2-4 フランスの人々

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 ダカール・ラリー。そう、正式名称はパリダカでなく、ダカール・ラリーである。仏語だとル・ダカールとも言うらしい。


 フランス人冒険家ティエリー・サビーヌにより名付けられたこの世界一過酷なレースは、今年で丁度七十周年を迎えようとしており、世界でもトップクラスの長寿レース。更にはラリー・レイドに於ける国際モータースポーツとしては、世界最古のレースとなっていた。


「…で、なんか物物しいトコだなぁ…」


 日本から出発して実に十五時間。途中トルコで一回乗り換えた以外はほぼずっと輸送機に揺られてた。


 大分グロッキー気味なまま何処かに辿り着いたと思ったら、軍用機が大量に並んでる滑走路だった。


「あ!宗士あそこデカい門!」


「凱旋門な」


「あっちなんだっけ東京タワーみたいなヤツ!」


「エッフェル塔な。どっちかってと東京タワーがエッフェル塔みたいなヤツだ」


 もっと言うとエッフェル塔みたいな通天閣みたいなヤツ。らしい。どうでもいいけど。

 つかコイツ飛行機ずっと乗ってんのに元気だなぁ…体力有り余ってんのかよとんでも黒ギャルパリピパワーだなおい。


「そろそろ着陸するわよ」


リリエッタさんが言うなり直ぐに進行を停止。


 VTOL(垂直離着陸機)だからランディングはヘリみたいに降りる。なんというか戦闘機やら輸送機やらヘリやらが大量に鎮座している中にポツンと置き去りにされた気分である。


「(…空軍基地か。まぁそりゃそうだよな。ゴリゴリの軍事機密だろうし)」


 そうして漸く久しぶりのマトモな地上、というか人生初の海外の大地に足を踏み入れた俺達だった。


「…一先ずはご苦労だったな」


「再来週から一ヶ月の申請で通るわよね?」


「ミレオ、次は一人で思い悩まないでくれよ」


「…善処するよ」


「(悩む…?)」


 降りるや否や、滑走路に歩いて来た筋骨隆々のゴッツいスキンヘッドの黒人のおっちゃん。口髭蓄えて、その太い腕でリリエッタさんとミレオさんと握手を交わしていた。


 リリエッタさんの要望はフルシカトだったが。そのままの足で、俺達の所へズイッと来ると。


「…君がナリタ・シュウジ君か。初めまして。エルドレド・ガーウィンだ。この基地の責任者と二人の上司もやっている。そちらのお嬢さんはヒナタ・ユウコさんだね」


「うす」


「どもでーす!日向由布子でーす!」


 どんな相手でも態度変わらないのはコイツの強みだよなぁ。なんて思いつつ、ガッチリ俺も握手を交わした。ヤベェなこのおっちゃん。握力余裕で百キロ以上はあるだろ。


「(ん?つか基地の責任者って軍人って事か?でもリリエッタさんは政府の人間だし…よくわかんね)で、俺はコレから「こんなジャパニーズモーターサイクルがカテゴリーΛだとォ!?」…あ?」


 おっちゃんに訊ねるより先に、何だか後ろの方からカチンと来るリアクション。


 振り返れば迷彩服着たパツキン野郎がオーバーリアクションで打ちひしがれていた。


「我々フランス空軍の技術の粋を集めた車体で無理だったのだぞ!何故「フランスのマクラーレンは四輪メーカーだからノウハウが不足してんじゃねえの?」っ…キサマが報告にあったニホンジンか」


「だったらなんすかフレンチあんちゃん」


 ビシッと角刈りに揃えたパツキン自体は、日本の角刈りよりは大工さん味は無くて良いなぁ等と思いつつ、しかし見た感じいかにもプライド高そーな白人フランスアーミーだった。


