2-6 実戦、炎剣
「おにいちゃん、パリダカ出るひと?」
「おう」
「じゃあコレかって。おまもりだよ」
ジブラルタル越えてやって来た、モロッコ中部の街ワルザザード。
砂漠に馴染む赤土色の建築物が立ち並ぶこの町で、行商のチビッコ達からあれやこれやをせがまれる。
そんな中で一つ、面白いモノを出された。
「何だコレ?爪…みたいな形してんな」
「ファティマのおまもりだよ」
「ファティマ?ってなんか聞いたことあるな」
創作物で良く出て来る名前な気がする。しかし抽象的なデザインだな。動物とかじゃないんだ。
「女性の手の事だな。イスラームでの守り手だ」
「なるほ…ってうぉっ!ミレオさん来てたのか」
「遅れてすまなかったな宗士君。今日位はしっかりと君の走りを見るよ。というか、私が見たいだけだけどね。ハハハ」
この間までのスーツじゃなくて、シャルル・ド・ゴール空軍基地の軍服でモロッコまで来てたミレオのオッサン。
パーマのロン毛も一つ縛りで…背が高くて痩せてるから、マッサージ屋みが強いな。
「ちなみにどういう効果があるんだ?」
「えっとね、良くないこころから、まもってくれるよ」
「良くない…か。ん、じゃ買うわ」
「わーいありがとー!」
何となく、あった方が良い気がした。
勿論こんな風に健気に行商してるチビッコに、弱い俺というのもあるのだが。
「てかミレオさん詳しいっすね」
「まぁほら私、記憶容量は沢山あるから」
「いやそ…何すかそれおもしれ」
宇宙人ギャグとかかますタイプなんだな。フッ。
そうして町から移動する事、一時間半。遂にやって来たのは。
「サハラ…砂漠に…来たァ!!」
「めっちゃアッツい肌カッサカサだしナニコレヤバーい超ウケる〜!」
遂に、遂に待ちに待った砂漠でのオフロード練習だ。
鳥取砂丘にも行った事の無い、砂場ってったら九十九里浜な千葉県民のこの俺が…憧れてた…パリダカの聖地に…来た…来たんだ。
自分のオートバイ、デュアルパーパスの、オフロードアドベンチャーで、空輸だけど来たんだ…な。
「感極まってる所悪いけど、相変わらず時間は無いから、とっととプラクティスに移るわよシュウジ。アレに感知される危険性もある以上、まともに走れるのは今日だけ。後は明後日、ぶっつけ本番でパリダカに挑んでもらうんだから、覚悟してよね」
「千も億も承知っすよ。つか、ココで一日中爆走出来るなら願ったり叶ったりだ」
「良い根性ね。じゃあ…行きなさい」
「うす!」
勢い良くマシンに跨り、エンジン始動。風がとにかく強く、強く吹く中、微かでも俺のV 3エンジンが砂漠に響く。
ラリー仕様に換装したオートバイは、防塵装備も勿論だが、一番の特徴である積み替えた五十リットルのビッグタンクがアイデンティティだ。
「さぁて初の砂漠走行は………っ!?」
普通に発進したつもりだった。だが、脚を、足首を掴まれるかの如き抵抗が、俺のマシンを襲う。まるでエスカレーターの逆走な気分だ。
「重ってぇ!それに砂の深さがすげぇ!!!」
取られる足を、全力で蹴って踏み出してる。
その抵抗の証が後方に吹き飛んで行く大量の砂煙。コレじゃまるで排出だぜ。実際掻き出してんだろけどな。
「ハッ…ハッ…ハハハ…コレが…コレが…ラリー…パリダカの境地か!!」
なんつー、なんつー不自由な足場、不自由な視界、不自由な風、太陽、熱気。
全部が全部、しがらみにしかならねぇ。
だけどそんな不便極まりない道を、全部ブッ飛ばすみたいに突き進んで、爆走して行く。
コレが…俺が憧れた、俺が望んだ、でもまだ遠過ぎると思ってた、パリダカ…なんだな!
