1-6 吶喊と特攻
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「ちょ…も少し歩けるっしょオジサン!」
「お嬢さん逃げなさい…」
ダメだ。おじいちゃんとかじゃなくてフツーに大人の、しかも良く見たら結構身長高そうなオジサンだから、全然動かない。
「出来ないってー!」
「あの、少年の…言伝だか…らかい?」
「そうだよ!宗士に頼まれたからだし!」
「彼の事を…信…頼して…いるんだ…ね」
苦しそうなのに、何でそんなん喋んの、このオジサン。喋ってないで、歩いて欲しい。
けど、そんな事訊かれたら、答えずには、いられないじゃん。
「てか…宗士があたしの事、信じてくれてるから、あたしも応えたいだけだし…」
「健気…だね。この国…でいう、ヤマト…ナデシコとで、も…言うのか…な」
「黒ギャルに…そんなの似合わな過ぎるっつの…」
「いや、心…は、そうだよ。お嬢さん」
何を、そんなに流暢に、お説教みたいな事言ってるんだろうって。
いや、違うな。このオジサン、もう死ぬのを悟ってるんだ。それであたしに見切り付けさせようとして、変な事言おうとしてるんだ。
そんなんに、引っかかってたまるか。
「もう何でも良いよ!でもさ…ちゃんと応えたいじゃん!ちゃんと最後まで成し遂げたいじゃん!任されたんだから!だってそしたら必ず…守ってくれるんだよ…あいつはさ!」
「……良いなぁ。とても素晴らしい」
「感心してないで行くよ!」
あーもう。何でも見ず知らずの行き倒れのオジサンに、こんな事言ってんだろあたし。
だけど、なんかココで言っとかないと、駄目な気がした。
言っといた方が、後悔が無いなって。
でも、その理由は、決して良いモノじゃなくて。
「ダメだ…」
「っ!そんな…宗士は!?」
「恐らく…もう……」
「…ヤダ…」
遠くに見える、あのデッカくて、キモい巨人。
それが、またコッチにどんどん向かってるのが分かった。
しかもショートカットして、国道の車を何台も蹴っ飛ばして。
石ころみたいに蹴っ飛ばして。
人が居るなんて、考えもしてないみたいに。
元々、このオジサンを狙ってたみたいだし、当たり前かもしれない。
だけど、もうコッチに来るって事は、当たり前な事を、絶対に認めたく無いけど、考えてしまう訳で。
「しっ…宗士…しゅうじっ!!!」
「お嬢さん…逃げなさい!キミだけでも逃げるんだ!!」
「あ…ああっ…」
膝の力が抜けて、まともに立ってられなかった。
せめて、宗士の頼みを最後まで果たさなきゃって思ったけど、身体が動かない。力が入らない。
「!あれは…!?…お嬢さん!向こうを!!」
「へっ?…あっ…宗士…宗士だ!!!」
促されて、そっちを見る。田んぼの土煙を上げて走って来る巨人の後ろに、小さな土煙を上げて走ってくる、一台のバイクがあった。
安心すると同時に、身体に力が入り直すのが良くわかった。
「何という執念…お嬢さん…もしかして彼は…自分であのオートバイを運転して…いるのかい…?」
「あっ…うん。そう。宗士は…訳あって自動運転のクルマ嫌いで、それで自分で運転するバイクが大好きだから…頑張って勉強して、頑張って一人で練習して、免許取ったよ」
「そうか。そうなんだな…なら」
「?」
オジサンの顔が、少し引き締まったのが、薄暗がりでも分かった。
さっきまでと違う、諦めじゃなくて、生きようとする、勝とうとする顔。
覚悟を決めた様な、瞳に力が戻った様な顔だった。
「自動運転嫌い…あの若さで超難関のこの国の有人運転免許の資格取得か…運命という言葉があるのなら…こういう事を言うんだろうな…!!」
「ちょっ、オジサン何「コレを、彼に…シュウジ君に…渡すんだ!!」は、はぁつ!?」
出したモノを見て、やっぱりもうダメじゃね!?と思うあたし。
でもさっきの顔は、嘘じゃ無い気がする。本当に…コレで、どうにかなるの…かな?
