1-7 覚醒

ーーーーーーーーーー


「ナッ!?現出ゥ!?」


「?…」


 タクシーの中で、思わず大声を出すアッシュグレイのボブカットの女。運転手は驚きと共に訝しげな顔でバックミラーを一瞥した。


「ああゴメンなさいね…」


 それにしたってどういう事だと、タブレットの反応をもう一度確認する女。しかし何度見ようとそれは間違いなく表示されており、女の肝を冷やすには十分な赤い点だった。


「(ココに来て反応が出た。しかもココは…地形図的に大分辺鄙な場所だけど、どういう事かしら。まさかあの男、使ったの…?それとも死んだ…?いや、何にせよ…)」


 流暢にローラー作戦で調べている場合では、無くなったという事実が、女を焦燥に駆り立てた。


「運転手さんお願いがあるわ。ココに、全速力でブッ飛ばして、20分でお願い」


「えぇ!?いやぁココからじゃ最低でも30分以上は掛かりま…へっ?何してるんですかぁー!?」


 グローブボックスからソケットに手を突っ込む女。

 オートドライブのスピードリミッターを切断。


 そのまま異常時の緊急停止信号を遮断すると、自動運転タクシーは轟音を立てて走り始めた。


「ち、ちょっとぉ、!「運賃、三倍は出すわ」そういう事じ…うっ…」


 ビシッと指を三本立てて、鬼気迫る表情で訴える女。


 加えてチューブトップから見える鎖骨と胸の谷間の陰が、運転手に諦めとヤケクソのやる気を引き出させるには充分だった。


「よ、よーく掴まってて下さいねぇ!自分ハンドル握ってるだけですけどぉ!」


「そーこなくっちゃ!」




ーーーーーーーーーー


「で、でっかくなっちゃった」


 ってフレーズで耳を大きくするチープなマジックをやるじいさん手品師が、最近動画配信で人気らしい。なんでも数十年前はそれでプチブレイクしたとか。


 なんて事を思い浮かべる位には、正常性バイアスが働いているんだろう。


「いや、なんでも肯定するとは言ったけどよぉ…」


 バイクが馬鹿みたいにデッカくなるのは、想像だにしない。つーか、どうなってる?


 目の前にはハンドル、タンク、シート、カウル。少なくとも見える範囲にあるのは普通サイズの俺のマシンだ。間違いない。


 ただ下を見れば低くなった橋、あずまや。そして…オッサンだ。そうだ。オッサンに聞こう。詰問してやる。


「オッサ『…』!アイツ…」


 声を掛けるより先に、橋の向こうから立ち上がった巨人。昏倒から起きた様な立ち上がり方ってのは、つまり今までは寝てた、ブッ飛んでた訳で、それをやったのが…。


「この…俺のクッソデカくなったマシンって訳か」


 体当たり特攻のつもりで、本当に体当たりをかました。


 さっきの鈍くて巨大な轟音は、アレを弾き飛ばした音だったって訳だ。


『……ーーーッ』


「!」


 向かって来る巨人。その血走った眼には、さっきまでと違う、明確な敵意が見えた。

 今度こそ俺を殺しに来ようとする、意思が。

 

 何より今度は。


「漸くちゃんと手ェ振って走り出したなァ!!!」


 キモい走り方は止めたらしい。ただそれは、もう遊びの時間が終わりである事も指している。


 今度こそ本当に逃げ場は無い。この奇想天外過ぎるクソデカオートバイで、やらなきゃならない。


「…ナマモノじゃなさそうだから取り敢えず轢くぞォ!!」


アクセルを開ければ、ちゃんとスロットルは回ってる音がする。


このまま走れるなら、もう一度突貫して、ブッ飛ばしゃ良いだけだ。


『ーーッ』


「っ!」


だがその体当たりを、両手を突き出して受け止め様とする巨人。


来るのが分かってるなら、対処のしようは幾らでもあるって訳だ。このまま…止められたら、今度こそ、成す術は…。


「構うか…行けェェェェッ!!!」


『………!』


「…あ?」


 激突したかと思えば、次に見えたのは巨人の肩を、『掴んだ』手。


 そしてそれは、当たり前に巨人のナマモノなんだか機械なんだか分からないモノではなく、角張って、硬そうで、月夜に重く輝いた、正真正銘、鋼鉄の指、手だった。


「な…今度はなんだって…お、おぉぉっ!?なぁぁぁぁぁっ!?」


 視界がグルグルグルグル、何度も回る。

 ジャキジャキガシュンガシュンゴゥンゴゥン。


 スポークが伸び縮みしたりショックアブソーバーが沈んだりシリンダー、ピストンが動きまくってる様な音が聞こえる。何かが起こってる。だけどそれは巨人に起こされたんじゃなくて、マシンが、この巨大オートバイが、自発的に起こしてる事だった。


