1-5 逃(追)走
「うん…うん、そう。そうよ。昨日の昼、こっちでいう夕方辺りから信号消えてるわ」
成田国際空港、第二ターミナル。
その三階にあたる高速バス乗降口の三番出口脇、フリースペース。
帰国、或いは入国した人間が荷物を纏める為に主に使うその場所で、アッシュグレイのボブカットを強風にはためかせながら、言葉は滑舌良く、しかし声量は可能な限り抑えて電話する、妙齢の女が一人。
「だからココ、ナリ…タよ。ナリタ。ハネダ じゃないわ。上手くやるわよねあの中年も。直通ある中、三箇所も他国を経由してナリタだもの」
『ヤツのベースは日系人だからな。おおよそ土地勘で的確な場所を選べたんだろう』
その向こうの通話相手、壮年のしがれた男の声が受け応える。
元々という言葉からしても、少なくとも女よりは目的の男の事を古くから知っている物言いだった。
「ていうか寒いのよココ。このチバプリフィケーションってあったかいって話だったと思うけど?」
『おお、ナリタはチバの中じゃかなり寒い方だそうだぞ』
「あっそう。オリンピックのサーフィン会場から近いから、勝手に暖かいかと思った私が浅はかだったわよ」
『ともかく時間が無い。周辺は田畑の広がる人口が少ない場所とはいえ、衆人の目につく事は避けねばならん。最終発信擬定地から徹底的に洗え』
「了解。コトが全部済んだら長期休暇は何が何でも貰うからね」
『考えておこう』
「…」
そこは素直に取らせろパワハラタヌキオヤジが。と心の中で悪態を吐きつつ、端末を切る。
ともあれ女は辺りを見回し、その場所へ向かう為のバスターミナルへと早足を動かした。
「ダーメだ。チューブトップにジャケット一枚は無いわ…へくちっ!」
が、寒さでバスを待っていられなかったからか、直ぐにタクシーに切り替えていた。
ーーーーーーーーーー
「大体20メートルか…」
下から見上げて、何で直ぐに概算出来たかっていったら、昔見た事あったお台場とか福岡に立ってるあのデッカいロボット立像と目測で同じ位って、直感で分かったからだろう。
いや、違う。昨日、見たばっかりだ。
あの帰り道、眼にクッキリと映ったそれだ。
だから、分かる。
「(幻覚でなかったのは幸運か…?)んな訳ねぇよな…」
「ねぇ、宗士ヤバい…よね。コレ」
「あぁ。少なくとも笑える状況じゃない」
「っ…来た…か」
オッサン…何か知ってんのか。そりゃそうだよな。だから逃げろって言ったんだ。
この…人型。人型にだ。
ただ、ヤケにヒョロっちい銀巨人。それでも夕陽に照らされた所為か、表面が金属っぽい質感を放ってるのが良く分かる。
つまり機械?ロボット?訳が分からねえが、少なくともその見下ろす…。
『………』
「目が…イッちゃってんなおい!」
「宗士っ!?」
一瞬合った、俺と巨人の目。
血走った様な、充血してんだか分からないが、鮮血みたいな網膜に、中央の黒点。
それが意味するのは、敵意だって直ぐに察した。
「そのオッサン担いで出来るだけ遠くに逃げろッ!!!」
「いや無理!って宗士どこ行くんだし!?」
「ちょっと田んぼツーリングだよ!」
「はぁッ!?」
急ぎ階段を駆け上がる。
時間は惜しいからポケットから鍵取り出しながらマシンに着くや否や、イグニッションまで回してフルスロットル。暖気運転してないのは忍びないが、今は許してくれと念じて、シフト踏み込んでアクセル全開でクラッチリリース。
前輪浮かしながら、ともかく『そっち』へ飛び出した。
「ちょっと股下失礼っ!!」
『…』
立ち尽くすその巨人の脚の間を、一気に通り抜けて田んぼ道へ。
