2-5 大西洋津々浦々
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翌日はロボットモードでの訓練、というか特訓に明け暮れた。
平地、オンロードメインで走り、走り走り込み、次いでに俺まで走らされ、人型での動きを徹底的に身体に叩き込んで行った。
して三日目。予行演習の名目でヨーロッパ各所の走り込みに入る。
最初に着いた所はリモージュっていうパリから南に行った中部の街。の、山間部の方だ。
「なんかさー、見覚えあるよねー」
「それな。地元感ある」
ヨーロッパ、フランスといえどやはり首都から離れれば田舎の長閑な風景が広まっているものである。
というかパリみたいなゴシック調のアンティークな建築物に囲まれていない(まぁ俺達は市街地には出られないのだが)だけで、落ち着いてしまう。
「この町には大型の自然公園があるわ。今日一日貸し切ってあるから、ヨーロッパの針葉樹林帯での走り方を身に染み込ませて」
「りょーか…あん?」
マシンに跨りながらリリエッタさんの説明聞いてたら、後ろからやってきたオフ車一台。乗ってる奴は迷彩服…ってーと。
「俺が先導だ。穏やかな日本の道ばかり走っているヤツにアルペンでの走り方を教えてやる」
「生憎俺の地元はトラックは大量に通るが中々補修されねぇからガタガタなんだよ」
「フン…ならば来てみるが良いッ!」
「当然っ!!」
飛び出すフランスアーミー。成程中々良いスタートしやがる。シングルエンジンのビッグオフ。蹴り出しの加速は流石に早いな。
「だけど中速域のトルクなら負けねぇっ!!!」
この自然公園。高台の丘から九十九折の砂利坂(アルペンらしくガードレールは無い)を下っていくコースだ。
こういう半オン、半オフのフラットダートを走る事がパリダカの序盤では多い。
「…フッ」
「?」
走り始めてから最初の角度の付いた右コーナー。早々にブレーキングして曲がり始める金髪角刈り。だが俺ならまだ突っ込める。もう少し進入してからブレーキを…。
「っ!イメージより曲がり始めが早いっ!?」
「目測を感覚に頼っているからだ!」
「なんっ……そういう事か」
コーナリング終わりの立ち上がりで、樹木が横に来る。サイドで捉えた木々は、正面から見るよりも太く感じた。
コレが針葉樹林帯のカラクリか。真正面だと異様に煽りの効果で長く感じる。まだ、先にあると思ってしまう。
視線を先に向けるオートバイのライディングの特性上、道の距離が長く見えちまうのか。
「さぁ…どれだけ順応出来るか!日本人!」
「ホームグラウンドで先輩風吹かすなフレンチ野郎!」
にしたって速いな。伊達に毎日乗り物乗り回してる軍人じゃねぇ。
けど…俺も俺で、一応世界一免許取るの難しい国で取ってるからな…。
「一般人の矜持位あんだよッ!!」
「ならばコレは!」
「ぬっ!」
左コーナー。だがよりによって右下にバンク。崖方向に斜めってやがる。
しかしそれをフランス軍人は、進入は内側にリーンインして左に寄せつつ、ハイサイドで弾かれそうになるコーナーの頂点でリーンアウトに以降。コレ見よがしに長い脚突き出して、地面蹴らせながら反動を抑え込む。
だったら…俺は。
「こう…こう…からの…」
「何!?」
「こうっ!!!」
進入までは同じリーンイン。しかしカーブの頂点でもそれを止めずにインのまま脚突き出せば、ハンドルと地面の角度差ほぼ無しだ。
地上スレスレを通しながら、砂利を蹴るコーナリングになる。
「よーく見とけ短足日本人パワァァァ!!!」
崖っぷちギリギリを、しかしヤツよりも少ない減速での進入により、速度を維持したまま、早い立ち上がりでアウトから抜いてった。
「…」
「…んだよ」
走り終えて、互いにマシンから降りる。ずっとコッチ見て来やがるから俺も見返す。なんだ無言で見やがって。察しろ文化は日本の特権だぞこの野郎。
「…あの固い国で一人で運転出来る技量がある事だけは認めてやる」
「そこは良く出来ましたで良いんだよ」