「〜〜っ!!だぁっ!!さっきより…更に高ぇ…」


 揺れが収まる。また下を見たら、より遠くなった菖蒲橋。


 つまりさっきより更に高くなった視点。

 目の前には、あの手、腕。そしてその鋼鉄の腕に映る、月夜で反射された…。


「俺のマシンの、フロントカウルの…顔だなぁ!!!」


 下を良く見たら、脚も生えてた。





ーーーーーーーーーー


「成った…「ちょお!オジサぁン!」おぉ、お嬢さん…」


 宗士に起きた事がまるで理解出来なくて、とにかく急いでオジサンのトコへ走り出してみれば、今度はバカみたいにデカくなった宗士のバイクが、モノ凄い音立てて、なんかガチャガチャ言いながら、ロボット?…に、なっちゃった。


「アレ何!?宗士どうなってんの!?」


「あれ…が、唯一の、勝機…だよ」


「はぁっ!?ていうか宗士は?宗士は無事なん!?」


「それは…恐らく。彼の…あの瞬間の、強い意志…なら、必ず…乗りこなせ…る…筈だから…」


 答えになってる様で、全然なってない事言うオジサン。


 でも、さっきから戻り始めた目の強さは、余計に強くなってて、自信だけはあるんだろうなって、あたしにも分かった。


 ならあたしも…信じるしか無いじゃん。


「宗士…ガンバれ」



ーーーーーーーーーー


 今日の出来事を、おさらいしようと思う。


 放課後、ヘアバンドハゲとツーブロ老け顔と青髪毒キノコに絡まれ、コレを撃退するも、デコのニキビが潰れる。


 下校中、ドラッグストアに寄って黒ギャルとコンドームの破壊力を目の当たりに…コレは良いか。


 その後…アイツとちょっとばかし喧嘩したら、あのオッサンを見つけて、巨人に襲われて、オートバイデカくなって…とうとう…俺のマシンが、ロボットになってしまった…。


「一日のイベント量じゃねぇ!!ツーデイズでやれェ!!!」


 何だこの今日の忙しさは。色々あり過ぎなんだよ。


 田舎の町おこしイベントだって複数日開催なトコも多いんだぞ最近は。


 まぁケド、コレが今日の…。


「ラスイベ…なんだろうな」


『ーーーッーーー』


「で、どうやって動かすんだコレ」


 巨人の眼が、俺を捕えた。完全に捕捉した、ターゲットをロックしたって顔だ。


 つまりいよいよ、俺は抹殺対象に昇格しちまったって訳だ。こういうヤツは、ココからは…。


「っ!!!」


『ッーーー!』


 踏み込んで、飛び込み。俺の…この俺のオートバイロボの鳩尾目掛けて、巨体からは想像もつかねぇとんでもないスピードの拳を打ち込んで来た。


 だけど。


「重っ…てぇ。まぁ…動きの練習には良いんじゃね」


 俺の、コイツの左掌が既の所で受け止めた。


 咄嗟に左に体重掛けてハンドル切ったら出た動きだった。


 て事はこのロボットは、挙動が大体オートバイの動きとリンクしてるって事だ。なら。


「反撃なら…こうかっ!!」


『ッ!!』


 フリーの右拳で、打ち下ろしのストレートを思い切り顔面に叩き込む。


 首が伸びて、のたうち回りやがる巨人。

 漸く鬱憤晴らせた位の、スカッとする一発が入った。


「オートバイでパンチったらよぉ…ウイリーで前輪持ち上げて叩きつけるって仮面ライダーでも相場が決まってっからよぉ!!」


 爆音唸る様にアクセルカパ開けして、クラッチ一気に離したら、唸るエンジン音と共に速いパンチが打ち込めた。


 よし。なら次は。


「アクセル開けたら、走る!」


 後ろっ飛びに距離を取る巨人。逃さねぇと追走。排気が良く響いてんな。


 この音…動力はやっぱりそのままV型三気筒エンジンか!良いじゃねぇか!


「助走つけてこうだ!!」


 そのままフルスロットルまで開けた所で一気に戻してブレーキ!!左にハンドル思っきし切れば!


