2-3 出発

〜〜〜〜〜〜〜



「ん…ふあっ?」


 なんだよ俺また寝ちまってたのか。コレじゃさっき寝た意味ねぇじゃねぇか。つっても昨日体力使ったと思ったら今日は知力を使わされたしな…ドタバタ過ぎて休まる気もしねぇ。


「って今度は居ねぇし…」


 ベッドを見るも持ち主不在。ただブレザーだけはハンガーに掛けてあるのを見るに、ちゃんと起きて何処かに行ったのだろう。それだけは安心出来た。


「ん。何の匂い…醤油か?」


「お、起きた宗士焼きおにぎり食べなー」


「寝起きで直ぐ食え…いや、食うか」


「ん!アハハめっちゃギュルギュル言っててウケるんだけど」


 腹の虫が、鳴った。それはもう盛大に。何せ丸一日何も食べていない。男子高校生には苦痛にも程がある。それに…まぁ、『焼きおにぎり』だしな。


「ってデケェよ。女モンのちっちぇーバッグ位あるじゃねぇか」


「いーじゃん余裕っしょ?」


「へいへい頂きます…っ…うまい」


「おっ珍しく素直だし」


 それくらい、漸く落ち着いた気分になったという事だろう。というか、当たり前の何時もに一旦戻れた気がしたんだ。コイツの作る焼きおにぎりで、普段の日常に、帰れた気がしたんだ。だから、思った事がそのまま口に出たんだと思う。 


「うん…うん、うめぇ」


「ふふっ」


 ローテーブルに頬杖突いて、したり顔で見て来るコイツ。ただそんなん気にならない位、一口食べたら後が止まらなくなって、何口も何口も頬張った。デカいけど、醤油は中まで良く染みってて、全体的に香るごま油が、食欲を唆る。ホントにコイツ、焼きおにぎり作るの上手いよな。


「…ご馳走さん」


「うん。足りた?」


「おぉ。そのさ、昨日…ゴメンな」


「いーよ。もう」


「いや、それでもさ」


「だって何に謝んの?」


「そりゃ…」


 何に、不躾な事言った事にか、お前の気を害する事を言った事にか、それとも。


「と、とにかくすまん。だから「あのさ、宗士の考えてるコトお見通しだかんね?」えっ」


「一人で行く気なんでしょ、パリダカ」


「っ!」


「どーせとりあえず謝っといて心残り無くしとこ。みたいな考えなんしょ?」


「…」


 久しぶりに何も言い返せなかった。完全に、頭の中を読まれていた。違うな、心の中を、見透かされていたんだ。俺がどうしようとか、何を考えているかとか、細かい所、全部。


『直ぐには答えは出せないと思うけど、時間はもう殆ど無いから、明日までには決めておいて貰えるかしら?』


 リリエッタ・オベールの提示条件はシンプルだった。パリダカに出て、あのクソデカいエイリアンと戦うか、全て忘れてただの高校生として生きるか。ただそれは、結局の所、問題を先延ばしにするだけ。他の誰かの人馬種への覚醒を待つだけに過ぎなかった。それはつまり、その間にも昨日みたいな事が、俺達みたいな事が、何処かの誰かに起こる訳で。


 なら、俺一人が赴いて、俺一人でカタを着けるのが、一番合理的に違いない。それなのにコイツは。


「あたしも行く「ダメだ」行く」


「昨日の見たろ、もう少しで死ぬ所だったんだぞ」


「それは宗士も同じじゃん」


「だけどな「あたしの側で、あたしの事守ってくれるんでしょ?」っ…お前…」


 そんなアホっぽい黒ギャルの格好で、最もらしい事を言わないでくれよ。どんだけ見た目が変わったって、あの頃のお前…由布子のまま、ずっと変わらないんだって、思っちまうだろうがよ。


「向こうに行ってる間、あたしをウチまで誰が送ってくれんの?」


「そりゃ、じゃあ他の「そんな人、いないよ」……あーもう、わーったよ」


「ん!決まり!やったー!パリだー!ゴールデンウィークに旅行けってーい!!!イェーイ!!!」


「オイ…」


 それが一番の魂胆だなこの黒ギャルは…。

ただ、それでも良いと、思えてる俺がいた。やっぱり、コイツに何か危険が降り掛かるなら、そこがどれだけそうなる様な場所でも、俺が側に居たい。


この気持ちだけは、動き様がなかったのだ。



ーーーーーーーーーー


「ハイハイ、分かってるわよ。サブプランも織り込み済だから大丈夫よ。じゃ、また明日」


「随分とエルドレドも大声だったな」


「他人事みたいに言わないでくれる?誰かさんのお陰で日本まで来たのだけれど?結局ホテルもナリタまで戻らないと無いし」


「すまん」


 成田空港周辺のホテルの一室。窓際の座椅子に座り脚を組むリリエッタ。ミレオはそこから三メートルは離れた、布団脇の小椅子に長身痩躯を腰掛け、電話のやり取りを見守っていた。


