1-4 動乱


 なんて、テキトーな事を言ってるヒマも無く、確かめるより先に面倒事は起きる訳で。


「キミ、一年の成田クン?」


「そっすけど」


「ふーん…」


 翌日、とっととアイツを送って昨日のチェックに行こうとしたのも束の間、なんともガラの悪そーな、いやどっちかってとチャラそーな、多分ネクタイの色からして上級生らしい男三人が、帰ろうとする俺の進路をいかにも障害物っぽく塞いで来た。


 案の定連れて来られたのはテンプレな体育倉庫裏である。


「あのー、なんすか」


 ジロジロジロジロ見て来るなよ気持ち悪いなぁ。

 なんだ告白でもすんのか?友達居ないと勇気が出ないタイプ?女子かよ?今時の女はフツーに一人でも来るぞ?来られた事無いから知らんけど。


 ちなみに俺は体育倉庫裏にはロマンは感じないタイプ。


「キミ、日向由布子ちゃんと付き合ってんの?」


「いや、付き合っては無いです」


「へぇハッキリ言うじゃん。でも毎日一緒に帰ってるよね?」


 喋り方がナルシスト感満載で腹立つなコイツ。


 ヘアバンドずっと着けて茶髪って別にまだ大して暑くも無いのに室内でやってるとハゲるぞ。


 というか全く他の生徒を気にして無かったから知らんかったな。この学校一応田舎高校の割にバカ高校ではないと思っていたが、フツーにバカっぽい木偶の棒みたいなこういうのも居るのか。


 つか…ああそうか。繋がったな。


「(昨日アイツが昼メシの焼きおにぎり食えなかった理由、コレか)そっすね」


「ふーん…でも付き合って無いなら今度から  俺と帰っても良いって事だよな?」


「あーそれは無理っすね」


「いやだってお前付き合って無いんでしょ?なら一緒に帰る必要も「必要はある」は?」


 なんかもうタメ口からのお前呼びでボロが出てんな短気かよカルシウム足りてねぇんじゃねぇのかヘアバンド。


 いや俺もタメ口になってるし一緒か。

 でも毎日朝は牛乳飲んでるのに。ちゃんと千葉県産のフルヤ牛乳。


「別に女と一緒に帰る条件が恋人である事なんて決まって無いでしょ。え、先輩女子と二人で帰った事無いんすか?」


「っー…あのさぁ、一年でバイク乗ってっからってイキんない方が良いと思うよ?」


「いやイキんないでしょ普通。ただでさえ周りが機械だらけの中一人生身の人間で運転してんだから。寧ろ毎日おっかねぇっすよ。先輩も取ってみたらどうです?まーこういう独りよがりの言い掛かり大好き野郎には無理だと思いますけどね。協調性無さそうだし」


「っ…お前あんま舐めた事言ってんじゃね……ね…ん…んんっ!?」


 手が出るのが早くて助かるなこういうバカは。まぁ胸倉掴んだは良いけど、まるで持ち上げられて無いんだが。


「どしたんすか先輩。俺170行ったり来たりで大したタッパも無いんだから早く脅して下さいよ」


 ストレッチすれば百七十・九。身体がなまくら状態で弛みっぱなしだと百六十八・五。

毎日の柔軟は大事である。


「チッ…の…のあっ…クッソなんだよお前ェ!」


「いや単に動かないだけっすけど、先輩のよわよわアームじゃ持ち上げんの無理なだけで」


「オイ、お前あんま調子乗ん…っ!?…あっとっ…たっ…てっ!」


 取り巻きその1が出て来て俺の肩を小突くが、俺は微動だにせず反動でその1が仰け反って尻餅をつく。


 バランス感覚ねぇツーブロックオッサンだなぁ。あ、そう、コイツオッサン顔だ。老けてる!