「一回で認める訳あるか。まだまだ行くぞ」
「上等過ぎるくらい上等だよ」
素直じゃねぇツンデレ金髪が……いや、周りから見たら俺もこんなんなのかな。だ
としたら普段の態度を改める必要はあるかもしんない…見てて…恥ずかしくて居た堪れねぇ…。
四日目。国境を越えスペインへ。
パリダカ参加者には予め渡航許可証が渡されているが、それでも明日のモロッコ含め三カ国も行けるのは役得だなぁと思う次第だ。
「えっと、港町のたりふぁ?だってさ」
「ほぉ…もしかしたら海の向こうがアフリカか?」
「…ん、みたい!」
ジブラルタル海峡、ヨーロッパ最南端の街、タリファ。
アフリカ大陸との境にある街であり、かつて地中海という隙間が無かった頃の、超大陸パンゲアとしての名残りがよく分かる町である。
普段は温暖なのんびりとした港町らしいが、流石にパリダカ間近、俄にも盛り上がりを見せている。
にしても…コイツ今適当に頷いたな。地理疎いのに地図読めてる風は止めとけ。背伸びして朝経済新聞読む小学生みたいになっちゃうぞ。
「つまり…スペインの木更津か」
「えっ?海の中にアクアラインあんの?」
「何でもかんでも千葉プリフィケーションに当て嵌めるの止めなさい…何時までも見てないで、行くわよ」
『?』
首をクイっと、進行方向に促すリリエッタさん。なんだなんだよ。もう渡っちゃうのか?短いマタドール生活だなあ。
等と思っていたら。
「あーらいらっしゃい!リリちゃんのニホンのお友達の後輩さんね!何も無いけど良かったらパエリア食べて!」
「おばあちゃん…お友達ではないのよ…」
「こんにちは!日向由布子です!リリエッタさんの後輩で友だちです!」
「成田宗士です(友人如何には言及はしません)」
連れて来られたのは海峡の港から少し離れた、漁港の食堂。
待っていたのはリリエッタさんの婆ちゃんだった。腰は曲がってるけど、明るい派手な服に鮮やかなエプロンで元気な婆ちゃんだ。
「私情が挟んで申し訳ないわね…ココに来るなら寄れっておばあちゃんも聞かなくて」
「えーめっちゃ嬉しいですよー!あたし等の町もじいちゃんばあちゃんいっぱいいるしー!てかおばあちゃんカワイー!」
「明るくポップに田舎町の超少子高齢化問題を語るんじゃねぇ」
つってもまだ高校が単独で存在出来るだけマシと言えばマシなんだろうか。良く分からん我々の地元である。
「あら嬉しいわ。ココで獲れた海鮮沢山入ってるから、ニホンのお米とはちょっと違うけど美味しいわよ〜」
「はーいいただきまーす!」
言うなりデカスプーンでいそいそパエリアよそい始めるコイツ。全部取るなよ?せっかく本場のパエリアを…。
「ハイリリエッタさん!」
「えっ、あぁありがとう…」
「ほい宗士の」
「おぉサンキュ」
なんて心配は杞憂なんだが、テンションと気遣いが裏腹なんだよな相変わらず。
つってもちゃんとピーマン系のパプリカ、俺のには多めに入ってるけどな…。
「あらぁユウコちゃんは気が効くのねぇ。おばあちゃんも若い頃はそうやって漁から上がって来た男達によそってあげてたものよ〜。最近の子はみんなめいめいでやれってなっちゃっててねぇ」
「おばあちゃん、女が男に配膳するなんて大昔の話、若い子の前でしな……そのユウコがやってるケド…」
「あ、えへへ、何かつい」
「!美味いっすねコレ」
うん。流石本場のパエリアである。ダシとか色々効いててめっちゃ美味い。日本でだとジャポニカ米が多かったりするが、やはり本場の米が良く合う物だ。
つかやっぱ…品種は違えど米は安心するぜ…。
「シュウジ、アンタも平然とよそってもらって当たり前みたいな態度で食べるんじゃないわよ。そんなんだから日本は先進国での男女格差が一番「リリちゃん。ご飯の時間に美味しくない話をしないの」…ゴメン」
「もぉ、おばあちゃんは心配よ。そんなにツンケンしてて、お嫁の貰い手いないんじゃ無いかって」
「女が結婚しなきゃいけない時代なんて、隕石落っこちるよりも前に終わ「そういう事じゃなくて」じゃあ何?」
