第2章 定期テスト編
第10話 定期テスト
入学からひと月が経てば、新入生は学園生活や部活にも慣れて放課後に遊ぶことも多くなってくる。そんな浮かれている彼らを襲うイベント──それが初めて迎える定期テストである。
「あー、テストまで一週間しかないのに全く上達しないよ~」
「そんな一朝一夕で魔術が上達するわけないでしょ」
クラスメイトの嘆きがそこかしこから聞こえてくるのはテストまであと一週間しかないから。
魔術師の卵としてクラスメイトは皆ライバル──その中で飛び抜けてできる面子は分かるものの、それ以外の実力は未知数のまま。この中間テストで今まで曖昧になっていた序列が決まるのだ。
序列が決まるからなんだと言われればそれまでなのだが、我こそはと王国一の魔術学園に集った生徒は負けず嫌いばかり。たとえそれがクラスや学園内での順位でも、負けたくないのが負けず嫌いの
一週間前である今日から研究会は休みになり、各々がテストに向けて己の魔術を磨く期間とされている。
放課後皆がそそくさと教室を出ていくなか、シルヴィは魔術理論の教科書を開いたまま力なく机の上に上体を預けていた。
「ねぇカノン、放課後あたしと一緒に練習しない? 一人でやってても上達する気がしなくてさぁ」
「……大丈夫。でも早く帰らないといけないからそんなに長くは出来ない」
本当は早く帰らないといけないけど、少し練習に付き合えば塔のみんなに話せることも増える。
塔での仕事もかなり素早くこなせるようになってきたし、最近ではなんとか本来やるべき量が終わるようになってきた。少しくらい帰りが遅くなっても大丈夫だろう。
私の返答を聞くや否や、だらりと机にもたれかかっていたシルヴィはがばっと体を起こす。
「じゃあ決まりね。場所がなくなる前に練習場に行きましょ」
テスト前のこの期間は練習場が学生に開放されているが、王国一の学園といえどさすがに生徒全員分の的はない。
手早く教科書を鞄にしまい、すぐに教室を出て行くシルヴィを私は慌てて追いかけた。
王立魔術学園の定期テストは実技試験と筆記試験の二種類がある。しかし点数配分は前者が百点、後者が二十点となっており実技の順位はそのまま総合の順位に直結する。
結局、座学で教わる魔術の理論というものは魔術を上達させるためであって、活かせなければ意味がないのだ──ということなのだろう。今回の実技試験は練習場での最初の試し撃ちと同じ土弾で、それをいくつかの点から評価されると事前に告知があった。
「的も確保したしさっそく練習しますか……土よ、弾となりて、飛べ」
詠唱をしたときには勢いのあった土の弾は、だんだんと失速していき的の下の方に当たってコツンと軽い音を立てる。
「あぁ~やっぱり駄目。速度が足りてない。もうちょっと上を狙えば真ん中には当たるかもしれないけど、それじゃ減点だろうし……」
「正確性では点が取れても別の点が引かれそう」
「そうだよね……弾自体を速く飛ばせればいいんだけど、どうすればいいのか分からなくて」
もうお手上げ、とでも言うように肩をすくめるシルヴィ。
一回見ただけだから確証はないけど、たぶんシルヴィは魔力を上手く速度へと変換できていないんだと思う。発動するときに使う魔力の量や途中までの魔力制御は十分なのに、的に到達するまでに失速してしまう。
「……シルヴィは、この魔術を使うと毎回同じ場所に弾が当たる?」
「そう。毎回ちょっと下に逸れるの──でもどうしてそんなこと訊くの?」
「制御ができてるかの確認、かな。制御が出来るなら加速をもっと速くなるように術式を弄れば解決しそう」
「えっと……カノンは平然と言うけど術式を弄るって大変じゃない?」
戸惑いながらシルヴィは訊く。
術式を弄るのはリリアーヌ先輩のようにアレンジを加える目的だけでなく、個人の使いやすいように魔術を調整するためにも使われる。
塔の魔術師はみんな使えるけど、まだ授業では習ってないからシルヴィが知らないのも無理はない。
「……そう、かな? だってアンドレ先輩もリリアーヌ先輩もアレンジしてたし」
研究会に入ってから初対面の魔術戦で使おうとしていた魔術をアンドレ先輩に見せてもらった。あのときの私の読み通り、威力は高いけど至近距離でしか発動できないアレンジされた魔術だった。
「カノン、あの二人は三年と二年の土属性首席なの。術式を変えられるのは学園全体の一割もいないんじゃない?」
もしかして術式自体を弄る方法は学園では習わない……? というかあの二人が首席!? 知らなかった……今度訊いてみようかな。
「じゃあ私と一緒にやろう」
そう言うとシルヴィは目を丸くする。分からないことがあるのなら一緒にやるのは至極普通のことだと思うんだけど。
「えっ……いいの!? ありがとう!」
「じゃあ教室に戻ろっか。書くものないとできないし」
私たちは来たばかりの練習場を後にして、校舎へと戻った。
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