルドレドの大声に、片耳の穴を塞ぐリリエッタ。
とはいえ自分自身、数分前に同様のリアクションをして、隣のミレオを驚かせてはいたのだが。
「そうよ。もう出て来た。あのシルバーツルッパゲ、こないだの砂漠での下っ端との会敵で、シュウジのコンプリートモデルの反応を追える様になってる」
『しかしそうなると何時彼を、何度襲って来るかも分からんな…よし、此方も予定時刻を繰り上げてフリードリヒ達をスタンバイさせよう』
「えぇ、お願い。兎に角今はペースメーカーズに追い付く様に指示を出してる。反応が絞られなければ、まだ作戦は破綻しないから」
『了解した。ミレオ、お前も気を付けろ。確実に狙いはお前達二者に定まる』
「あぁ。心遣い感謝するよ」
通信を切り、溜め息を漏らすリリエッタ。眉間に皺を寄せるミレオ。想定の中に、敵からの先制攻撃を受けるというパターンは十分に予測出来ていたが、それでも、明らかに早い。
何より、この段階で既に、一般参加者に被害が及んでいる。
その事実はもう、いよいよもってこのパリダカが、慣例通りに終えられるレースでは無くなった事を意味していた。
「宗士…」
そして後方。一人、メディカルボックスを抱える少女は、不安も抱えて。
〜〜〜〜〜
「さて、若いからって夜更かしはスキンケアの大敵だわ。今日は早く寝て…ユウコ?」
パリを沢山楽しませてもらって、後は帰るだけって時、あたしは、お願いをリリエッタさんにする事にした。
「リリエッタさん…あの、明日の本番、あたしも一緒についてって「ダメよ」でも…!」
「ダメよユウコ。陽気な貴女でも…いえ、陽気な貴女でいようとする、ヒナタ・ユウコなら分かるでしょう?明日からはもう、今までの様な、散発的な戦闘では済まなくなる」
「っ…それでも、お願いします」
ココだけは、引けないから。絶対に引きたくないから、リリエッタさんが首を縦に振るまで、引かない。
「…知ってるわよ。貴女がこの一週間、衛生局の看護長に頼んで、初めて見る仏語の医療品の種類、特に怪我に纏わるモノの把握を、必死にやってたの。サポートサブに回ろうと考えてたのでしょう?」
「あっ…さすが…ですね。リリエッタさん」
「貴女のご両親、国境なき医師団の医師と看護師なのよね。だから、その気持ちはとてもわかるわ」
やっぱり…知られてたよね。てか多分…違うな。知ってて、あたしがこの基地でやってる事、黙認してくれたんだ。
ううん。寧ろ、リリエッタさんが、手を回してくれてたのかもしれない。
「それでも、今度ばかりはダメ…………っ…あぁ…もう…」
「…」
「わかった。ユウコ。良いわ。認めるわよ。その代わり…そこまでの想いで支えようとする女の子に、こんな顔させるナリタシュウジ、全部終わった後グーでブン殴っていい?」
「それは、リリエッタさんに任せます!」
良かった。通じた…。
〜〜〜〜〜〜
「!宗士君!バルセロナ到着だ!」
「順位は?」
「68位!ギリギリだが予選通過だ!」
「あっ…良かった〜」
一先ずの不安は、解消された三人であった。
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