「その前に先ずコレ……をっ…ぅああ…」
も一つ、ボールみたいな物をスーツの内ポケットから出すオジサン。
投げる素振りをしたけど、力が出ないで上げた腕が項垂れちゃった。
そうこうしてる間に、デッカいのはどんどんこっちに向かって来る。勿論、宗士もだけど。
「えっとコレ先ず投げれば良いの?」
「そうだ…お嬢さん出来る…だけ遠くに「中学はソフト部だったからやるよ!」頼もしい…なら十秒…後…なげろ…五、四、サン、ニ、イチ…今だ!」
「おりゃあぁぁ!!!!」
言われた通りに思いっきり巨人目掛けて放った。
高く飛んだボールみたいなのは空中で割れて、一瞬ピカって強烈な光を出して消えた。
「よし…コレで数分はジャミングが働く…今の内にコレをシュウジ君に…渡してくれっ…」
「分かった。でもオジサン。一人身代わりになろうとか、許さないかんね。あたしも、宗士も」
「善処…するよ」
「ッ…!」
走り出して、宗士の携帯に掛ける。多分いつもハンドルのトコにスマホつけてあるから、繋がる筈…。
「あ、繋がっ『おいお前大丈夫か!今巨人そっちに向かってる!』わかってる!オジサンからどうにかなりそうなモノ渡されたから宗士に渡す!」
『はぁっ!?どういう事だよそれぇ!』
「分かんないけど!今はそれしかないって!」
『巨人はどうす…なんか金縛りみたいに止まってっけどアレなんだよ!』
「目眩しみたい!でも余裕無いから……あっ!宗士コッチ!」
ハッキリと走って来る宗士のバイクが見えた。
まだ届くか分かんないけど、兎に角めちゃくちゃに手を振りまくってココだってアピールする。
『あー見えた!ちょっと待ってろ全速でブッ飛ばして行くから!』
「うんっ!」
さっきより目に見えて凄いスピードでこっちに向かって来るのが分かる。
とんでもない状態で、危ないなんてレベルじゃない状況だけど、必ずあたしの下へ駆け付けてくれる宗士を見て、すっごい安心したのを、凄く覚えてるんだ。
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「で、コレなんだよ!?」
「見りゃわかんじゃん!鍵だしカギ!」
合流出来て、少しだけ安心する。
コイツが特に怪我とかしてないのだけは、今は良かった。今だけは。
にしたってなんだコレ。ボロっちい鍵だなぁ。
サイズだけならオートバイ用なのは分かるが、コレでどうにかなる理由がサッパリわからん。
「異世界へのトビラでも開いて逃げろってか?」
「今しょーもないこと言ってる場合じゃないっしょ!オジサン、それを宗士のバイクに差し込んで、エンジン掛けろって!」
「コレ俺のオートバイの鍵じゃねぇし……いや、わかった」
そうだ。どっちみちもうコレ以上打つ手は無いんだろう。もしかしたら自衛隊とかが来て止めてくれる可能性はあるかもしれない。
だけどその間に、この町の人間と…何よりコイツが…死ぬかもしれない。
それだけは、何が何でもダメだ。
「オイ」
「おいじゃないし、何?」
「もしもの時は…オッサン置いてでも逃げろよ。この町から逃げろ。兎に角逃げて、生き延びろ」
「ちょ…いきなりそんな「頼む」…ヤダよ」
マシンに跨ったままだが、それでもこんだけコイツの目をしっかり見たのが相当久しぶりって位に、真っ直ぐ見て、言った。
「さっきの事、謝ってもらってない」
「いや今そんなん……そうか、そうだな」
「うん」
此処で謝ってしまえば、良かったのかもしれない。
その方が、後腐れが無い気がした。
だけどそれは、ただ謝り逃げなだけだ。それじゃ…ダメだよな。
「焼きおにぎり」
「えっ?」
「戻ったらお前の焼きおにぎり食いたい。そしたら謝る」
「何それ。なんであたしがだし…でも、いいよ。良いから、必ず戻って来て「行ってくる」ちょ、宗士!!」
本物を抜いて、ボロいのを差す。
形状もサイズもまるで違うのに、その鍵はピッタリと刺さった。
指が、自然とイグニッションへと鍵を回す。セルを押したら、エンジンがちゃんと掛かりやがった。
「うーわ意味わかんね…けどっ!」
