1-1 ぼっちライダーと黒ギャル

窓から外を見れば、地平線まで広がる水田。微かに聞こえる農耕機の音。田んぼに水が引かれ始めている。既に波波と注がれている所もあれば、まだ耕したばかりでボコボコの所もある。何にしろ米処の我が町は、もう直ぐ田植え真っ盛りになるだろう。


「ーーーそれがつまり、三十年前、変則軌道で落ちて来た彗星の中に含まれていた鉱物、通称『飛翔物MC (metamorphosis carbonus)」といわれる物ですね。コレを内蔵した巨大隕石が、アフリカ大陸の西北端であるモロッコ、サハラ砂漠に落下しました」


 四月も半ば、つまり新学期から二週間も経つと、ある程度は身体も新生活に慣れてくる訳であるが、同時に午後の授業はクソが付く程に眠い。


 特に社会科目、こと現代社会は子守唄って言葉がピッタリな位、定年間際なおっちゃんの、ゆったりのんびりとした教科書の読み上げが続く。


 つまりこの授業は、寝た方が良い。


「(よし、良い感じに意識飛んで来た…あと1分位で寝られ…)」


「という訳で、コレが何をもたらしたかを…成田くん。答えて貰えますか?」


 つまり今は、起きた方が良い。


 なんて直ぐに、頭は切り替えられるモノではない。


「えと、とっととヘルメット持って駐輪場へ行こうとする帰りたい気持ちっすね…」


「惜しい」


 いや惜しくは無いでしょ…つーか本音がダダ漏れ過ぎて軽く周りのヤツら引いてんじゃん。ど真ん中一番前のエッジ効いてる眼鏡掛けた、気ぃ強そーな女学級委員長、一瞬めっちゃ睨んで来たし。


「もう少しシンプルです」


 シンプルに次の人って言って欲しい。そうかこのおっちゃん先生、当てるまで変えないジワジワ追い詰めタイプかー。


 ま、じゃねーとこんなに長く教員生活なんて続けらんねーもんな。


「(よし、ではおっちゃんの教育への勲浪を表して答えてしんぜよう)…エネルギー革命です」


「じゃあ成田君、キミの好きなモノに当て嵌めて」


 くっそ、結構面倒臭いタヌキじじいだった。ていうか生徒のパーソナルデータ入学して二週間でもう入ってんのか?


 ベテランなのに努力が地道過ぎない?仕事の流儀とかスラスラ答えられるタイプなん?


 てか俺眠りかけてたのにモノローグツッコミ速くない?


 つっても、俺に関しては別に調べなくても分かってんだろうけどさ。


「えっとEV、電気自動車が絶滅しました」


「何故?」


「その飛翔物MCの特性で、石油と化合されて出来た燃料の…燃焼後?の排出ガスを無毒化したからです。二酸化炭素の排出がほぼゼロになりました」


「つまり?」


「つまり…(誘導尋問?)クルマにオートバイ、内燃機関、エンジン車が復活し、再び世界の主流になった…すね」


「そうだね。成田宗士君、キミのオートバイみたいに」


「ハイ、俺のオートバイみたいに」










ーーーーーーーーー




「あっ成田くんじゃあね!」

「うん」

「ば、バイバーイ」

「バイバイ」


 漸く放課になってとっとと帰ろうとするも、目が合ったクラスメイトは律儀に俺に挨拶してくれる。


 多分おっかなビックリだけど、それでも毎日ちゃんと挨拶してくれる。優しい。


そう思える俺はチョロい。


「…」

「っ…」


 かと思えば目がちょっと合っただけで目を逸らして避ける人達もいる。


毎日ちゃんと避けてくれる。厳しい。

そう思える俺は繊細である。


「(繊細って自分で思う様な奴は神経図太い説よ)」


 ロッカー上のオフロードヘルメットを取って教室を出れば、後は脇目も振らず昇降口に進むだけ。


 そしたら次は、傍目も振らずに駐輪場へ向かうだけだ。


「…(そんなに俺のセンター分けの前髪、生理的に受け付けねぇかな?)」


 多分理由そこじゃねえな。そこの可能性もあるけど。




 して、今駐輪場に居るわけだが、遠い。何がって俺のオートバイとその他…この学校で言えばそれは全て自転車なんだが、一番近くても十メートルは離れた所に止めてある。俺のマシンに近づきたくない感が凄い。


「つか今日さみーよな」


 コロコロコロコロ何処ぞの児童漫画雑誌かってくらいに二転三転する昨今の気温な手前、一度鍵を差し込んでイグニッションまで回してセルを押せば、十の秘密は持ってないV3、V型三気筒エンジンが元気良く起き出して、しっかり水温計はコールドを差していた。


 あと。


「(そんなにそそくさと帰んなくても良いじゃねーかよ)」


 排気音が聞こえたと思いきや、周りの自転車通学生徒は駄弁りを打ち切り、軽めのチェーンの回る音をさせ…いや俺には聴こえてねぇから想像だなそれは。


 ともかくとっとと下校してった。つまりこの駐輪場には俺以外全く居なくなった訳だ。


「いいや「かーえろ」あんだよ」


「あたしだけど?」


「そういう事じゃねっつの、何の用だよ」


 独りスタンド払いかけた俺に、エンジン音が谺してても聞こえるくらいの澄んだ声が掛かる。


 大きい訳でも無く、甲高い訳でも無い。やたらと聞き易い、聴き慣れた、澄んだ女の声。


 さぞかし貞淑な、気品溢れる姿…ではなく、褐色ってか日焼けした肌で金髪なんだけど。


「いや、一緒に帰ろって言ってんじゃん」


「時代遅れの黒ギャルと一緒に帰る趣味は無い」


「は?ならあたしだって時代遅れの暴走族と帰る趣味ないし」


「暴走『族』ってのは集団だから『族』なんだよ。見ろこの他人との間にたっぷり取られたソーシャルディスタンスを。四半世紀前の人間も納得の距離感だぞ」


 もうお手上げだぜみたいなジェスチャーで孤独をアピールする悲しい俺。


 流石に生まれる前に流行ってたらしい疫病の時も、ここまででは無かっただろな。知らんけど。


「じゃあ暴走人」


「ぼうそうじん。そうだな俺はれっきとした千葉県民の房総人…え、この漫才いつまで続けんの?」


「宗士から始めたんじゃん」


「フッたのお前だろうよ…」


「てかさりげなく今時代遅れの黒ギャルとか言ったっしょ。遅れてないし、常に最先端だし」


 腰に手を当て堂々と胸を張る。張りすぎてワイシャツがすげぇ引っ張られてる。あーあーワイシャツの裾が胸に引っ張られてヘソ見えてんだよ。ったく黒ギャルで乳がデカくて肌の露出多いとかテンプレ過ぎんだろ。


「そんな犬吠埼並の最先端じゃ船しか見えてねーよ」


 取り敢えず水温計のコールド表示が消えたのを確認して、一旦エンジンを切った。まぁ走って無いから後でまた暫く暖機運転だけど。







 下校時の、隣を歩くこの女。日向由布子、多分えっと16歳。


 身長俺より少し低め。体重…割愛。肌は名前の通り日に焼けて黒い。髪はセミロング位?をポニーテール。


 ワイシャツのボタンは第二まで開けてる。スカートは膝上短い。靴下だけは普通。紺ソ。ルーズではない。さっき言った通りの黒ギャル。コテコテの黒ギャル。


 乳がデカい。多分Hカップはある。太もももそれなりに太い。因みに日焼けは中学の頃の部活の名残り。だと思う。いや日サロとか行ってんのかもしれんけど。



な、俺の幼馴染だ





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