1-2 今の俺達は



「宗士ってまだ友達いないの?」


「えっなに精神攻撃する為に下校しようっつったの?」


「だっていつも1人で帰るじゃん」


「そりゃだってコイツいるし」


 ハンドルをペシペシ叩いてやる。今更だけど比較的軽めのオフロードアドベンチャーマシンだが、オートバイ押すのって普通に重いよなっていう。オフ車はハンドル高いから腰屈めなくて良いのが救いだけど。


「あっバイクは友達怖くないよ!ってアピってんのか!」


「おーおーやっぱディスりが目的だなこのままエンジン掛けてかーえろ」


「ゴメンゴメン…てか、帰んない癖に」


「…」


 別に帰ったって良い。帰ったって良いが…俺はこのまま帰る気はない。それだけだ。


「つかお前こそ友達と帰れよ。大量にいんだろコミュ強なんだから」


「うーんまぁそれでも良いんだけどねー。みんなほら、高校ともなると帰り道違うしさ」


「どっかスタバでも寄ってフラペチーノの写真撮ってから帰れよ」


「この町からスタバとか歩いてどんだけかかんだし。あはははは」


 別に笑わせたくて笑わせたつもりは毛頭無いんだが、それでも名字の通り落ち始めた夕陽の通り…かどうかは知らんが、明るく笑うコイツ。


 こうやって笑われると、俺のツッコミも野暮に感じる程、オートバイ押す腕も軽く感じる程、気分が解れる時があった。


「てか宗士も良く続けてんね。バイク通学」


「そりゃせっかく取った免許だからな」


「入学式から乗ってたのめっちゃ目立ってたよね」


「他にいねーからじゃねぇの」


「だって今時自分で運転する免許取る人居ないって。しかも高一でさー」


 なんて言いながら下校路の国道沿いを見渡すコイツ。


 地方特有のぶっとい国道を、クルマやバイクがガンガン通ってる訳だが、その多く…いやほぼ全部で、運転席という物は存在せず、かつてそれがあった場所に座っている人間も、ハンドルの代わりに携帯端末を握って画面とにらめっこしていた。


 飛翔物MCによる強大なエネルギー革命は、電気自動車普及の流暢に歯止めを掛けたらしい。


 とはいえ電気自体は当然の様に必需品になる。高性能リチウムイオンバッテリー技術は自動運転AIの発展に応用され、奇しくも完全EV化目標の年に、完全自動運転車の実機が正式導入されたそうだ。


 自動運転って聞いたらオール電化のイメージだが、最終的に落ち着いたのは動力(ガソリン+宇宙エネルギー)×運転(電気)の変なハイブリッド車だった。


 とはいえコレは高齢者や地方の公共交通機関の乏しい人間に取っては、とても有益だった訳だが。

 あと、非自動運転車への極端な重課税もあったし。


 そうなって来ると、次は免許制度の改正にメスが入

った。

 瞬く間に普及して行く自動運転車に伴って、有人運転車に必要な免許は次第に形を無くしていき、最初は免許更新の際の再学科試験導入及び問題難易度の上昇。次いで学科以上の高難易度実地試験の導入。更には自動車学校、教習所の廃校。


 そうやって自動運転車の普及に伴い、有人での運転免許証の取得はどんどん困難に、ハードルが高くなって行き…。


「だって運転免許の学科試験って司法試験並なんしょ?」


「流石にそこまでじゃねーよ。司法試験だったら道交法の部分丸々くり抜いただけだ」


「大体一緒じゃん!」


「一緒では無いだろ」


「えーだってよくわかんないし。それに司法試験と違ってじっち?ってのもあんじゃん」


 たまごっちのおやじっちみたく言うな。というのは置いとくにしても、まぁ確かにバカみたいな難易度ではあった。基本的に道交法はほぼ丸々覚える必要がある。ただコレはまぁ良い。詰め込みに詰め込んで覚えれば何とかなったからな。高校の受験勉強の次いでに必死こいてやりゃ良い。


 問題は実地試験だ。その大昔、大型自動二輪免許の限定解除試験とやらは本当に司法試験かよと言われる位難しかったそうだが、今またそうなっているのだろう。いやそれ以上かもしれない。試験判定官は全てAIだし、合格ラインは減点方式で95点以上。ワンミス−5点だから許される失敗は一度のみ。人情の消えた血も涙もない冷徹な実技審査は、かつての腕自慢な運転手達の心も次々と折って行ったそうだ。


