1-3 予想、予兆

「ってもーこんなトコまで来ちゃったか」


「おぉ」


 無駄話と与太話に時間を費やしていたのも束の間、既に陽は大分暮れ、地平線の向こうにもう間も無く沈むぞって辺りで、コイツの自宅近くまで辿り着いていた俺達だった。


「そろそろ帰んね」


「何一人で帰ろうとしてんだよ。女が一人でこんな時間帰んな」


「そういう所昔から頑固だよね」


「良いんだよ。春は頭のイカれたのも多いんだから」


「違う。こういうときはちゃんと女の子扱いしてくれるとこ」


「黒ギャルでも女は女だろ」


「女って言い方しない方が良いよー」


「呼び方とかクソどうでもイイわ。何百年経とうが男と女で、お前が女なのに変わりねーだろ」


「…ぶきっちょ」


 そりゃ確かに対人関係は不器用だが、オートバイのメンテはそれなりにそつなく熟せてると思うし、メットも綺麗に磨けてると思う。


 少なくともマシンに関しては、不器用ではない、とは思うが、当たり前に今言われてるのは、それ以外の事についてで。


「ほっとけ。ともかくお前ん家の玄関ピッタリまで、俺は絶対送ってくんだよ」


「…うん」


 少し目が遠くを、前を向いてるけど昔を見ている様な顔のコイツ。だから後数百メートル、俺はもう少しだと言い聞かせてまたハンドルを押した。


 絶対に、目を離してたまるかと思っているから。





「んじゃまた明日ねー」


「入れよ早く」


「入るよー」


「いいから家ん中入って鍵掛けろ。そしたら俺も帰る」


「ハイハイ」


 何時ものやり取りをして、コイツがウチの中に入って、施錠したのを確認。


 周囲を隈無く見回し、あの嫌なスリップ音が無いのをしっかりと認めた所で、俺は漸く  マシンにもう一度火を入れる。


 家と家のディスタンスたっぷりな田舎故、エンジン掛けた所で騒音とは捉えられはしないからな。


「っし」


 よっこらせと跨る。一気に軽くなった気がする上に、見晴らしの良さを感じる車高。


 メット被って顎紐閉めたら、左手のクラッチ握って左足のシフトペダル踏み込んで、後は右手のアクセル捻ってクラッチリリースして一路帰宅だ。


 ちゃんと直帰すんだから、健全な男子高校生だよ。



ーーーーーーーーー


「…うん。今日も帰ってった」


 玄関のドア閉めて、小窓から外を見つめる。


 漸く掛けられたバイクのエンジンが、あったまるのをちょっとだけ待ってるのが宗士の日課。


 少し経ったら跨って、いつも通りに帰ってく。


 それを見えなくなるまで見てるのが、あたしのいつも通りの日課。


「今日も誰もいないウチにただいまる水産〜!」


 なんて言ってみて、何も返って来ないの確かめたら、靴脱ぐルーティーン。


 最初にキッチンに入って電気点けたら、流しで手洗いうがい済ませちゃうまでも、ルーティーン。


「…ふふっ。焼きおにぎりにしといてよかった」


 シンクに漬けてある炊飯窯見て呟く。


 ホントは夜用に残しとこうか迷ったケド、中途半端な量だったし、食べ切れなくても宗士にあげれば良いかなーなんて。


 昼休みにちょっと違う予定入っちゃったとはいえ、結果的にあげられた訳だしね。


「んー…まーた大きくなった気がすんだよなー。そろそろH?いやいやヤバいっしょHはさー。カワイイブラ全然無いんだからもぉ〜」


 洗濯機にワイシャツ突っ込む次いでに、洗面所の鏡でブラからちょっとハミ出してるのを持ってみる。


 なんか先月より体感一割増し位で、重たくおっきくなってる気がした。


「てか宗士、ジロジロ見過ぎだしね」


 ちょい見たら直ぐ逸らすからバレバレなんだよね。


 見てないフリしてんだろうから言わないであげてる

ケド、宗士めちゃくちゃおっぱい星人じゃんウケる。


「………でもさ」


 ちょっとクルって回って、背中を鏡に向ける。お気に入りの焼けた肌の、スーッと入った真ん中の線が、相変わらず主張強め。


 薄まってっては来たけど、成長につれて伸びてっちゃったソレが、しっかり居る。


 いるけど。


「ずっと見ててくれて、ありがとね。宗士」


さーて、今日のご飯どーしよっかな。








ーーーーーーーーー


「相変わらずクルマの流れだけは多いよな」


 アイツん家から俺の家までは2キロ弱ある。


 幼馴染つったって、地方の学区の括りなんて広範囲だから家と家は普通に離れてるのもザラだ。


 とはいえその距離が俺が帰りに自由にオートバイを乗り回せる時間だから、その距離を目一杯楽しめれば良い。


 別に寄り道したって良いだろなんて思われるかもしれないが、俺は健康優良児だからコレで良い。


「ほ…」


 幹線道路から脇道一本入って、細めの県道のT字路を右折。そうすると見えて来るのが自宅までの坂道にある三本のガタついたカーブ。


 キツくも無いが緩くも無い、傾斜はそこそこあるその坂を、俺は『ほへと坂』等と勝手に呼称して、コーナリングの練習に使っていた。


「へ…」


 先ず最初の左コーナーである『ほ』はブレーキはジワリ、自然と身体をリーンさせればマシンは勝手にトレースして曲がってく。


 次の右コーナーの『へ』はバンクが左傾斜気味だ。ココはアクセルはカパ開けしたまま右に思い切り寝かし込み、リーンインして立ち上がりと共にどんどんアクセルを開けていく。