『ーーッ!』


「跳び回し蹴りになるか!」


 左脇腹に加速のついたミドルキックを叩き込む。

 しかし相手もギリギリ腕で防御。それでも脚は縺れさせられた。ならこのまま…。


「ダッキングしてマウント取ってボコる

っ!!」


『ッ!』


「!?…ぬあぁぁッ!!!」


 ライポジ低く突っ込んで、そのままちょい前輪浮かす様にクラッチ離したら、腕を伸ばして捕まえるモーションに入った。


 だが、触れる直前、巨人は口から火、いや、火球を飛ばして来やがった。


「ドーグ持ちかよ、しかも飛び道具…」


『ッ!ッ!ッ!』


「連続攻撃はいきなり応用編過ぎんだろォ!」


 弾幕みたいに多方向に火球飛ばして来る巨人。

 アクセルの開け戻し、ブレーキの握りと踏み込みの強弱付けて、とにかく跳んで避けまくる。


 にしても田んぼがあっちゃこっちゃ焼畑になっちまってる。

 コイツこの後罰として手で田植えやらせねぇとだな。


「!?っ…しまっ!…がッ!!!」


『ーッ!!』


 着地の隙の出来たモーションを見逃さず、タックルをかましてし来る巨人。

 川に叩き付けられて盛大に飛沫が上がる。やろうと思ってた事を取られる様に、そのままマウント取られて、ボコボコに殴られ始めた。


「ちっ…くしょッ…クッソォ!!!」


『ーーッ!ッ!!ッー!!!』


「あー…」


 ダメだ。なんかすげぇ頭がグラグラする。揺れてるだけじゃねぇのか。


 このロボットのダメージ、俺にフィードバックするタイプか?まぁ乗り方がそのまま反映されるってのは、そういう事だよな。


「つー事は、このまま殴られっぱなしだと、死ぬのか俺」


 いやぁ、まぁ頑張った方ではあるか。

 もしかしたらコイツこの後エネルギー切れで止まるかもしれないし、そうすりゃ自衛隊とかで殺せるかも………。


「じゃ、ダメだよな…おうッ!!!」

『ッ!』


 調子乗ってるこのツルッパゲの鼻っ柱に、頭突き一撃。仰け反る巨人。


 両ブレーキ目一杯掛けてアクセル全開にしたらなんか出来た。そのまままた吹かして立ち上がる俺。


「腹…減ってるからよォ…」


『…』


「焼きおにぎり…食うんだよこの後さァァ!!!」


 もっかい突っ込む。火球がまた来る。とにかくアクセルワークだ。細かく、早く、速く、緩急付けて、隙が出来ない様に。


 この川と田園一帯に、俺のV3エンジン響かせろ。

 だが、距離が中々縮まらねぇ。


「回避しながら詰める俺と真っ直ぐ下がるアイツとじゃ間合いが埋まらねぇ!!」


『ッーーー』


 あーコイツ今ナメた態度取りやがったな腹立つわ。


 このムカっ腹をぶつけたい…待てよ。そもそもこのロボット、排気音響いてっけど何処から…あ。


「肩からサイレンサー生えてんのか」


 全く気付かなかったが、オートバイが変形してるから各所に元のマシンのパーツが見て取れる。


 まぁ今はざっくり分かりゃ良い。するってと何だ。恐らくだが、アイツに出来た事は。


「俺にも…出来るッ!!あ、出た!?」


 そう思ってニュートラルで吹かしたら、後ろに伸びてた肩のマフラーが前向いて、キャノン砲みたく火球撃ちやがった。


『ッ!!!』


「しゃあァァァァもう逃さねェェェェッ!!!」


 全開。アクセル全開。フルスロットル。


 ギアは六速。発射のタイミングを見極めて、襲って来る火球を撃ち落とす。もう一度、怒りをブチ込む為に肉薄する。


「コレでッ!!!」


『……ッ!!!!』


「!!(タイミングズラして今撃つか…)」


 飛び込んで来た俺の顔面に、一発遅らせた火球を直撃させようとした巨人。

 オレンジ色の炎が、視界目一杯に映る。


 直撃が、来る。


「なんて俺が知るかァァァァァァァァァァッ!!!!!!」


 だからコイツより先に、ブン殴れば良いだけだ。


 肩のマフラー引っこ抜いて、無理矢理リーチ長くして、口にブチ込んで、先にありったけ炎、叩き込んでやりゃ良いだけだ。


「喰らっとけェェェェ!!!!」


『ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!ッ!……』


 七発キメた所で、巨人は完全に沈黙した。

 浴びせた炎が良く見える程に、辺りはもう真っ暗だった。


「はぁっ…ハァ…あっチィ…身体とんでもなくあちぃ……!?」


『…………ッ』


 止まったと思った巨人が、一瞬ニヤけた様な目をした。そのまま夜の闇に、身体を溶け込ませるかの様に、姿が消えて行った。


 手を伸ばして捕まえ…ようとした俺だったが。


「もう…伸びねぇ…」


 アクセルを開ける握力が、完全に無くなっていた。

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