第22話 残党とボンボン
ここまで小出しに情報が集まって止まれる程の堪え性はジェーンには無い。
それは分かっていたコウリンだがいざ目の前に建つ高級マンションを見ると『止めないか?』と言いたくなってしまう。
整備工場で得た修理依頼者の情報から辿り着いたのはネオ渋谷の郊外だ。21世紀初頭には若者の街として有名だったそうだがネットの進化と共に人が直接集まる必要が無くなり最盛期の活気を失った。
ただ商業都市としての機能は高いので完全には廃れず現在でも多くの企業が事務所を構え娯楽施設も充実している。
「やっぱガードマン居るよな」
「表に出てるのは威嚇用だね。調子乗ってガードマン倒したら中からパワードスーツとか出て来るかも」
「マジ?」
正面にはガードマンが居て扉は鉄製なのでマンション内は見通せない。敷地は広く正面以外は3メートル程の柵に囲まれている。よくみれば警察が現場封鎖に使う電気帯も展開されており跳び越える事も難しいようだ。
「駐車場の所に大型バッテリーの充電器見える? 住んでる人の車が充電してないし、パワードスーツの整備トラックとかが来てる時に使うんじゃないかな」
「裏家業さん見る所違い過ぎでしょ」
「ま、中に入っちゃえば良いんだよ。パワードスーツで住んでる人怪我させたら警備会社さんの評判凄い事に成っちゃうし」
相変わらず自分とは感覚が違うと思いつつコウリンはスクーターを少し離れた路肩に停めた。
その間にジェーンも敷地の外を1周して様子を見たらしい。
「都合の良い裏口は無かったよ。正面から行くか、強引に跳ぶかだね」
「車庫の入口とかは? シャッターの開閉に合わせたら流石に見つかるか」
「ダメダメ。こういう所って網目の赤外線が有ってIDが無いと通報されちゃう。柵の上の電気帯も同じで上に赤外線飛ばしてるはずだよ」
「流石高級マンション、警備1つでも俺のアパートとは違うわ」
「それだけ敵ばっかりな人が多いんだねぇ」
ジェーンの指摘は最もで金持ちも良い事だけでは無いらしい。
コウリンは少し考えて強引に跳ぶ方がマシだと考えた。
「中に入っちまえば、こっちのもんだよな?」
「多分ね」
「不安だ」
「完全完璧な安心なんて無いからね~」
「そうねそうよねそうだった」
溜息を吐いてマンションに近付き、ジェーンに抱えられながらも電気帯の更に上を跳び越える。念の為にアイコンの視認モードで赤外線を見れば確かに電気帯発生装置からマンションの屋上に向けて人間では回避不可能な編み目の赤外線が伸びており2人は引っ掛かった。
「ダッシュダッシュ!」
気軽に鼻歌を歌いながらジェーンが敷地を駆ける。マンションの外側は部屋のベランダに成っているが柵に覆われた階段が点在していた。
ジェーンはその階段の1つに向けて跳躍し3階の柵を蹴り壊して中に入る。
「部屋はどこだっけ?」
「5-A。何で高級マンションなのに10階までしかないんだ?」
「さあ? エレベータ待つのも面倒とか?」
「金持ち分からねえわ~」
言いながらも2人は駆け出している。
ジェーンは高性能な肉体で、コウリンは足裏の電磁石を利用しての疾走だ。
ジェーンの最高速ならコウリンは追い付けないが階段を登るのに最高速だとブレーキが大変なので丁度良い。
階段で5階に着く頃には下の階で騒ぎが起きているのが聞こえてきた。防犯カメラなどで2人の位置は確認されているらしく男たちの慌てた声が飛び交っている。
やはりパワードスーツは使わないようだが、そもそも廊下や階段はパワードスーツには狭過ぎて心配する必要は無かったらしい。
「ちょいっ!」
廊下は左右に扉が有り日当たりの好みが分かれそうな間取りをしていた。
そんな廊下でコウリンから先行したジェーンが5―Aの手前、5―Bの部屋の扉を蹴り壊して突入する。
「おいおいおい!」
「良いから良いから~」
各部屋の扉は距離が有り、室内に突入すればその理由が分かる。
間取りは広くパッと見るだけでも5LDKは確実に有る。