そして。


「っ…とっ!」


 最後の左コーナー『と』。

 一番キツい傾斜と路面の凹凸がある上に、ヘアピン気味のココは、手前でフルブレーキングした後即座にケツをシート右端までスライド。


 左足は斜め前に放り出して、リーンアウトでコーナー外に飛び出しそうになるマシンを全力で抑え付ける。


 全部何時か、アフリカの大地で使うかもしれねぇななんて、思いながら。


「っと!」


 少し頭を馳せ過ぎたからか、立ち上がりが膨らんだから軌道修正だ。


 着座位置を直ぐに戻して、最短距離をトレース出来る様に目線は…。


「(あの角の木辺り…丁度巨人が見えるくらいのトコへ視線を固定して)……って、巨人っ!?」


 オートバイは視線の方向へ、その車体を進める乗り物だ。俺が見たそれに、其処に向かって、走って行く。


 だから見えた大きな人の影。この高台なら、仮に下の畑の方から立っていたなら、20メートルはあるだろうそれ。


 余りにこの田舎に似つかわしくない、異質さ。


 夕暮れで辺りは見えなくとも、確実に見えた、視界に捉えたモノが余りに唐突過ぎて、一目散に走っていった。


 が。


「いねぇ…よな」


 忽然と、その姿は無く。幻覚かと、俺に思わせるには充分だった。ただそれでも、視界に移ったそれを処理した俺の脳は、見間違いだと、巨人を否定する事を、していなかった。



「ありがとうな」


 帰宅し、そのままマシンを労わる一言掛けて、車庫代わりのほったて小屋に入れる。エンジン切って降りた所で、大きく息を吸って一息吐いた。


「いてっ」


 徐に頬をつねる。ありきたりな現実の確認方法だが、しっかり痛い。痛みがあるという事は、本当に見たという事だろう。


「…」


 走り終わったマシンのマフラーから微かに鳴る、小さい金属を弾く様な音。


 それを聞いて心の落ち着きを取り戻した所で、いつもよりゆっくり目にバイクカバーを掛けた。


「ただいま」


「あーおかえりー今日も由布子ちゃんちゃんと送って来た?」


「…」


「ん!」


 ノーコメントは然りだとこの母親は既にテンプレートに加えているので、特にこのやり取りに意味は無い。


 俺が答えないのも、そうしているのをこの人は既に分かっているのだから。


「あ、お袋」


「なにー?」


 因みにやり取りは今の所声だけだ。母親は玄関奥左手、台所のそのまた向こうのベランダ。鉢植えが沢山置いてあるガーデニング畑の所から聞こえているのだから。


「今日のメシ何?」


「ピーマンの肉詰めー。今日いっぱい採れたから!」


「ピーマンの肉詰めピーマン抜きは出来んの?」


「ハンバーグにはなんないよー。タネの味違うし」


「ちぇっ」


 男子高校生にピーマンの栄養素はそんなに必要無い思うのだが、所詮食わせて貰う立場の人間に拒否権なんてあってない様な物である。


 出されたモノを食うのみなのだ。


「あと」


「?」


「いいやなんでもね」


「??」


 流石に『巨人見た?』なんて聞いた日にゃ視力検査やり直して場合によっちゃ免許返してこいなんて言われかねんから、止めとこう。


「いやマジでいた…よな?」


 とりあえず母さんにどやされる前に忘れない内にワイシャツ洗濯機に放り込んで、部屋着に着替えてベッドに横になりながら、さっきの出来事を振り返ってみる。


 否定しようとする気持ちと、肯定せざるを得ない気持ちとがせめぎ合っていた。


「俺の影…だったらバイク乗ってる俺のカタチしてっから…」


 違う。人影だ。巨大な人影。


 それが何なのか、俺は興味と謎と、あと…不安が強く胸に渦巻いてるのが分かった。


 あれがもし本当で、それがもし俺を…俺ん家を離れこの町を、アイツを巻き込む様な危険なモノだとしたら、俺は…。


「もっかい明日、確かめるか」


 苦い思いをしたくない。あの時みたいなのは、絶対にダメだ。俺はまだ、あの事故だって、納得行っちゃいない。


 とはいえ今は、夕飯のピーマンで先ず苦かったんだが。













ーーーーーーーーーー



「ハッ…ハッ…」


 山道を、林道をひた走る一人の男。


 長身痩躯の体格に、伸びたウェーブの掛かった髪と、無作法に生える髭。


 その顔にミスマッチなスーツを着込み、ただただひたすらに、【何か】を求めて、男は走り続けていた。


「間違って…居なければ…私の…っ!」


 思考に気を取られ、足下の木の根に思い切り爪先を引っ掛ける男。手を着く事に失敗し、顔面を強打し、沈黙する事数秒。


 しかし顔を無理矢理起こせば、また息を切らしながら走り始めた。


「もう…此処にしか…いや…或いは……!」


 不意に、肌に伝わる悪寒。


【それ】が近くに、接近して来た事を知らせる直感。

 ならば、もう時間は無いと、男は全てを投げ打つ覚悟を決め、速度を上げた。


 希望という低い確率を捨て、現実という高くは無い確率を取ろうと。


「最後ならば…コレもまた…仕方のない事…か」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る