「そうまでして取ったんだもんねー宗士。パリダカ出る為に」


「…」


 不意に出て来た、そのワード。ったく何時の話してんだよ。第一日本の免許事情とパリダカ…フランスやセネガルの免許事情関係無いだろ。


 つか、俺は先ずそれよりも。


「だって宗士の事だからさ、まずはレースより先に普通に運転が上手くなってからーとか、思って取ったんしょ?」


「…まぁな」


 思ってた事を言い当てられ、肯定の後、暫し沈黙。

 頭の中で浮かぶ、あの時の記憶。

 会話は止まるが、車は流れ続けている。その音だけがやけに響く。


 別に気不味くなったりもしない。幼馴染と二人一緒に居たって、沈黙が長いままの時もある。ただそれだけだ。


「ね、でいつ乗せてくれんの?」


「何がだよ?」


「いやココ」


「…」


 コイツが叩いた事で乾いた音の鳴ったタンデムシートを見やる。一瞬だけだからまた視線は前に戻した。


 特にリアクションしないまま、歩き続ける俺。


「えっ乗せてくんないの?」


「いや無理だし」


「何でー?」


 バッカ下から覗き込む様に見るなよ谷間が見えてんだよデカ乳女。黒ギャルが上目遣いとか似合わねぇからやめろっつの。


「免許取ってからは一ヶ月は出来ねーの」


「なーんだそういう事かー」


「そういう事だよ」


 大昔は一年は無理だったらしいけどな。

 今は逆に難関過ぎる試験の手前、取った後の規制は緩和されたらしい。


 つーか使う奴の絶対数が少な過ぎてテキトーになっちまったんだろうけど。


 それで大昔あった高校生の免許取得禁止の風潮は消滅したらしいから、俺としては願ったり叶ったりだが。


「じゃあ一ヶ月だから…!あっ丁度ゴールデンウィークに解禁じゃん!旅行行こう旅たび!タビ!」


「何でお前と行くんだよ」


「えーどうせウチ今年もあたし1人だろうし。行きたいなーバイクで爆走ツーリング!ぶぉおおぉんん!!!って!」


「爆走はしねぇしぶぉおおぉんん!!!……とは言うかもしれないけど…別に俺と行かなくたって良いだろ。友達と行け友達と」


 エアーハンドル止めろ道端で恥ずかしいから。歩行者は居ないがクルマからは丸見えだぞ。


 第一、オートバイでタンデムしたって、走行中はろくすっぽ会話出来ないし、その日が暑かったり寒かったりしたらそれが倍になって味わうハメになるんだ。悪天候だったら最悪だぞ。


 決して快適とか、楽しいもんではない…だろう。

 こんなコテコテの陽キャ黒ギャルは、友達とウェイウェイ公共交通機関で行った方が良い。


「…宗士はあたしと行きたくないの?」


「質問の意図が変わってんだろ」


「あたしは行きたいよ?」


「っ…」


 急に落ち着いた声を出すこの幼馴染。なんせ元から黒ギャルなんかではないコイツは、ふと昔の、昔からの表情を見せて来る時がある。


「俺は「その方が運賃が省けるしね!」オイ」


 あっぶね。凄い危ねえ。まぁんなこったろうとは思ったけど。


 つか一瞬気が抜けたからマシンの重さが一気に腕に来た気がした。ああいかんいかん。


立ちゴケどころか押してる時にコケてカウルでも割れたらショックで不登校になるわ。


「なーんてさー。でも、行きたいのはマジだよ」


「…ちな何処行き「あ、焼きおにぎり食べる?今日ちょっとお昼食べ損なっちゃってさー、余っちゃったから宗士食いなよー」少しは言葉を咀嚼する時間を設けろよ…」


 返答も待たずにリュックからガサゴソガサゴソラップに包まれた焼きおにぎり取り出すコイツ。まだ残ってる醤油の香ばしい匂いが、良い具合に俺の鼻腔を刺激した。


「黒ギャルにピッタリなおにぎりだな」


「えーあたしの方がしっかり焼けてるし」


「おにぎりと張り合ってどうすんだ」


「ほい」


「ん」


 渡されて、頬張る。うん。味は…美味い。 やはり米処のおらが町である。


 あるし、まぁ味付けと焼き加減も、悪くは無い。


 殆ど両親の居ない家で、一人で生活しているだけはある、黒ギャルである。


「宗士歩きながら食べよーよ」


「オートバイ片手で押しながら食うのムズイんだよ」


「じゃああーんして食べさせてやろっか?」


「頑張って片手で押すわ。両手押しでもそっちのがしょっ引かれそうだし」


「なんそれひっどーい」


 言葉とは裏腹に、明るく笑うコイツ。思わず俺も、笑みが溢れる。さっきみたいに黙ってる時もあれば、こうやって笑い合ってる時もある。幼馴染なんて、そんなもんだ。

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