「どんなコネを使ったかは知らんが、遠いアジアからわざわざ来た所で、この車両とお前に尺たる役割は無いと教えてやる」


「だったらオメーが出れば良いだろ。凱旋門でもトランスフォームさせればあんなエイリアン一発じゃねぇのか?それかグレンダイザーでも呼んでこいよ。大人気だろフランス」


「キサマ…政府直轄の肝入りだからと調子に乗るなよ小僧」


「生憎チョーシはチョーシでも波に乗る方の銚子のある県から来てっから海の無いパリの事なんぞ知るかよ」


「ニホンの地名なんぞ知るか!!パリダカはフランスが興し、フランス人の優勝から始まったモノだ!」


「うるせえ第一回パリダカ優勝マシンはYAMAHAのXT500だろーが。バリバリのジャパニーズモーターサイクルチャンピオンマシンだよォ」


 ガルガルガルガル。お互い吠えまくってガン飛ばし合い状態に突入。エリートなんだかプロなんだか知らねぇけど、俺のオートバイの事を知ってんのは俺しか居ないんだから、引くわけにはいかん。


「なら一度身体で覚えた方がいいか?」


「良いぜ。でも軍隊格闘術なんぞ知らんからシンプルにココで決めようや」


 ビシッと額指せば、ニヤリとニヤけるフランスアーミー。

 ほぉ、アタマの硬さにゃ自身があると見た。なら一丁一発、白黒先ずハッキリさせるか。


『せーのッ!』


「止めんか!」


『イってぇ!?』


 額と額の間に割り込む、黒鉄色の塊。一瞬文鎮に見えたそれを一歩下がってよく見れば、引き金が思いっ切りあった。


「シュウジ、アナタは特命を背負ってココまで来たのでしょう。大会が終わるまで余計な諍いは起こさないで。フリードリヒ准尉、プロが曲がりなりにも一般人に手を出すモノではないのではなくて?」


「ぜってぇ拳銃にアタマぶつけた方が痛いっでしょうよ…」


 もう少し穏便な納め方あるでしょうよリリエッタさん。めんどくさくて取り敢えずの拳銃目覚ましは選択肢狭すぎねぇ?


 ていうか…やっぱり拳銃とか携帯してて、この基地ってーのは…。


「…失礼致しました。オベール中尉」


「ん」


「(中尉さん…ね)」


 人が変わった様に態度を改めて、敬礼するフランスアーミー。ただなんつーか、上官に謝るだけって訳でも無くて、憧れの先輩に恥ずかしい所見せちまったみたいな、個人的な自責の念も見え隠れしていたが。


「ハハハハハハ!ユウコ、血気盛んで良いな!キミのボーイフレンドは」


「そーなんですよ〜!バイク絡みじゃ見境なくってー!!」


 ったく呑気だなあっちの褐色肌共は…。




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「すいますぇ〜ん!!」


 モロッコ北部。巨大隕鉄から三十キロ地点。

 周囲に人里の無い中、ポツンと佇むガソリンスタンドに、大量の映像、音声機材を積み込んだバンが複数台。給油ポイント全てを埋め尽くし、後続の車が来たら苛立ちを覚える様な並びを形成していた。


「…ハイ」


 掛け声から遅れること十秒。ステーション内から出てくる白髭を生やした初老の男。


 一方呼び掛けた男は軽装。悪く言えば適当な、Tシャツとハーフパンツにサンダル、といった格好で、肘を窓に置きながら初老の男性へ用件を伝えた。


「あーキタキタ!おじーちゃん!ココの全部、満タンね。あとマドフキもお願い出来る?ウインドーウォッシュウォッシュ!!」


「すみません…窓拭きのサービスはやっていませんで」


「オイオイおじいちゃん、見てよコレ、ホラ」


 ドアを爪で小突いて鉄の甲高い音が弾ける。どちらか、或いは両方を見せびらかす様に、腕に隈無く彫られたタトゥーと、バンに貼られた国際放送局のステッカーを指し示す男。


「もう直ぐパリダカあんでしょ?ならしっかりオレらのクルマもキメとかなきゃさぁ?それに期間中はおじいちゃん等もウハウハな訳だし、サービスは大事だと思うなぁ?」


「…そうは言いましてもねぇ…生憎人手が足りませんで…」


「いーからいーから!チョッとはオマケしといてあげっから!なんなら宣伝しとくのも考えてあげよっか?『砂漠のオアシスタンド!宇宙パワーにおじいちゃんの汗も入ったスペシャルブレンド!』なーんて」


