第12話 ストーカー
次の日、私は研究会の会室へと術式改変に関する本を探しに来ていた。テスト前は研究会の活動はないけど、部屋に入るだけならできる。
会室にはたくさんの本が置いてあるしアンドレ先輩もリリアーヌ先輩も術式のアレンジをしているので、術式に関するものがある可能性は高い。アンドレ先輩に許可を取ることを考えるとシルヴィが本を読むのはテスト後になるだろうけど、忘れないうちに探しておこうと思ったのだ。
(テスト前だけど、本を見つけるだけだからすぐ終わるよね。)
職員室へと鍵を取りに行くとすでに固有魔術研究会と書いてあるフックには鍵は掛かっていなかった。
(研究会の活動自体はないはずだから、二人のどっちかが本でも読んでるのかな……)
会室に行ってみると、中にはアンドレ先輩──の荷物だけがあった。練習場を見渡せば、ちゃんと荷物の持ち主が魔術の練習をしているのが目に入る。
三年生の定期テストは何の魔術なんだろうと思っていると、ちょうど魔術を使い終わったところのアンドレ先輩と目が合う。
「部屋に荷物でも置きに来たのか?」
「……いえ、本を探しに。術式のアレンジについて書いてあるものってありますか?」
それを聞いた途端にアンドレ先輩が目を丸くする。
「ないぞ。俺も昔探したが、この学園の図書室には術式自体に関する本はなかった。もちろんこの部屋にもない」
「じゃあ……先輩は術式のアレンジは完全に独学ですか?」
「そうだな。たぶんリリアーヌもそうだと思うぞ」
(ということは二人は理論的ではなく実験と失敗を繰り返して今の術式を作り上げたことになる。もしかすると他のアレンジができる学生も理論的にアレンジが出来るわけではない……?)
「なんでテストまで一週間切ってるのにそんな本探してるんだ? 今から術式を変えようと思ったら間に合わないだろ」
「……友達が術式についての本を探してて、それの手伝いというか……」
「なるほど、でもテスト前なんだから自分の心配も……カノンはしなくて大丈夫かもな。せっかくだからアレンジに役立った本を何冊か教えようか。持ち出すのは駄目だから、今度友達を連れてくるといい」
「……ありがとうございます」
そう言って会室へ向かう先輩についていきながら、私は別のことを頭ではずっと考えていた。
(術式自体に関する本がこの研究会どころか学園の図書室にもない──そんなことがあり得るの? 王国一の魔術学園に置いてないなら一体どこに……)
* * *
「ちょっと殿下、さすがにまずいですよ」
「大丈夫だエリック、さすがにこの距離なら気付かれないだろう」
「いやそういうことではなくてですね……」
この国の第五王子パスカルは絶賛ストーカー中だった。彼の視線の先には一人の少女──同じクラスのカノンがいる。
「この姿を他の生徒に見られでもしたら、殿下の評判が下がります」
「そうですよ、変態王子なんて陰で呼ばれるかもしれません」
「テスト前の今、まだ残ってる生徒はみんな練習場で校舎は空っぽだ。だから大丈夫だ」
「殿下ぁ……」
なぜパスカルがこのような行動をしているかについては昨日のことに遡る。
昨日、パスカルは今一緒にストーカーをしている護衛兼学友のエリックとクロードと練習場でテストに備えて魔術の練習をしていた。するとカノンたちがやってきて、練習しながら観察をしていたらすぐに帰っていった。
しばらく経った後カノンたちが戻って練習を再開したのを見たとき、明らかにシルヴィのレベルが上がっていたのだ。
魔術は長い年月をかけて少しずつ上達していくものだ。それが一日も経たない間に見違えるほどに上達した──これは何か秘密があるはずだと、カノンの後をつけているというわけだ。
(絶対に何か秘密があるはず……それさえ分かればあいつを超えられるはずだ。)
つけられているとも知らないカノンはスタスタと校舎を出て練習場の方へと向かっていく。
「練習場に行きましたね」
「やっぱりただ練習をしに来ただけなんじゃ……」
「うーん、ここからじゃ見づらいな。俺たちも練習場に行くぞ」
「「はい……」」
王子の言葉にため息を吐きながら二人は彼についていく。
適当な位置に陣取った彼らは練習を始める──ように見せかけて観察を続ける。交代で的に弾を当てながら、魔術を使っていない二人はさりげなくカノンの方を見る。
「あっ、立ち止まりましたよ。向こうから歩いてくるのは──彼女と同じ研究会のアンドレ先輩です」
「むむっ……研究会は休みだというのに。怪しい…………昨日のことを話しているのかもしれん。『あの方法であの子の魔術は上達しました』とか……」
「ただ研究会の先輩に会ったから挨拶してるだけの気がしますけどねぇ……」
何を話しているのかとあれこれ考えるが、口の形も分からないほど距離が離れており、予測するのは困難だ。
「話しおわって研究会の部屋がある棟へ向かっていきますね。忘れ物でもしたんでしょうか」
「いや、よく見てみろ。後ろを歩いてるあいつは何か考えてる様子だ。も、もしかすると──」
「もしかすると?」
「昨日の上達法を誰かに売って儲けようとしてるのかもしれん。誰に売るか、いくらで売るかを今考えている──きっとそうだ」
「そうですかねぇ」
訝しげにエリックが言う。
「とりあえず例の上達法の鍵はあのアンドレ先輩が握っていることが分かった。明日にでも訊きに行くぞ」
「えぇ……」
二人は心の中でまた大きくため息を吐くのだった。
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