「しかし相部屋で申し訳ないな」


「生憎メタルオヤジと異国でラブロマンスする程ヒマじゃないから問題無いわ。和室しか空いてなかったのもコレはコレで異国情緒あってオツだしね」


「ありがとう…色々と」


「良いわよ。結果的にとんでもない成果が得られたもの」


 タブレットを数度とスクロール、スワイプしては、表示された昨晩の画像とデータを網膜に刻んで行くリリエッタ。こうなるならもう少し容量の大きな物を持って来れば良かったと、少し後悔があった。


「しかし…よかったの?あの事、シュウジに言わなくて」


「確かに、言えば彼は迷うまでも無く、参加を決めるだろうな」


「まさか七年前のアレのファーストコンタクトの当事者が、彼等なんてね…事実は小説より奇なり…か」


「だからこそ、余計な因縁を持たず、しがらみに囚われずに、宗士君には、パリダカを走って貰いたいんだ」


 俯いて、指を組み、一言一言紡ぐ様に、言葉を絞り出すミレオ。丁度二十四時間程前の光景を、ありありと脳裏に浮かべていた。


「まぁ、人馬種の源祖であり、モーターサイクルの…パリダカの面白さに取り憑かれた所為で、モーターサイクルのライダーにしか完成形は発現出来ないとタカを括ったアナタが、ココ…世界一のモーターサイクル大国であり、世界一有人運転のハードルが高いこの日本に来てまで見つけたのだから、自信はあるのでしょうケドね」


「…あぁ」


ーーーーーーーーーー


「オイ、なんだその荷物」


「パリだよパリ!?フルパワーで行くっしょ!」


 翌朝。出てくるのは俺の方が遅かったにも関わらず、先に大量の荷物をスーツケースに入れて待ってたコイツ。ショッキングピンクがドギツいなぁ。


「パリはパリでもコレじゃなくてダカなんだよ」


「でもどっちみちパリなんしょ?ならもうバッチリ決めなきゃだし!」


 モデルかと言わんばかりのポーズを決めて来やがったので、出立ちを見てやれば田舎のギャルにしちゃあまぁかなりキメてるなぁとは思う。にしたってボディラインが出過ぎだろ。爆乳とケツの主張がつえぇんだよ。


「てか宗士相変わらず私服はダサいよねー」


「うっせほっとけオートバイ乗ってる時以外はファッションはどーでも良いんだよライダーはよ」


「何それウケる……ま、そっか!」


「?」


 何だよ妙に納得した顔すんなよ俺が気になるだろう。ただコイツはそれ以上言及しなさそうな雰囲気を醸し出して来たので、そこは幼馴染の空気感で察して止めておいた。一昨日みたいな雰囲気になるのも面倒だしな。


「来たわね。シュウジ。ユウコも」


「リリエッタさんおはまるでーす!」


「…」


 そんでもってやって来た銀髪マドモワゼル。海外だから集合は成田空港じゃねーのかよと言いたくなる俺達を尻目に、向こうからコッチに来た。リリエッタさんは相変わらずオサレな格好だが、ミレオのオッサンは相変わらずってか、昨日と全く同じなボロいスーツだった。まぁ…メタルボディだから体臭とは無縁か。いいな。ちと羨ましい。


「シュウジ、眠そうね?」


「別に…」


「あはは宗士海外初めてだからキンチョーしてんだよねー」


「おめーも初めてだろ」


「あたしは楽しみのが多いもーん」


 クッソこのパリピ陽キャ黒ギャルめが…こうなれば現地コミュニケーションは全任せにしてやろう。いや、それはそれであれもしない所へ向かう可能性もあるから危険だよな…。


「ていうかリリエッタさんウチの母さんにも話通してたんすね」


「ええ。ミレオがアナタ達のハイスクールの特別臨時講師。私が同時通訳の添乗員よ」


「添乗員が日本来ちゃう設定は無理あるだろ…」


 それで『沢山人生経験積んで来なさいね!お土産はトリュフでヨロシク!』なんて見送りメッセージ送るウチの母親のフットワークの軽さも問題ではあるのだが。


「ともかく出発よ!何よりパリ、サハラの大地に早めに身体を適応させて、万全の体調でレースに望む必要があるわ!」


「了解っす……で、何で空港まで行くんすか?」


 そもそも俺のこのオートバイどうやって運ぶの?


 なんて呑気に疑問を浮かべてたから、頭上からバラバラバラバラと、轟音が響いて来始めた。


「ちょ!ヤバい!宗士めっちゃヤバいんだけど!ウチの真上にヘリいるー!チョーウケんだけど!!!」


「ウケねーし、ヘリっつーかVTOLだよコイツは…」


 どっちにしろこの長閑な米処の町に、まるで似つかわしく無いプライベート空路だなぁ。




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