第11話 術式改変
教室には誰も残っておらず、斜陽に照らされた机たちはどこか寂しそうに見える。他のクラスも皆練習場にいるか帰ってしまったのか、校舎に私たち以外誰もいないのかと錯覚するくらい静かだ。
シルヴィが土弾の魔法陣が載っている教科書を鞄から取り出し、それを前の席から私が覗きこむ。
一つ一つの魔術には対応する魔法陣があり、魔力でそれを描くことで魔術は発動する。つまり術式のアレンジには、魔法陣を書き換えることが不可欠だ。
「加速を強くしたいからここの部分をこう変えて……できた。まずは一回これでやってみて」
シルヴィの教科書に載っている魔法陣を上から少し書き加える。
「ありがと。簡単そうに見えるけど、それができるのはきっと術式をよく分かってるからよね」
「……まあ、そうかも。ここからここまでに加速の術式が描かれてて、最初と最後を除いた真ん中の部分が実際に弾に力を与える式──今変えたのはここ」
術式の構造を今から学ぶとなるとテストには間に合わないので、とりあえずテストまでは私が改変した術式を試してもらうのが現実的だろう。
「でもそれなら加速の術式は強くすればするほどいいんじゃない?」
「シルヴィ、スピードが上がればその分制御が難しくなるから」
「そりゃそうか。授業でも習ったのにあたしったら」
弾を速くすれば制御が難しくなる。しかし現時点で制御はしっかり出来ているシルヴィならば制御しきれる可能性はある。もし速すぎるならまた調整すればいい話だ。
シルヴィは私が書き加えた魔法陣を見て目を輝かせている。それはまるで初めて魔法陣を目にした子どものようだった。
「本当にすごいね、カノンは。術式は本を読んで勉強したの?」
「ううん、昔教えてもらったの」
「そっか。本だったら探して読もうと思ったんだけど」
残念そうに眉が緩くハの字になるシルヴィ。テスト開けに研究会の本で分かりやすいのがないか探してみよう。
「それよりも! あたし、これを早く試したいな!」
早く練習場に行きたくてうずうずしているシルヴィは、昔の私を見ているようだった。
ウキウキとスキップをしながら練習場へと入るシルヴィは周りからは注目を集めていた。陰鬱な気持ちでテスト勉強に臨んでいる他の生徒の目には、ぴょんぴょんと跳ねるシルヴィは奇妙に映るだろう。
しかしそのことにシルヴィは気付いていないようだったので、そっとしておいた。恥ずかしいことをしても恥ずかしさを自覚するまでは恥ずかしくないの、とクレアも言っていた。
「じゃあ行くよ! 土よ、弾となりて、飛べ!」
シルヴィが元気よく詠唱をするとビュンと空を切る音が小さくし、弾が的へと向かっていく。中心には当たらなかったものの、的にはしっかりと速度を保ったまま届いている。
「すごい! すごいよこのスピード! 土よ弾となりて飛べ! 土よ弾となりて飛べ!」
興奮した様子のシルヴィが連続で撃ち出した弾は、中心には当たらないものの全て的を捉えている。今はまだ真っ直ぐ正確に撃ててはいないけど、きっと慣れればきちんと真ん中に当てられるようになるはず。制御もちゃんと出来ているみたいだから術式を変える必要はなさそう。
よかった、と安堵しているとシルヴィが私に振り返りぎゅっと手を握る。
「本当にありがとう、カノン。もっと練習してテストまでに完璧にしてみせるから!」
「……うん、楽しみにしてる」
シルヴィの希望に満ちた笑顔を見て、今日練習に付き合ってよかったと──学園に通っててよかったと、そう思った。
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