第13話 秘密
「ただいま」
「おかえりカノンちゃん。今日も早いねぇ」
「昨日からテスト一週間前で──」
「あぁ、テスト週間ね。研究会休みになるんだっけ」
塔に帰るとちょうど一階にいたアルベールさんとばったり会う。すらりとした体躯に笑顔が素敵な好青年、そのうえ性格も良い──非の打ちどころのない彼は塔の中で土属性魔術に最も長けた魔術師だ。魔術の実力も十分なうえに人望も厚く、クレアやブルーノよりも若いのに次期土聖候補の一人に名前が挙がっていた。
私は土聖の仕事の一つである魔術師育成をこの人に丸投げしてしまっている。
「……すみません、たくさん仕事を任せてしまっていて──」
「いいのいいの、元から魔術はみんなに教えてたし。それよりさ、今日はどんなことあったの?」
「えーと……あ、そうだ。術式の構造や改変についての本で何かおすすめってありますか? 友達が探してて」
その言葉を聞いた瞬間にアルベールさんは目を丸くする。
「ないよ。というか術式自体について書かれた本は一般には出回ってないはずだよ。ここにはたくさんあるけどね」
どうりで学園にも一冊もないわけだ。でも塔の本は持っていけないから、シルヴィにはなかったと言って私が教えるしかないか。
「当たり前すぎて誰も言わないからもしかするとカノンは知らないかもだけど──術式の構造についての知識は塔の魔術師だけの秘密なんだ。誰でも術式を自由に弄れたら、危険な魔術が生まれる可能性があるからね」
「知りませんでした……」
たしかにアルベールさんの言う通りだ。シルヴィに教えた加速部分ひとつ取ってもそうだ。制御は不可能でも加速を極限まで強くすれば殺傷能力の高い魔術が作れてしまう。それを街中で発動させでもしたら多くの死傷者が出るだろう。
「ど、どうしよう。わ、私、少しだけ友達に教えてしまいました……」
「具体的にはどう教えたの?」
ずい、と俯く私の顔を覗きこんでくるアルベールさんの顔はいつもの笑顔のままだ。でもそれが今は怖い。
「土弾の術式でここが加速でこうすると少し強くなる、くらいです」
「そのくらいなら大丈夫、かな。少し加速を強くさせるくらいなら自力で出来るようになる魔術師もたくさんいるし」
よかった……私が教えたことでシルヴィに迷惑がかかることはなさそうだ。
「ただし、今後は学園でそういうこと教えるのは駄目だよ。研究機関以外の人間は術式の詳しい構造を知らないと分かっている生徒がいたら、カノンはすぐに疑われてしまうだろうしね」
「も、もちろんです。絶対しません」
「じゃ、このことはこれで終わり。早く学園の話を聞かせてよ。カノン最近帰ったらすぐ仕事始めちゃうからさ」
「えー……じゃあちょっとだけですよ?」
「よっし、じゃあみんな呼んでくるね! みなさーん、カノンが学園の話してくれるらしいですよー!」
大声で叫びながらパタパタと階段を走って上っていくアルベールさん。こういうところがみんなから好かれる所以なんだろうな。
アルベールさんが上に行ってしまったので、きっとどこかの階に私の話を聴きたい人が集まるのだろう。今日は本を探しに行く前は何をしてたっけと思い出しながら、私も階段を上った。
* * *
「本当に行くんですか、殿下~」
「そうですよ、相手はあのアンドレ先輩ですよ。誰彼構わず魔術戦を申し込む魔術戦マニア……カノンさんだって彼に初対面で魔術戦を申し込まれたそうじゃないですか」
「俺は行くぞ。カノンに勝つ手がかりがあの男にあるんなら、行くしかないだろう」
「そうですけど、まだ上達法をカノンさんに教えたと決まったわけではないですし……」
「それなら昨日何を話していたか直接訊けばいいだろ。やましいことがないのなら教えてくれるはずだ」
「それはそうなんですけど……」
エリックとクロードの二人は昨日に続いて今日もパスカル殿下を止めようとしていた──が、今日も殿下はそれを振り切って練習場にいるアンドレ先輩に話しかける。
「練習中にすみません。アンドレ先輩、初めまして。パスカルと申します」
「あぁ、カノンと同じクラスの……アンドレと申します」
カノンという言葉が出てきてピクリと反応しそうになるのを押さえながら俺は単刀直入に訊ねる。
「突然で申し訳ないのですが、昨日カノンと話されてましたよね? あのときは何を?」
突然の質問にポカンとするアンドレ先輩。
「特にこれといった内容ではないですが……本を探していると言っていたのでどこにあるか分からないと答えただけです。でもなぜそれを────ああ、そういうことですか」
ニヤリとアンドレ先輩が笑う。何か勘違いをされてる気がしないでもないが……まあいい。昨日の会話はカノンが本がどこにあるか知らないかと訊いただけ。反応を見る限り、上達法のことではないのだろう。
だとしたらカノンは上達法を本から学んだ? いや違う──上達したのは一昨日だから昨日の時点で本が見つかってないのはおかしい。じゃあ本は上達とは関係ない?
「ありがとうございます。それだけ聞ければ大丈夫です」
「そうですか。意中の人などいないか訊いておきますね」
「……? それでは失礼します」
会話が終わりアンドレ先輩を背にしてからやっと気付いた。俺がもしかしてカノンに気があると思われているんじゃ!? たしかに会話の内容をわざわざ訊くのはまるで嫉妬してるみたいだ。
しかし今から否定するのは面倒だし、否定してしまったら逆に俺が怪しまれてしまう。勘違いはそのままにしておく方が都合がいい。
俺は一仕事終えた雰囲気を出しながら二人のもとへと戻った。
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