「最ッ高じゃねーかよオイ!!!」
楽しいなぁ。めっっっちゃくちゃ楽しいぞ。あークソ、やらなきゃいけない事、沢山あんのに、吹っ飛んじまう程に、気持ちが昂ってる。
伴う様に、アクセルを開けてる。
この砂漠を、何処までも突っ走って行きてぇって……。
「?…リリエッタさん。前方からクルマだ。軍のか?」
「クルマ?……確認したわ。私達のでは、ないわね」
「そーか…じゃあ…」
だがそんな余韻には浸る暇も無く、インカムからの返答と共に、視界に捉える、前方からの二台のバン。
そのラリーレイドされていないノーマルスタイルの車体が、『無人』のまま接近。一目散に、此方へと向かって来る。
この異様な光景は、即ち。
『オォォォォッ!!!』
「何回見ても…気持ちワリぃツラだなァァッ!!!!」
残り二百メートル。真正面から飛び込んで来た二台は、小高い砂丘をジャンプすると、そのまま巨大化。そして、姿を二体の醜悪な巨人へと変え、飛び掛かる獣の様に襲い掛かって来た。
だから、俺も。
「首が剥き出し過ぎんだよォォッ!!」
『ッッッ!!??』
フルスロットルで、砂丘から飛び立つ。
同様に巨大化。そして、変形した前輪両腕思いっきり広げ構えて、血管染みた首のパイプを伸びきらせる、ダブルラリアットを打ち込み、墜落させた。
「人が気持っち良く走ってたら邪魔してくれたな銀ハゲェェェ!!!」
『ァァァァ!!!』
「?…いやコイツ等…?」
外見こそあの銀色巨人に似た、バイオチックな機械生命体感。
ただ、さっき見た通り無人のバンから変形して、かつ二体。そんでもってアレよりかは知性の無さそーな顔つきに、呻き声みたいな言葉になってない声。つまり…。
「ヤツが眷属を増やした…と、見て良い」
「ミレオのオッサン…」
落ち着いては居るが、焦りの色も見える声で、ミレオさんの通信が入る。成程。向こうも向こうで準備を着々と進めてるって事か。
「じゃあ…前哨戦に丁度良いなァ!!!」
アクセル全開。一気に加速して距離を詰める。
そのままフルブレーキからのジャックナイフモーションで右飛び回し蹴り一閃。更にハンドル切って左から回し蹴り一撃。一体には脇腹へミドルキック。もう一体はアタマにハイキックをふブチかます。
『ァァァァオォ!!!』
『ィィィァァ!!!』
しかし直ぐに立ち上がり、左右から挟撃の様に火球連射。狙いも付いてねぇ破れ被れの乱射だが、いかんせん数が多い。
「ほらよッ!!」
先ずは右の方をマフラーバックファイアで迎撃。一発一発撃ち落としたら、後方から来る火球への対処へ切り替え、コレもまた迎撃。
「っし来たなぁ…どんどん距離詰めて来たなぁ!!」
「!シュウジ何をする気なの!?」
「見てろってリリエッタさん!」
『ァァァァ!!』
更に迫って来る火球。ヤツらも常に周回する様に距離を取って、俺が逃れられない様に円を描いて撃ち、ジワジワと迫って来る。
そして後、五十メートルまで接近。俺は其処で。
「こうするッ!!!」
変形、解除。巨大なオートバイ形態へ戻り、アクセル全開のままフロントブレーキを人差し指と中指で握りフロントロック。そのまま半クラでクラッチ繋げば。
「宗士君…アクセルターンか!!」
前輪を軸とした旋回運動、オートバイが狭所での転回に用いる挙動…詰まる所のドリフトで、砂粒の竜巻を起こした。
『!?』
そのまま爆走、包囲円を抜ける。
闇雲に火球を撃つ子分巨人二体。だが、その炎の向かう先は…。
『ガァァァッ!』
『ウゥゥゥゥッッ!?』
やっぱりオツムは少し足りねぇっぽい、互いのツラだった。
直撃を食らった怪物共が、千鳥足でよろめく。
「じゃあ〆にコイツ…試してみるかァ!」
肩のマフラー、引っこ抜く。
エキゾーストパイプごと、引っこ抜く。
ソイツを両手で構えて、この砂漠での練習邪魔しやがった事への怒りを、燃やせ…燃えるぜ…まだまだコッチは…。
「走り足りねぇんだよおォォォォッッ!!!!」
フルスロットル。唸るV3エンジン。
バックファイア、延焼。
弾丸でなく、バーナーの様に伸びて吹き出し続ける炎の刀は、差し詰めオートバイマフラーの炎剣レーバテインってか。
「纏めてェ……焼き斬るッッッ!!!オラァァァァ!!!!」
『ァァッ』
『イッ…』
もっかい連中の間に割り込んで、今度はロボットモードでアクセルターンのライディングモーション。
踵のスパーで砂漠擦り裂く。三百六十度薙ぎ払う様に、炎刀を振り抜き、横一閃に両断した。
「はっ…ハァッ…相変わらず……あっちィ〜…」
敵が爆発した熱さと、サハラ砂漠の猛烈な暑さ。両方が襲い掛かった気がして、滅茶苦茶にしんどい。
そういやこのロボット、エアコンついてんだっけ?コックピット。
ーーーーーーーーーー
「三日間ご苦労だった」
シャルル・ド・ゴール空軍基地、司令室。エルドレッドの前に並ぶ、リリエッタ、フリードリヒ、そしてミレオ。
「しかしサハラでの奴等の急襲か…訓練地は巨大隕鉄とも十全に距離はある…リリエッタ、どう思う?」
「そうね…元々其処に居た起源種という線は低いと思う。可能性としては、モロッコ突入時に段々と接近して来るコンプリートモデルの反応を捉えて、追尾し、サハラで襲撃をかけた…というのが一番現実的かしら」
ホログラフマップに敵の行動予測をなぞるリリエッタ。
そのまま指を別タブに移動。そこから画像を拡大させ、モロッコのある点に戻す。
「回収した残骸に認められたこの国際放映局のロゴ…恐らくこの車自体は委託業者のモノだろうけど、三日前の隕鉄付近での怪死事件と照合すると、ココでカテゴリーΩは自身の兵士を増やしたと見て、間違い無いかもね」
「フム…早々に戦力増強を図って来たか。やはりラムダの誕生による焦りによるモノ…と思うか?ミレオ」
投げかけられた質問に、腕組み瞑目し、眉を顰めるミレオ。
同種として、可能な限り確率の高い案を絞り出そうとする、人間の様な仕草だった。
「それは間違いないだろう。だが、奴も自身を彼処まで追い詰めた宗士君に、半端な眷属を送る事はしない筈…いや、もしかしたら宗士君の成長が著しいのかもしれんが」
「成程。そういう見方もある。中々骨がある少年だったそうじゃないか。フリードリヒ」
「あんな小僧…ハンドル握って昂る様ではまだまだですよ」
「あら、それなりに認めてはいるのね?」
視線を斜め下に反らして答えるフリードリヒ。口では言っても、態度では認めざるを得ない所がある事を、自身でも気付いていた。
「中尉……まぁ、しかし…覚悟の様な物を持って走る、面白い日本人ではありますね」
「…うむ。ではその覚悟、我々が確と支えなければな」
無言で、全員が頷いた。
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