感知した巨人は一瞬股を覗き込む様に見るも直ぐに背筋を伸ばすと。
「よしコッチ来た…!?っておい…」
『…』
「速いだろ想像よりっ!」
踵を返したと思ったら脚を回転させる様に動かし始めた巨人。
サイクル的な等間隔の運動が、どんどん加速していけば、腕は振ってないのに、地響き立てながら速く走る、キモ過ぎる巨人が追っかけて来た。
『…』
「六速、何キロ…!あの巨体で百十キロ!?…バケモンだな見た目通り」
米処として有名なこの町は、かつては10万石とも言われた位に田んぼが多い。
兎にも角にもあっちゃこっちゃに田んぼがあって、田んぼ道があるこの町を。
「縦断する気かよッ!」
『…』
フロントフルブレーキから車体傾けて、左脚前に出して地面に擦らせながら直角ターン。見た感じ進路変更には動きが鈍重だから、細かい動きで撹乱するしかない。
「ったく田んぼ穴ボコだらけにしやがって!辛うじて田植え前だからまだマシだぞ!」
そういう俺もさっきからちょいちょい斜めに突っ切って田んぼに少し入ってる。
ただまぁ、常識の尺度で考えられない位の非常事態だから勘弁して欲しい。
あと多分、将来の爆走オフロードの練習になるやもしれんし。ならんか。
『…』
「のっ…こっち。そこは…右っ!」
どこぞのゲームコマンドとも良い勝負出来る位に、方向を変えてはまた方向を変える。
アイツの脚を鈍らせて、良いところ縺れさせでも出来れば、もしかしたらすっ転ぶかもしれねぇ。
そうなれば、勝機は。
「いや待て…勝機って何だよ。そもそもコレ何処まで行けば終わりだよ」
異常に気付いた誰かが、警察、或いは自衛隊に連絡して、やっつけて貰えば終わりか?
それまで後どれくらい掛かる?
もしかしたらもう連絡行ってるかもしれんが、来なかったら?つかこんなバケモン自衛隊とかで倒せんのか?
「(何だ…今俺が取るべき最善手は何だ。俺が…)いや、一つしかねぇだろ最初からそんなもん」
そうだ。誰が倒すとか、時間がどうとかじゃない。ただ大事なのは。
アイツに…絶対近付けない事。それだけだ。
「…飽きるまで何時までも相手してやんぞオイィィ!!!……あ?…」
『…』
なんて、イキった声出したのも束の間、曲がろうとした先に、爆発音が響く。直後、巨人が、炎上した車と共に降ってきた。
一瞬何が起きたのか把握出来なかった俺の頭だったが、直ぐに理解する。
あれだけの巨体。そして脚の挙動、脚力。ただただシンプルに、跳躍しただけ。
道路を走る一般車を巻き込み、ジャンプしただけだった。
そうすれば、さも容易く、先回り出来るに、決まっているのだから。
コイツは始めから、遊んでいただけだったのだ。
『…』
「クッソここまでか…」
シフトは入れっぱなし、クラッチも握りっぱなしだが、心がエンストした気分だ。
死にそうになるのは、コレで二回目だな。
あの時と似て、轢かれそうになった後、上から降って来るモンで、死にそうになってる。
でも、今日はそれで良かった。だって今、近くにアイツは居ない。今度こそ、俺だけ傷付いて済む。良かったじゃねぇか。
「(悪い。後ろ乗せられなかった。由布子…何が何でも逃げろ)…?」
覚悟を決めて、眼を閉じる。
しかし、襲い来るであろう俺を圧殺する痛みは、待っていても来なかった。
「!!…オイちょっと待て。まだそっちに…行くんじゃねぇぇぇっ!!」
振り返った巨人。その足先は、先刻の場所へと向けられて、再び脚を回し始めて、狙いを定める様に走り出した。
恐らくあの、オッサンと。
アイツの、所に。
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