「テメ…えっちょおい離せ「じゃー離しまーす」!お、いきな…だっ!」


 取り巻きその2、青髪マッシュルームヘアー、通称毒キノコ(今命名)が前蹴りして来たけどとりあえず左腕で掴んであげて、ジタバタしてる所で離してあげたらバランス崩して案の定コケた。総じて。


「先輩ら下半身弱すぎじゃありません?チャリンコとか乗って鍛えた方が良いっすよ。まぁチャリの簡易免許取ろうにもその胸ポケの四角いヤニ持ってたら無理でしょうけど」


 大昔に流行ったらしいネタ画像の『チャリで来た』みたいなマイルドヤンキー共なら良かったのに。


 まぁチャリ漕ぐのも億劫な不健康チンピラが、俺の重心動かすのは最初から叶わぬ夢なのだが。


 だからもう、面倒なので。


「どーせ、アイツにフラれた腹いせに当りに来たんだろ?」


「〜〜オマエェっ!!!」


 呆れて嘲笑してやれば、馬鹿正直に突っ込んで来る。


 だけど、俺は拳で合わせになんか行きはしない。


 指痛めてハンドル握れなくなったら困るし。


 だから、こういう時は大体決まって。


「っ!?」


「今度から、こういう風に、正面から来て下さい…よっ!!!」


 腕を巻き込んで動けなくしたら、見通しの良くなったテッカテカの頭に、俺の謹製16年の石頭をしっかりと、下半身からスムースに伝えた力を込めて、プレゼントしてやりゃ良いだけである。


「ーーーーっ…」


「白目剥いて上見てる次いでに、その歳でその生え際ヤバいの、気にした方が良いっすよ」


 聞こえちゃいないだろうけど。













「…で、なんで血ぃ流してんだし?」


 とりあえずポーズとして小走りで急いで来てみれば、案の定遅いだの風が冷たくて寒いだの文句を言ってきたコイツだった。テキトーにあしらいつつ、あんまりにも聞いてくるから訳を話していたら、額からちょっと染みってる赤いのに気付く。