「そうじゃなくて、ユウコちゃんとシュウジ君みたいに、辛い時に信頼出来るパートナーは居るの?って聞いてるのよ」
「っ…」
婆ちゃん…流石…だよな。
年季は…嘘をつかない。大体の事を、一言で見透かしてしまう。
そうか、俺達の事も、見てれば分かる…って事か。
「今は仕事がどうしたって大変だから、そういう暇が無「ヒマしてそうだなぁ。バアさん」…何?」
家庭の事情の話題に移りそうなのを、割り込んで店ん中入って来たチンピラ風の輩。ファインプレーなんだか失策なんだか判断しかねる空気読めないヤツである。
「…またアンタかい。何度も言ってるけどウチの土地は売りゃしないよ」
「まーだそんな事言ってんのかババァ?こんなボロ食堂とっとと売っぱらってカジノリゾートにした方がよっぽど儲けだぞ?」
「何度言っても聞かない五月蝿いバカだね。そんなもんいるかってんだ。ココは普段は穏やかで、年に何回か…それこそこのパリダカの時に盛り上がって賑わってくれりゃそれでいいんだよ」
ジブラルタル海峡の街タリファは、パリダカの時は移動の際に立ち寄る宿場街へと変わる。
ライダーやドライバー達がアフリカのサハラの大地へ赴く前の、最後の気合いを入れる場所なのだ。
「ハッ…ハーハッハッハ!!情けねぇなぁ」
『…』
椅子蹴っ飛ばして凄んで来るチンピラ。普通に器物損壊だなコイツ。スペインにそういう罪状あるか知らんが。
「そんなんじゃこの町もあっという間にオシマイ「情けねぇのはオメーだろ。年寄り相手にイキんなよだっせぇなぁ」あぁ?何か用かチャイニーズ」
「ジャパニーズだバカ。オモテに置いてあるオートバイ良く見とけ。日本製だぞこのアタマガスガス野郎」
ガスガス自体は地元の良いオートバイメーカーだが、スペインのメーカーでパッと出て来たのがそれしか無かったからすまんGASGAS。
「関係ねぇ外国人はスッ込んでろや。遠いアジアから何しに来たか知らねぇが「オッサン息臭っ!!」あぁん!?」
「(いやマジで息臭かったから衝動的に出たな…)ヤニの吸い過ぎと碌なモン食ってないからドブみたいな匂いなんじゃねぇの?婆ちゃんのパエリア食って胃をちったあ健康にしろよ汚ッサン」
「てんめぇ…誰が…こんなショボくれたモン食うかよ!」
大皿に指が掛かる。このままひっくり返されたら黒ギャルと婆ちゃんに掛かる率ほぼ百パー。そうなると逆に俺がこの店ぶっ壊してまでどうこうしちゃうかもしれないので。
「手掴みで食うんじゃねぇよ」
「がっ!?コイツブドーか何かやっ「動かない事ね」なっ!?女なんだテメ「ホールドアップだと言ってる」チッ…」
伸びて来た手を掴んで後ろに回して肘を極める。一般的な逮捕術である。
あとついでに、リリエッタさんの拳銃…もだけど。
「おばあちゃん怪我ない?」
「あらありがとうねユウコちゃん。大丈夫よ!」
捨て台詞タップリなチンピラはとりあえずしょっ引いて貰ったが、そんなに重い罪が特に取れないから、その内またシャバに出てくるだろう。とはいえパリダカ期間は流石に大丈夫そうだが。
「…ココ、観光地としても、水産業の街としても半端だから、ああいうのが多くてね」
「なるほど」
「だから…強くしたいのよ。年に一回のパリダカだけじゃない。ずっと残れる様な街に」
婆ちゃんと黒ギャルが、なんだか一緒に店自慢のカトラリー見て盛り上がってるのを尻目に、足組み頬杖突きながら、窓から海を見るリリエッタさん。
こう見るとパリコレに出る様なモデルにしか見えんが、中身は色々抱えている軍人なんだなと思う。
「だから、作戦目的も勿論だけど、表彰台に必ず上がって、監督がこの町出身の女だって知らしめたいのよ。協力してくれるわよね?シュウジ」
「急に私情と銭弾きが見えたよ…ま、婆ちゃんのパエリア分位はちゃんとやりますよ」
こうしてヨーロッパの下見は終わり。いよいよ明日は。
アフリカだ。
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