第8話 ジェーンの正体2

 ミョウジョウ家に宿泊した翌日、体中の倦怠感に起きるのも面倒だったコウリンだが自分の横で寝るジェーンを見て深い溜息を吐いた。


「マジかぁ」


 まさかの綺麗系お姉さんとの1夜である。正直を言えば居候に成ると言われた時から期待していた事ではあるがこんな人様のお家に成るとは想像もしなかった。

 何となくジェーンの髪に指を通してみれば気持ち良いのかコウリンの手に顔を擦り付けてくる。気紛れな印象のジェーンがこうしていると猫のようだった。

 特に意味も無くジェーンの頭を撫でていると彼女も起きた。


「おはよ~」

「おはよ」

「いやぁ、やっちゃったね」

「……そうねそうですね」

「照れてる~」

「当たり前だろっ」


 花も恥じらう男子高校生、などと考えたコウリンだが気持ち悪いので思考を放棄した。


「えっとオレ、ミズハさんに殺されたりする?」

「大丈夫じゃないかな? ミズハ、怖い人じゃないよ?」

「とてもそうは思えねえ」


 本当に怖い人でないなら門番や庭師があんな態度は取らない。

 気にしても仕方ないのでコウリンはベッドから降り、脱ぎ散らかした服を着直した。

 ジェーンも同様でコウリンに背を向けて服を着ていく。


 昨日『お帰り』『ただいま』というやり取りをしていたジェーンとミズハだが、これからジェーンはミョウジョウ家に住むのだろうかとコウリンは考えていた。

 それは2人の様子を見ていれば自然な流れに思えたし止める理由もコウリンには無い。


 何となく心にモヤモヤを抱えながら部屋から出ればスーツ女が扉の横に控えていた。

 いつから居たのかは分からないが彼女に案内された時にジェーンは居なかったはずで、それが同室から出てくるとなれば何か有ったかは明白だ

 気まずそうに顔を逸らしたコウリンだがスーツ女は何の感情も見えない顔で食堂の方へ2人を促した。


「おはよう。昨夜はよく眠れたかしら?」

「うん。ミズハの家のベッド、いつ見ても大きいよね」

「金持ちの特権よ。まあ、大事な友人が悪い虫に刺されたみたいでアタシはあまりよく眠れなかったのだけど」


 鋭い視線から逃れるようにコウリンは顔を逸らしたが横顔に視線が刺さったままだ。返しでも付いているのか視線が抜ける気配も無い。

 ジェーンも話の流れは理解しているようだが直ぐにミズハに駆け寄って緩く抱き締め頭を撫で始めた。


「ご機嫌取りかしら?」

「えへへ、ダメ?」

「ま、良いわ」

「ありがと~」

「今日は帰るのかしら?」

「うん。吹っ飛ばした方も気になるしね」

「ジェーンが受けた新しい仕事、気になるわ」

「……吹っ飛ばす?」

「そう言えば説明して無かったわね」


 何やら不穏な単語だがミズハに促されて席に着くと昨晩と同様にシェフが料理を運んで来た。

 今日も不敵な笑みを浮かべているが説明を聞く為にも料理に意識をやられる訳にはいかない。


「まあ食事時にする話ではないのだけどジェーンの体が機械な事、記憶は情報端末のバックアップを使った事は理解しているわね?」

「あ、ああ」

「新たな体を使うには1つ条件が有るのよ。今稼働している体の自爆装置が発動して、ジェーンの肉体が無くなる事」

「はぁっ!?」

「いやぁ、爆散しちゃった」

「軽い!?」

「全く、朝から騒がしいわね。暴れん坊は夜だけにして欲しいわ」

「ここで下ネタ言えるアンタの方が変だからな!」


 シリアスな話ならシリアスを続けて欲しいコウリンだった。


「ジェーンの自爆はマーカーで分かっていたし、情報端末の場所も把握してたわ。ジェーンに付けてる監視で貴方の家に転がり込んでるのも知ってたから素直に屋敷に通したのよ」

「何か色々質問された気がするんですが」

「気に喰わなかったから嫌がらせしてやったわ」

「本音隠して」

「やーん、ミズハ私の事好き過ぎ~」

「監視されてたのにそれで良いのか」


 思っていた以上に軽いジェーンだが常時監視されているなど普通ではない。

 コウリンの中でミズハへの警戒度が上がったが本人はコウリンからの警戒に興味は無いらしい。今も朝食に使われているケチャップを頬に付けたジェーンの顔を拭いている。


 確かに食事時の話題ではないと溜息を吐きながらコウリンも朝食のオムレツを口に運んだ。


ττττ


 気付いたら朝食を食べ終わっていた。

 食事中の記憶は無く、ただ美味いという感覚だけがコウリンの舌と脳を直撃しており口内が空な事が悲しい。


「これだから庶民は余裕が無くて嫌ですわ。まあウチのシェフの腕が分かる品性が有った事だけは褒めてあげましょう」

「テンプレ意地悪令嬢?」

「このキャラ、何が楽しいのかしらね? 試してみたけど何も面白くないのだけど」

「まあ、趣味は人それぞれって事で」

「また2人で分かり合ってる~」

「違うのよジェーン。ただ馬鹿の味覚教育をしていただけなの」

「違うんだジェーン。意地悪令嬢が一方的に嫌ってくるんだ」


「「ああん?」」


 睨み合ったがミズハの眼力が強過ぎた。とても堅気の目ではない。


「予備はどれくらいで作れるかな?」

「生態部品の培養で1ヶ月は掛かるわね。それに予備を前提にしないでちょうだい。どんな悪影響が有るか分からないんだから」

「はぁい」

「それと、自爆した地点の捜査ならウチの者を出すわよ?」

「それはお願いしたいんだけどね、自分でも見てみたい」

「自爆した場所にいくつもりなのか!?」

「そうだよ。あ、仕事を放り投げるのが嫌とかのプロ根性じゃないよ。ただ気になるんだ」

「「気になる?」」

「依頼人、アケボシ本社ビルの爆破の関係者ぽいんだよね」


 ジェーンの返答でコウリンとミズハは納得した。

 それは確かに気になる、


「そもそも、何でそんな相手の仕事を受けたんだ? テロリストたちに追われてたのに」

「え、お兄さんにニートって言われるの嫌だったし報酬が良かったから」

「シンプル~」

「年下の女の子くらい養う気概が欲しいわね、この庶民は」

「ええい、庶民なんて名前じゃな……年下?」

「そうよ。ジェーンは貴方の年下よ」

「……おいくつ?」

「12歳だよ」

「……何卒、警察はご勘弁を」

「ええ許してあげてもよろしくてよ、庶民?」

「オレ、庶民、年下の女の子、養う」


 ジェーンの正体は合法ロリならぬ非合法お姉さんだった。

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