「しょーねーだろ朝おでこにまあまあデカめのニキビ出来てたの忘れてたんだよ」


「ダッサ」


「そういうとこ締まらないのがリアルで良いだろ」


「ちょっと見して」


 聞けよ。つーかちけぇよ…。

 あとコイツ、黒ギャルの割には香水臭いというかキツめの匂いしないんだよな。


 ちゃんと、女の匂いがする。


「あーダメだよコレちゃんとちゃんと薬塗っとかないとアト残るよー」


「クレアラシルとか持って無いんだけど」


「んじゃあっち」


 差し掛かった交差点の斜向かいを指すコイツ。

 道路沿いにデカデカと立つ『薬』と書かれた鉄柱に、ダラリと足を向けた。


「この町ドラッグストアだけはやたらと充実してるよな」


「なんそれ田舎あるある?」


「いや知らんけど」


なんでだろうな。せめて作るならコンビニだろ。






「っていう理由の一旦を垣間見た気がする…」


「えっ?何?」


「なんでもねぇよ」


 何でよりによってこのドラッグストア、皮膚薬の隣が避妊具なんだよ。


 五十音順で並べてんのか?虫刺されの薬買いに来た子供がローションでも手に取ったらどうすんだよ。ヌメヌメスライムで大喜びだぞ。


 つか、あまりにこう、あからさまなんだよ。

 コンドームと黒ギャルの並びはアウトだろ。


「アレどっちが良いんだろ?やっぱ消毒出来るヤツのが良いよね?」


「安いので良い」


「いいよちゃんとしたので。あたしも半分出すから」


「ギャルは義理堅いっていう流行ってるヤツ?」


「そんなんじゃないし」


「へいへい」


 こういう時はノリが悪い。ギャルはバイブスで生きてるんじゃねぇのかよ。


 バイブスってなんだ知らねーけど。いや知ってるわハーレーとかの写真纏めてる雑誌だ。えっちなおねーさんのグラビアが載ってるヤツ。違うか。





「あっイッて!染みるっ!」


「消毒用だから効くっしょ?」


 ドラッグストア出て数百メートル。川沿いの公園のあずまやでやたらと染みるニキビ治療薬を額に塗りたくられる俺。


「あのドラッグストア、トイレ無くて不便だよね」


「別にそのまま塗りゃ良くね?」


「ちゃんと周りの汚れ拭いとかないと雑菌入んじゃん」


 だからわざわざ水道のあるこんな辺鄙な川沿い脇のあずまやに来てんのか。って田舎だから大体辺鄙だわ。


「黒ギャルが律儀だなあ」


「ギャルハギリガタイカラネー」


「棒読みだなぁ」


 実際は、そんな理由では無く、ただただ昔からの、日向由布子という女の子の性分なのを、俺は知っている。知っていると思う。


昔から変わらない、人の痛みを放っておけない、優しい性分なのを。


「あたしの事で、宗士にケガの痕残んの、嫌じゃん」


「別にお前の事じゃないだろ」


「ホントにそう思ってるならただの喧嘩好きの不良だよ」


「バイク乗りだからって不良じゃねーし今時のバイク乗りは寧ろクソがつく程真面目だっての」


「ほら、マジメじゃん」


「…」


 むぅ、特に返す言葉も無い。


 時折真面目な話をすると、コイツは何時も、陽キャなギャルじゃなくなる。


 声は小さくか細くなるし、俺の目を見てモノを言わなくなる。


 およそ黒ギャルの見た目に似つかわしくない、弱さの見える姿。


「いいんだよ。俺に八つ当たりが来んだろ?で、俺が後始末しとけばそこで全部シャットアウトだろ。超簡単ウェーイ」


「宗士はそれでいいの?」


「(全然乗って来ねぇ)いいよ。じゃあなんだよ。お前が…あのヘアバンドハゲと付き合えばいいんじゃねぇの?そしたら話早…っ」


「…バカ」


 漸く目が合ったと思ったら、うっすら目尻に雫を滲ませて、一言。と共にデコピン。薬塗った所にクリーンヒット。治療の意味あるのかって位痛ぇ。


 そんでもってそれだけ言って、スタスタと歩き出すコイツ。


「ちょ、おい待て一人で帰んな…よっ?」


「宗士、アレ…」


「おう…」


 こういう時はもう少し走り去って、時間掛けて俺が後をついてって、呼び掛けても中々応えずにシカトし続けるがテンプレじゃね?等と思う位にもう足を止めた。


 その視線の先に、人影を認めて。


「倒れて…るよね」


「だな。ちょい行くか」


「うん」


 薄暗がりだが、あずまやに上がる階段の麓に横になってる人が分かった。


 ココが都会なら飲んだくれのオッサンとかかもしれんが、こんな田舎にそんな人種は先ず居ない。居てもどっかに軽トラがあるもんだ。

 つまりシンプルに、倒れている。

 さっきの事は一旦置いとく様に、直ぐに二人、気持ちを切り替えた。


「ちょ、大丈夫っすか」


「もしもーし」


「っー…ぁう…」


 駆け寄って良く見れば、スーツ姿で、だけど髪はやたらボサボサな、彫りの深いおっさんだった。


 息は切れ切れで浅くを繰り返して、意識は朦朧としている。アルコールの匂いはしない。つまり呑兵衛じゃない。なら…。


「立てます?無理なら救急車呼びますけど」


「脈、凄い不安定。宗士、救急車直ぐ呼んだ方が良いよ」


「おう」


 手首に指当てて、即座に脈拍を計るコイツ。

 家庭の事情故。とだけ今は言っとくが、それでもこうやって直ぐに動ける所は、心底関心する。


「一、一、九…『はい。百十九番です。事件ですか?事故ですか?』あー、ちょっと倒れてる人を見つけまして「逃げろ…」えっ?」


 俺とオペレーターの通話に割り込む様に、いきなりそんな事を言うオッサン。


 意識が混濁して支離滅裂な事を言う様になっちまったのかと、とにかく早く救急車に来て貰おうと、簡潔に説明する事にした。


「『大丈夫ですかー?』ああ大丈夫っす。ちょっと大分意識が危ういみたいなんで、早く来て貰えると助かります。場所は胡桃川沿い、菖蒲橋脇のあずまやがある所の階段下「早く…!逃げろぉ!!!!」!?…あっ」


「えっちょっ…オジサン大丈夫ですか!?」


 思わず指が通話オフの赤いアイコンをタップしてしまった。


 それ程迄に、鬼気迫る、大きな声。

 満身創痍のオッサンから出るとはとても思えない、絞り出した様な声。


 でもそれが、ただ意識が朦朧として言っている訳では無い事を、本能的に俺に悟らせた。

 そして。


「あの、逃げろってどうい…っ!!!…はっ…?」


 爆音。激震。形容のし難い、地鳴り。


 身体の芯ごと揺さぶられる様な、とてつもない揺れ。


 下半身の安定感をチャラ男相手に確かめた先刻が無駄だと思える程に、簡単に膝が曲がって、腰砕けになりかけた。


「し、宗士…アレ…」


「オイ…いやオイだろ…」


 マジかよという簡単なワードすら出てこない程に、語彙力を消失させる、地震の正体。

夕陽の影で俺達を覆い尽くす程の大きさ。川の側の田んぼに出来た、めちゃくちゃな足跡。


 その正体の、巨人が其処に、確かにこの目にハッキリと映る様に、聳え立っていた。








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