 金縁のサングラスを下げながらアイコンタクトを送る男。後部座席の同行者達が大笑いする中、初老の男性はステーション内へ戻っていった。


「そーそー。おじいちゃんそうやって素直に…………へ?」


 瞬間。乾いた弾ける音。

 頭蓋から鮮血と肉片が舞い、フロントガラスに飛び散る。


 一瞬固まる同行者達だが、急ぎ護身用の拳銃を構えようとするも、男のライフルに全員射殺された。


 伴い、ステーションから出る複数の足音が聞こえると、他の給油ポイントでも同様の音が鳴り、また直ぐに沈静化した。


「…フン。この時期はバカなテレビの雇われカメラマンが多くて儲かる」


 トランクを開け、積込機材を確認する男。鬱陶しくなった口髭のシールを剥がし、粗方の値踏みを始めた。


「旧式ばかり…やはり先行して送られたバイト擬きか。玄孫請レベルではこんなモノだろうな」


 アフリカ、広大かつ過酷なサハラ砂漠での環境下で行われるダカール・ラリーは、取り分け参加者、マスコミ問わずテロ、ゲリラの標的になり易いレースでもあった。


 故に行商やフリーキャンパーに成りすまし、関係者相手への強盗が行われる事も、日常茶飯事であったのだ。


「オイ、そっちはどうだ」


 仲間に呼び掛ける男。しかしその反応は無く。訝しさと苛立ちを与えた。


「そっちはどうだと言ってい『イル…ゾ』!?なんだ?」


 唐突に聞こえる、バンのカーステレオからの音…音声。所々を金切り音にしながらも、それは断続的に鳴り始めた。


『イル…イる…ぞ』


「なんだこのクルマ気持ちの悪い…オイ!お前らどうし…っ!?」


 小走りで隣の車を見に行く男。しかしそこにあったのは、射殺したカメラマン達と同様の、男の仲間の死体だった。


 ただ一つ、カメラマン達とは違い、胸にくり抜かれた様な大穴を穿って。


「何だコレはどうな…ッ!!!」


 轟音と激震が男を襲う。スタンドの天井でない影が呑み込めば、男はゆっくりと其処へ振り向いた。


『イ…る…イルゾ…ワタシはココニ…イル…!!』


「うっ…うわあぁぁぁぁああぁ!!!!」


 誰にも届かない断末魔と共に、フロントガラスが全て、赤く染め上げられた。









ーーーーーーーーーー

 という訳で時間が無さ過ぎる手前、即、コンプリートモード(ロボット形態をそう呼ぶらしい)でのライディングを身体に染み込ませる必要があるらしく、長旅の疲れを癒す間もなく、特訓がスタートした。


「さて…では始めるか」


「おう」


 シャルル・ド・ゴール空軍基地。演習場を兼ねたその巨大格納庫のBブロック(らしい)。


 事情を知る人間の監視、立会いの下、一人オートバイに跨り、ど真ん中に立つ俺。ミレオのオッサンから鍵を受け取り、再びイグニッションまでキーを回した。


「おぉ…」


「本当に動いたのね…」


え、皆んな鍵回して動くとこも見た事なかったの。まぁ出来てたら俺みたいなただの日本人男子高校生をフランスまで連れてくる意味ねぇか…。


「…」

『…』

「…」

『…』

「…ちょい待ち、こっからわかんねぇ」


「はぁ!?どういう事よシュウジ!」


「いやリリエッタさんわかんねぇモンはわかんねぇって」


 今の膠着、多分全員俺のオートバイの変形待ちだったんだろうけど、そもそもデカくする方法もサッパリ分からん。


 エンジン掛けてアイドリングしてただけだなコレ。


「宗士君、あの時をイメージして、やってみてくれないか」


「あの時…か」


 あの時、そうだ。腹括って、巨人相手にキレてたな。ただ、アタマは妙にスッキリしてた。覚悟決まってたからか、そう、脳味噌はクールで、血管は、バチバチに熱くなってて…。