玄関の扉が蹴り砕かれた破壊音に驚いてリビングに続く扉を老夫婦が開く。その奥に見えたベランダに向けてジェーンが走っていく。
「はいはい死にたくなかったら下がっててね~」
悲鳴を上げて腰を抜かす老夫婦には手を出さずにベランダに跳び出し5―Aのベランダを見た。
「お兄さん、早く早く」
「ああ? 何だよここまでしておいて」
「行くよ」
「あ? あああああっ!?」
怯える老夫婦に同情しつつベランダに近付いたコウリンはいきなりジェーンに腰を抱き抱えられた。混乱している間にジェーンは5-Aのベランダに跳び出しコウリンは悲鳴を上げるしかできない。本能的にベランダに顔を出した老夫婦の同情的な視線が痛い。
ベランダとベランダの距離は約10メートル、時間にして数秒だ。体感では10秒は有ったのだが実際には3秒も掛かっていない。
5―Aのベランダは少しの植物が有るだけの老夫婦のベランダと違い木製の机と椅子が置いてある。月明りに酒でも飲むドラマのような事でもしたかったのだろうが埃を被っている。
そんな机と椅子は着地に合わせてジェーンが踏み砕いた。
カーテンは閉じていなかったので中を見れば整備工場に来た大男、趣味の悪いジャケットの若い男、疲れ切ったサラリーマンの3人が居る。大男は立っておりサラリーマンはソファに座り、ソファの背後に立った若い男がサラリーマンの後頭部に拳銃を押し付けていた。
「もういっちょ!」
高級マンションの窓は長距離狙撃を警戒して防弾ガラスに成っている事が多い。普通の人間が蹴っても割る事はできない。
だがジェーンの脚力であれば防弾ガラスを割る事ができるが、今回は支えている窓枠を先に壊れた。防弾ガラスの中心を足裏で蹴り退けられ支えていた窓枠が衝撃に耐えられず室内に向けて吹き飛んでいく。
「お邪魔しまーす」
「本当に邪魔しちゃってるよ!」
やっとジェーンに離せてもらえたコウリンが跳躍の恐怖から少し震える脚を叩いて落ち着かせる。
「ななな、何だお前ら!?」
「ディザスター!? 何で生きてる!? 倉庫で爆死したはずだ!」
大男はジェーンの蹴りの威力とサラリーマンの言ったディザスターという異名から自分では勝てないと判断したらしい。静かに若い男の意識から外れるようにリビングの出口に向けて移動を開始した。
ジェーンもその動きには気付いたが特に止める理由は無い。
「なるほどなるほど、そこのオジサンが私の依頼人だったんだね」
「何で、生きてるんだ!? お前は確かに俺の依頼を断って、捕まえようとしたら自爆したはずだ! 爆弾の規模が小さくてつまらないとか意味の分からない理由で!」
聞いても無いのに後頭部の拳銃も忘れてサラリーマンがペラペラと事情を話す。
ほぼここに来た目的を果たしてしまったジェーンはコウリンに困った顔で振り返った。
肩を竦めてコウリンはもう少し話を聞く事にする。
「アンタがウチのディザスターに手を出してくれた依頼人か。ご丁寧に音声も映像も細工して、情報屋まで消すなんて徹底してるじゃないか」
「し、仕方なかったんだ! この男に確実にアケボシを滅ぼすならディザスターの協力は必須、もし断るならディザスターもきっとアケボシに雇われてると教えられた! 生きてる上にこんな所まで追ってくるなんて、アンタ本当にアケボシに雇われてたんだな!」
「な、このジジイ、要らねえ事まで言ってんじゃねえ!」
「悠長に聞いてたなぁ」
「ね、途中で止めるかと思った」
「大体何でディザスターがここに居る!? おいボディガード、高い金払ってんだ俺を守れ!」
やっとリビングと廊下を繋ぐ扉まで移動していた大男は若い男に呼ばれて盛大に溜息を吐いた。
「ボディガード? 雇い主がコレだと大変だね~」
「頼むから殺さないでくれよ。ま、報酬分の仕事くらいはしてみせないと、なっ」
言いながらも大男はジェーンに踏み込んだ。腕はジェーンの頭くらい有るんじゃないかと思う程に太い。アクション俳優ばりに太い見た目重視の筋肉という訳では無く、複数のパワーシリンダを積んだ文字通り人外の剛腕を生み出すメカニカント手術の結果だ。
