1-8 始動

『で、現場の状況は?』

「色々めんどくさいわコレ。長期休暇が必要だわ」

 タクシーがコレ以上進めないと判断した所で直ぐ様降り、自分の脚で向かった女。

 長閑な田舎町には似つかわしく無い程の、パトカーや消防車、救急車のサイレンが響き渡り、野次馬が辺りに出来始めていた。

 女は双眼鏡でその震源地を確認すると、軽く舌打ちをして。

『後はいいから今の話をしろ』

「…(事務的なのはうるっさいジジイだなぁ)…最優先対象は見つかったわ。ただこのままだと向こうの医療機関にパクられそうだから回収に当たる。優先対象Aは…反応が無い。姿を消したみたいね…とはいえあのオヤジが生きてるから…撃退された…?…!!ちょっ…ウソでしょ?…」

『どうしたリリエッタ。報告を続けろ。最優先対象が存命にも関わらず、優先対象Aは何故ロストした?』

 そんなもん、コッチが聞きたいわと言いたくなる口を抑えて、もう一度その方向を双眼鏡で確認し、タブレットの電子マップの反応と照合する、リリエッタと呼ばれた女。

 更に二度覗く。切長だが綺麗な二重の碧い瞳を何度も瞬きさせながら、それを現実と認めた。

「コレ、大分マズイみたい。カテゴリーΛが、この辺鄙な町に、とうとう出現したわ」

『冗談は止「こんなつまらないジョーク、私言う女だと思ってる?」…わかった。即座に急行しろ。恐らくライダーも居る。関係者は全てお前が『始末』しろ。良いな』

「言われなくても…もう向かってる!」

 走りながら端末を切り、更にスピードを上げて駆け出す女。

 人の山を越え、ガードレールやフェンスをパルクールで飛び越えながら、その『巨人がいた場所』へと、最短距離で向かった。

「だから…この辺り千葉プリフィケーションの中じゃ寒過ぎなのよッ!!!」




ーーーーーーーーーー


「由布子!!!」

「あ、しゅうくん…」

 コレは…何だ。ああそうだ。昔の記憶だな。確か…アレだ。病院。そう病院に運ばれた時の、俺とアイツ。

 安静にしてろって医者の言いつけ放り出して、病室に飛び込んで行ったんだよな。

「大じ「大丈夫だよ!」本当か?」

「うん。ちょっと切れちゃっただけで直ぐに治るって」  

「なら、いいけど…」

「しゅうくんは大丈夫?」

 体中包帯グルグル巻きなのに、俺の事心配しやがる。

 昔から…全然変わんねぇよな。コイツのこういう所。

「あったり前だろ。男はこんなキズ、ツバ付けときゃなおるんだ!」

「じゃあ絆創膏いらないね!」

「おう!ってそういう事じゃねー!」

「あははははは…」

「へっ…へへへへ」

 こんな時でも、笑ってる俺達。いや違うな、コイツが笑ってくれるから、俺も笑えたんだ。

 本当に太陽みたいな、暖かい笑顔で笑ってくれたから。

「なんかほしい物あるか?買ってきてやるよ!」

「あっえっとね…オレンジジュース!」

「わかった!母ちゃんから小づかいもらってくる!」

 そう言って、元気良く飛び出した俺。

 途中看護師に廊下は走るなとドヤされながら、勢い良く下の自販機がある所まで、駆けて行ったんだよな。

 そんで、その時に。

「えっと自販機は…あった「この度は本当に…」…?母ちゃん?…」

 小銭を貰おうとしてたら、母ちゃんがアイツの両親と話してる時で、確か…その内が。

「謝らないでよ菫ちゃん!宗くんが居なかったら、由布子今頃どうなってた事か…」

「そうですよ。宗士君が命懸けで守ってくれたお陰で、由布子は生きてるんです。顔を上げて下さい。本当にありがとうございました」

「…」

 その言葉を聞いたまでは、俺の気持ちは高揚していた。

 アイツを守れた。男にとってそれ程勲章めいた事なんてないだろなんて、思える程に。下手すりゃ親達の前にカッコつけて出て行く様な、馬鹿野郎だっただろう。

 その後の言葉を、聴くまでは。

「でも由布子ちゃん…背中の傷が残っちゃって…!!」

「大丈夫よ…なるべく目立たなくなるって言ってるし、大きくなればどんどん消えてくわよ!」

「あの子は強いから、どうか成田さんがお気になさらず」

「菫ちゃんお願い。宗くんはずっと由布子のヒーローでいさせてあげて?」

「っ…ごめんなさい…ゴメンね…由布子ちゃん」




「ッ!……オレ…」

 告げられた言葉に、身体が鉛の様に重くなったのを覚えている。

 ジュースを買う事をすっかり忘れて、茫然自失と、立ち尽くしていた。 

 何も、守れて無かった。アイツの身体に、一生消えない傷を付けた。

 女の身体を、傷付けた。齢九つのクソガキに、永遠に背負う事になる十字架が貼り付いたのは、この時だった。

 その直後。

「ああすいません成田警察署の刑事課の…」

「(警察…そうだ犯人…いや、あのクルマは…)」

 俺の怒りの矛先は、あの突っ込んで来たクルマに向いた。

 何の躊躇いも無く、突っ込んで来た車。恐らく、無人だった。

 つまり、何がしかの誤作動を起こして、突っ込んで来た自動運転車。それを作ったヤツを、絶対に許さねぇって、心に決めた。にも関わらず。

「まだ一時的な現場検証の段階ではありますが…今の所、事故を起こした自動運転車の制御系統に、異常は見受けられなかった…との事です」

「!…そんな!だって現に我が家にあのクルマは突っ込んで来たんですよ!」

「そうです!あの破壊された玄関を見れば「フザっけんなよオッサァァン!!!」!?…宗くん…」

「宗士!アンタ…」

 もう、我慢出来なくて、大声で飛び出して、刑事のオッサンの胸倉を掴みに掛かったクソガキだったのも、良く覚えてる。

 この人に当たったって意味なんかねぇのに、それでも怒りが収まらなくて、ぶつけて、暴れまくって、キレ散らかして、叫びまくって、その階の看護師や医者が総出で出てきて取り押さえる位の、怒りに怒りまくった大暴れをしたのを、今でもハッキリと覚えてるんだ。


 そうして俺は、自動運転のクルマが、大っ嫌いになった。

 そして、絶対に、絶対に十六になったら有人運転のオートバイの免許を取って、アイツは俺の後ろっていう一番安全な所に乗せるんだって誓い…いや、この心への楔を、打ち込んだんだ。

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