もう既に訳わからねぇ事だらけだ。なら今から起きる事全部、肯定してやる。
クラッチ切って、シフト踏み込んで、アクセル全開で、一気にクラッチリリース。
今までで、一番意識せずに出来た。今までで、一番前輪が浮いた。
『…』
「オイオイオイオイ!!!タイミング合っちまってんなぁ!!」
走り出したと同時に、巨人の金縛りは解けて、辺りを見回し出した。
そして今、最初に狙いを定めたのは。
「だけど一番都合が良くてよかったよぉ!」
俺に、来た。もう一度、俺に狙いを定めた。
あの腕を動かさない気持ちの悪い走り方で、再び俺に、今度は追わず、向かって来た。
だけどそれが、今はベストだ。
「(さーてどうする。右なら田んぼ、左は国道だから…クルマの居ねぇ田んぼにもっかい)…!?なっ…おい!どうしたんだよ!!」
身体は左に体重掛けて、ハンドルを傾けて、曲がろうとしてる。
なのに目が、視線が全く、左を向かない。
真っ直ぐ、真っ直ぐしか見えない。巨人が来る真ん前しか映らない。ただひたすらに真っ直ぐに。俺のマシンは走って行く。
「ふざっけんな!言う事聞きやがれ!」
言葉だけは出るが、それ以外まるで意に沿ぐわない俺の身体とマシン。
突っ込む様に、直進していく。そう、突っ込む様に。
「あー…そうか、そういう事だな」
そして、意味を把握する。
何が起きても肯定してやるとは言ったが、コレは正直考えて無かった。
つまり、オッサンから渡された鍵は、どういう訳かは全く分からないが、俺とマシンを乗っ取って突っ込ませる、インスタント特攻兵器用キーだったワケだ。
「せめてラーメンじゃなくてヤキソバ位のお湯捨てるインターバルは欲しかったんだけどな」
いや、どっちみち変わらねーか。
寧ろヤキソバの方が、食べ終わるスピードは早い。
って、死ぬ前に考える事じゃねぇな。
「なら最後は焼きおにぎりでも考えとく…」
もう、殆ど距離は無い。恐らくはこのまま土手まで走って、ジャンプ台代わりにして飛ぶつもりなんだろう。
即席特攻兵器にしちゃ、考えた段取りじゃねーか。
なら後は、全部任せ…。
られる訳が、ない。
「こんな…乗っ取られたまま突っ込んでたまるか!!俺はなぁ…自動運転大っ嫌いなんだよおォォ!!!勝手に…俺のマシンを使うんじゃねぇぇえ!!!!」
止めた。虫酸が走るぜ。
せっかく免許取って、最初で最後になるであろう大事故が、オートバイ乗っ取られての大クラッシュだ!?ふざけんじゃねぇ!!事故起こすならなぁ…最後まで手前ェの握るハンドルに、責任持たなきゃ、ならねぇんだ。
「ニーグリップが甘ぇ!膝は…こう!肘も…もっと曲げるっつの!!そんでもってケツはしっかり落として、顎は引いて…」
『…』
迫って来る。巨人。近くで良く見ると、益々テッカテカで気持ち悪りぃ面構え。
そんでもってとうとう、コッチに腕を伸ばして来やがった。迎え撃って、殺そうとしに来やがった。正直こえぇし、さっきみたくまた、目を瞑りそうになる。でも今度は。
「進む道を…先を見続けんのが、ライダーなんだよォォォォォッッッ!!!!」
絶対に目を閉じないで、突っ込んだ。
アクセルは全開。フルスロットル、スピードの出し惜しみは無し。
成田宗士のありったけのライディングを、全部ぶつけてやるんだ。
視界が、真っ暗になる。五感が、一瞬にして消えて無くなる。
ああ、コレで俺は、死んだんだなって、確信が持てる。後はこのまま、爆発だか炎の熱さが俺を包み込めば……………?
「ごんっ!!!!!」
「…は?」
その大きな、大きな鈍い音で、聴覚が戻ったのがわかった。他の感覚も次第に戻ってる。だけど体の痛みは…無い。
「何!…は?」
徐に下を見た。その光景を理解するのは、直ぐには無理だった。川が…めちゃくちゃ下にある。十メートル以上、下にあるのがわかる。
「浮いてる?だけど俺はオートバイ乗ったまま…っ!…オイマジか」
水面に、うっすらと影が写った。その影は菖蒲橋を飲み込む程の大きさの、俺のマシンの形をした、影そのものだった。
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