だが、その剛腕から放たれる右拳をジェーンは片手で受け止めた。拳が生み出す慣性に耐える為に床を強く踏み締めているので床が軋み小さく割れる。
それでも細身な少女が涼しい顔で大男の拳を受け止める非現実的な姿に若い男が小さな悲鳴を上げる。
「分かった、殺さない程度にしてあげる」
そう言ってジェーンは床を軽く踏み砕いた右足を振り上げ大男の右上腕を蹴り砕く。肩の付根から拳までがメカニカントらしく飛び散るのは血肉ではなく機械部品と数種類のオイルだ。
床を叩く金属音と血のように大男を中心に広がるオイルの鼻に着く匂いでジェーンは鼻を抓んだ。
「嫌な臭い~。聞く事聞いたらさっさとサヨナラだね」
「工業系だとこれくらいは気に成らないな。さて、マンションの警備が来るまで、ゆっくりお話ししようじゃねえか」
殆ど押し入り強盗だがミズハのお陰で2人は金に困っていない。金に困っていない強盗が欲しい物は限られる。
家主らしい若い男がそれに気付けるか、2人は視線で『期待できない』と意見を交わしジェーンは男の手から拳銃を蹴り飛ばした。
ττττ
『その男はアケボシの重役の息子ね。頻繁に事件を起こすものだから父親からこのマンションに半ば隔離されてるのよ』
アイコン機能を持つジェーンの目を通して若い男とサラリーマンを見ているミズハからの端的な報告だった。
特に情報を独占するつもりの無いジェーンがそのまま口にすればサラリーマンが拳銃も無視して若い男に振り返る。
「お前、お前がアケボシだと!? 大企業の横暴を暴くだとか、被害者の為に少しでも力に成りたいだとか、全部嘘だったんだな!」
「へぇ、そんな言葉信じたの?」
「スゲーな、悪徳宗教みてえだ」
別にコウリンは宗教を否定しない。彼、というかこの時代の島国の住民は宗教を『人間が精神の拠り所を求めて作った装置』と認識している。善悪は人間のものであり宗教そのものに善悪は無いという認識だ。
「こんな所に踏み込んでくるそいつらの話を信じるのか?」
『ちなみにジェーンにテロリストの皆殺しを依頼したのはその男ね。直にサンプルが取れて解析できたわ。これが解析後の映像』
そう言ってジェーンが左手をかざせば空中にカメラのような枠が現れ動画が再生された。
『やあディザスター。馬鹿みたいに派手に壊すのが得意な君に皆殺しの依頼だ。アケボシ本社ビルの爆破の協力を依頼されてるだろ。その後にテロリストたちを合流するはずだ。そこで彼らを全滅させてくれ。テロリスト全体じゃなく、実行犯として合流地点に戻って来た連中だけで良い』
「合成映像だ! そんな物いくらでも作れる」
「そうだね~。でも興味無いかな。私が知りたい事は大体知れたし。あ、警備の人たちが玄関に来てるよ。じゃ帰ろっか、お兄さん」
「はいはい。はぁ、またフリーフォールか」
「ジェットコースターは若い男女のホットスポットだよ。それじゃ、お邪魔しました~」
そう言ってコウリンを再び抱えたジェーンはバックステップでベランダの手摺りに跳んだ。雑に手を振りながらコウリンの小さい悲鳴をお供に5階の高さから軽い調子で飛び降りる。
「何だったんだ?」
「そんな事はどうでも良いっ! 説明しろ!」
「ああもう、うるせえんだよクソ雑魚が! テメーなんぞに構ってる場合じゃねえんだ!」
そんな言い争いの後に拳銃の銃声が響く。防音ガラスが破壊されて銃声を遮る物も無く地上に着地した2人にも聞こえる程の音量だ。
顔を見合わせた2人だが気にする事でも無いと肩を竦めてジェーンの性能に任せに敷地からの脱走を図る。
偶々柵の手前に居た警備員が腰で構えたライフルの銃口を向けて来るがジェーンの速度を捉える事はできない。一瞬で肉薄され足を蹴り払われて警備員は地面に転がされてしまう。
その隙にジェーンは柵と電気帯をまとめて跳び越え、街の中に消えていった。
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