「こう…だな!」


『!!!』


 お、デカくなった。んで視点が高ぇ。あの時の巨大オートバイ状態だ。


「つー事は…こうだよな!」


 またあの時を思い出して、アクセルを全開にする。

 走り出す巨大オートバイ。そのまま格納庫入り口の屋根にフロントカウル激突しそうになるのを。


「ちょっ!シュウジ危な…!!」


「おっ…おぉ〜」


仰向けに寝滑りながら、変形完了した。


「よっこらせっと」


 アクセルカパ開けして半クラせずにクラッチ繋げば立ち上がる。成程、ダウンしたら急発進で起立だな。


「出来た。おーい皆、また出来たぞ」


「コレが、完成形人馬種…」


「フム。確かに奴と同等サイズの巨人。それでいて形状はまさしく、モーターサイクルが変形した巨人…だな」


「マジ…かよ」


 リリエッタさんに、エルドレドさん。あのフランスアーミー野郎他、初見の人間は揃って目を見開いてた。


 黒ギャルとミレオさんも、二回目とはいえ驚きは隠せないみたいだったが。

 何より、俺が。


「コレが、俺のオートバイか」


 格納庫の外壁、鏡面並に反射する一面のシルバーに、マシンの全容が映る。

 足は爪先がテールカウル、脹脛がスイングアーム、踵がリアタイヤだな。一本のタイヤが左右に分割されて、ウェスタンブーツのスパー(踵の歯車)みたく装備されてやがる。

 タンクは九十度前倒しになって、胴体を形成してた。百八十度回転…いや、コレはシートから後方、オートバイの後ろ半分がスイングアームの付け根を軸に横回転してんだ。シートとリアタイヤの天地がひっくり返ってる。そのシートとリアフレーム、サイドカバーが脚か。


 そんでもってフロントフォークとフロントタイヤが腕だ。コッチはタイヤがリアと違って前後に、Z字型に分割されてて、肘下になって…おぉ、拳はタイヤの、ホイールの中から出てたのか。


 そしてサイドシュラウドが肩、フロントカウルが上下分割。ヘッドライト含め下半分が胸で、スクリーンから上半分が頭。その中から、顔を出して…。


 肝心要の腰が…俺のマシンのV型三気筒エンジンだな!!


「シュウジ、少し動いてみて」


「りょーかい」


 今度は普通に発進。一速からスムーズにクラッチミートして行き、徐々に歩行、シフトチェンジ。ダッシュスピードを上げて行った。


「よっ…ホッ…ハッと」


 ハンドルを左右に振りながら、ジグザグに走ったりもする。改めてオートバイの乗り方そのものが、このロボットの挙動にダイレクトに反映されているのがわかった。


「こんな感じっすけど」


「良し。では早速取り掛かれオベール」


「了解。フリードリヒ!」


「ハッ!連装砲、展開!!」


「!?」


何やらエルドレドさんとアイコンタクトかましたと思ったら、フランスアーミーが物騒な事言いやがった。


 案の定そのままミサイル積んだトラックが出て来たぞオイ。


「構え!放てッ!!!」


「ちょ、ちょい待てぇぇぇ!!!!」


「大丈夫!!コンプリートモデルなら通常兵器では傷一つ付かないわ!!!」


「そういう事じゃねぇぇえ!!??」


 ツッコミ追いつかないまま飛んで来たミサイルの大群。冗談じゃねぇぞあの金髪角刈りと思いつつも、よく見りゃ。


「(巨人の火球よりは…遅い!!)のっ!!ミサイルッ!!」


 開けたアクセルを、即座に戻してリアブレーキで寝かし込む。オートバイのジャイロ効果を利用した、スラロームにも応用される、左右へバンクする旋回運動。


 上下左右、全方位から来るミサイルを、踵のスパーで地面グリップしながら、躱して、躱して、躱しまくる。


「避けるッ!!オートバイのッ!!」


 開けたら寝かし、立ち上がり、進む。つまりこのライディングが、ロボットモードでの回避、スウェーに繋がる訳だ。


「練習がっ!!…何処にあんだよォォォ!!!」


 最後の一発を、あの時の様にウイリーアクションのハンドリングで右ストレート一撃。正面から打ち落とした。


「ハッ…おぉマジだ。拳何処も傷付いてねぇ。テッカテカ」


「ヨシ。じゃあ次は格闘!!襲って来るのを放り投げなさい!無人装甲車群、突撃ィィィ!」


「ちょっとはインターバル寄越せよォ!!!」


「中尉!それ私の号令ですぅ!?」


 大変だな…フランスアーミーも…。



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