第23話 終幕

 欲しい情報を入手したコウリンとジェーンはさっさとミョウジョウ家の屋敷に戻った。

 後は種明かしをミズハを交えて話せばジェーンとしては満足だ。


「まあ、状況としては凄くシンプルね。アケボシがテロを誘発した。ジェーンがビル爆破とテロリスト皆殺しの依頼を受けた」

「そこで皆殺しの前にオレと遭遇して」

「スタンガンに痺れて止めちゃった」

「殺そうとしておきながらも追加でテロの依頼を頼もうとしたテロリストだけど爆弾の規模が小さくてジェーンは断り、待ち構えていたテロリストを巻き込んで自爆」

「お兄さんがミズハに情報端末を渡してくれて私復活!」

「何が有ったか調べようと思って倉庫街に行けば模倣犯の爆破に遭遇しちまって」

「仕方ないからバスケコートを見に行ったらステルス忍者とバンビが待ち構えてたんだよねぇ」


 思い出すとコウリンとしては寒気がする話だ。


「アケボシはまだ実験素体をまだ集めてんだろうな」

「アタシたちが知りたかったのはアケボシの人体実験ではなくジェーンが自爆した経緯よ。死んだ情報屋をひき殺した車の情報から犯人の家を特定したら」

「ベラベラと何でもかんでも話してくれるサラリーマン型スピーカーが居たと」

「警備の人たちを相手に総力戦しなくて済んで良かったよね。別に逃げるだけならいつでもできたけど」

「ああ、倉庫街で自爆したジェーンの肉体を解析したわ。手足と腹に電磁ウィップの巻き付いた跡が有ったわよ。テロリストたちに全方位から拘束されたみたいね」

「あっちゃー、油断したかな」

「頑丈さに油断したわね。拳銃やナイフじゃ傷付かないから避けるのを面倒臭がったんでしょう」


 本人も自覚が有るのか悪戯を見つかった子供のように舌を出している。

 ただ12歳程度という事なら年相応の反応だとコウリンとミズハは納得した。


「全く、完全完璧な防衛手段なんて無いのよ。あまり心配させないでちょうだい」

「ごめんごめん」


 話しながらジェーンはミズハの前で膝を着いて腰に抱き着いた。

 ミズハもその頭を愛おしそうに撫でながらコウリンにドヤ顔を向けてくる。

 思わず貧乏揺すりしそうに成ったコウリンだが我慢して腕を組む。


「結局、アケボシの人体実験は継続か」

「ミョウジョウだって似たようなものよ。アタシの知らない人体実験がどこかで進んでるはず。メカニカントは人体実験が前提で発展する技術だし、ミョウジョウはメカニカントが主力商品だしね」

「私の体なんて絶対普通じゃないしね~」

「そうね。ミョウジョウのサーバーで色々な技術資料を読んだけど、その資料は人体実験の上に書かれた物でしょうし」

「人の命の上に成り立つ人生だねぇ」


 しみじみと呟くジェーンだがそこに後悔や暗い感情は無い。何の犠牲も無しに生きている人間など居ないし生活費を稼ぐために人殺しをした事だって有る。

 そもそもコウリンとは殺そうとして知り合ったのだ。

 ただコウリンだけが顔を嫌そうに歪めた。


「初心な庶民ねぇ」

「うるさいですよお嬢様。どうせ自覚の無い加害者ですよ」

「お兄さんは自覚有る加害者にレベルアップした!」

「知らないって幸福な事なんだなぁ」


 思わず溜息を吐いたコウリンだが知識は元々有った。少しネットの情報や歴史の授業を深堀してみれば人間が生きるのに何かを犠牲にするのは必要な事だと分かるし、メカニカントのような人体改造技術は人の犠牲を前提としている。

 その知識に実感が伴っただけだ。


「ま、今日はウチで食べていきなさい。真相究明祝いよ」

「何かな何かな~」

「豚肉、合成じゃない豚肉」

「流石に肉は合成よ」

「……次に期待か」

「贅沢な庶民ね」


 人は1度良い物を知るとランクを落とすのが難しくなる。

 贅沢症候群とでも言える自分の症状にコウリンが肩を震わせた。


「オレ、モヤシ炒めを美味しく思えなくなる日が来るのかな」

「安心なさい。そういう時は味覚を破壊してリセットすると良いわ。大量の香辛料とかね」

「味覚障害に成るだけでしょうが!」

「私とお揃いにする?」

「……最悪の場合お願いします」

「何でアタシが庶民のメカニカント手術なんてしなきゃいけないのよ」


 お嬢様は庶民に冷たかった。


「ジェーンはこれからもコウリンと一緒に住むのかしら?」

「うん」

「仕方ないわね。庶民、アタシの大事な友人なんだから傷1つ付けたら殺すわよ」

「なんか、ジェーンに関わってから死にそうに成ってばっかじゃね?」

「ふふーん、私ってば色んな人に愛されてるね」

「アタシは筆頭ね」


 飼主に懐く猫のように喉を鳴らしてジェーンはミズハの腹に顔を擦り付ける。

 その幸せそうな姿にコウリンは盛大に溜息を吐いて天井を仰いだ。


「はいはい。オレも愛してますよ」

「うんうん、ラブ~」

「ラ、ラブ~」

「ぎこちないわね」


 青少年にそんなストレートな愛情表現は難しいのだ。


ττττ


 アケボシ本社ビル襲撃から1ヶ月と少し、その間に倉庫街で2度の爆破が起きたが新しい情報も無く世間は別の話題に塗り潰されていた。

 実際に巻き込まれたコウリンとしては情報の衰退の速さが怖くなる。ただ人々の情報に対する冷たさも裏家業を知った後だと当然と思えた。自分だって少し前まで向こう側だったのだ。


 授業も終わった放課後、いつものように万事屋集会のアプリで受注した簡単な仕事の為にスクーターを走らせる。

 お金持ちの多いエリアを走っていればお嬢様中学校の生徒たちを追い抜いた。


「ネーナさん、足の骨折、治るまでお休みしなくて良いんですの?」

「え、ええ、大丈夫です。お医者様からも体を動かした方が回復が早い段階だと言って頂きました」

「あら、骨折の回復にはそんな段階が有るんですのね」

「そ、そうなんですよ。わたくしも驚きました」


 信号待ちの為に停まれば話し声が聞こえてくる。

 左足にギブスを嵌めた松葉杖の少女と、心配そうに左右を囲む友人という3人だ。全員がお嬢様学校の綺麗な制服を着こんでいる。この辺にお嬢様学校の寮が有るのでそこまで徒歩で帰る途中のようだ。


「まだ骨折して1週間なんですし、困った事が有ったら何でもおっしゃって下さいね」

「ふふ、ありがとうございます。早く前みたいにアニマルユニットで走り回りたいものです」

「夏の大会に向けて早く回復しませんとね。目指せ全国制覇、ですわ!」

「そ、そうですね。頑張らなくては!」


 時期は合う。背格好も似ている。声は何とも言えない。

 信号が変わりコウリンはスクーターを走らせた。


「いやいやいや、まさかねぇ」


 世間は狭い。

 ふと、その狭さが自分の首に届かない内に逃げた方が良いかと思う。

 脳裏にチラつくのは豚肉に涎を垂らすジェーンの緩んだ笑顔。

 あの笑顔を守る為にも、今できる事を考えようと苦笑し運転に集中した。


~~~完~~~


 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 この世界の倫理観や価値観を補足する短編を投稿して本作は完結と成ります。

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