第7話 歓迎

 流石に服を着て来いとミズハがジェーンに研究室の奥を示すと素直に従ったジェーンが離れていく。


「嬉しかった?」

「……いやいや、驚いてたからそんな余裕無かったですよ?」

「嘘吐け股を隠してる手を退けてみなさい」

「お願い許して後生だから!」


 青少年は素直な生き物なのである。

 顔を真っ赤にしたコウリンはミズハから距離を取った。


「えっと、ジェーンがメカニカント率100%って言いましたよね?」

「ええ。何、今日にでも追い出す?」

「いやしませんけど。単純に意味が分からなくて混乱してます」

「そのままの意味よ」

「いやいやいや、脳とかは? 人格面は!?」

「何故か再現されたわ」

「意味が分からない!」

「大丈夫、作ったアタシも理由が分からないわ」

「何も大丈夫じゃないんだけど!?」


 そろそろコウリンの許容量は限界である。たった1日で受け止めるには常識外の事が多過ぎた。先日のアケボシ本社ビル襲撃事件にも近い情報量に頭痛がしてくる。


「ジェーンが着替えたら改めて話しましょうか。夕食の時間だしジェーンも話したい事が有るだろうから今日は泊まっていきなさい」

「え、いや初対面でそこまでして貰う訳には」

「良いから泊まりなさい。スクーターは預かっているけど、歩きで帰る?」

「お言葉に甘えちゃいますねありがとうございます」

「素直でよろしい」


 そう言ってデスクトップ端末の操作を始めたミズハは直ぐに情報端末をコウリンに手渡した。


「先に上がってる。ジェーンが出て来たら返してあげて。ああ、階段を出た所に使用人を置いておく。食堂まで案内してもらいなさい」


 言うだけ言ってミズハはコウリンの返事も待たずに研究室を出て行った。

 色々と疲れたコウリンは座れる場所が無いかと思い研究室を見渡して椅子が無い事に気付いた。ミズハが車椅子なのだから普通の椅子は必要が無いのだろう。


 仕方なしに培養槽に背を預けて天井を仰ぎ溜息を吐く。

 まさか全身サイボーグなんてものが出て来るとは思いもしなかった。

 アケボシ本社ビルの事件から今日まで異常事態のオンパレードで人生経験だけ考えれば凄い経験値を稼げただろう。だが望んでいない経験値は流石にストレスだ。

 それでも、悪い事ばかりではない。


「ジェーン、無事で良かったぁ」


 思わず培養槽に背を預けたままズルズルと座り込んだ。

 溜息と共に吐き出した気持ちは本物でミョウジョウの屋敷に来た事も後悔はしていない。


 そのまま数分待っていると奥から扉が開く音がして見慣れた黒ジャケットにショートパンツのジェーンが現れた。元々20歳前後に見えたが今は少し幼く高校生くらいに見える。

 髪はちゃんと拭いて乾かしているようで着替えに時間が掛かっていたのはその為らしい。


「お待たせ~」

「お~。はいこれ、ミズハさんが返しといてくれって」

「ありがと~。いや~、まさかこの最終手段に頼る事になるとは」

「うんオレ完全に置いてきぼりなんだけどね」

「ね、落ち着いて話さないとね」

「ミズハさんが食堂に来るように言ってたよ」

「はいはい~」


 上機嫌なジェーンはコウリンの手を取って研究室を出る。階段を軽く登り1階に出ればスーツ姿の女が待っており言葉を発さずに食堂への道の案内を始めたので後に続いた。


「ひ、引っ張らないで」

「え~、私にスタンガンぶち込んだお兄さんが今更何言ってんの?」


 スーツ女の案内で食堂に着けばミズハが待っておりジェーンがコウリンの手を握っているのを見て目を細めた。


「改めてジェーン、お帰りなさい」

「うん。ただいま」


 自然にコウリンから手を放したジェーンはミズハに歩み寄り、膝を着いて彼女に抱き着いた。

 ミズハも手を広げてジェーンの抱擁を受け入れ胸元の彼女の頭を撫でる。

 仲の良い姉妹か親子のような姿だがコウリンの中の印象と目の前のミズハの優し気な表情が噛み合わない。しかもジェーンに見えないのを良い事にコウリンにドヤ顔を向けてくる。

 10秒近い抱擁からジェーンの肩を叩いて腕を解くようにミズハが頼む。そして居住まいを正してコウリンに向き合った。


「さて、改めてお客様にご挨拶を。この度はわたくしの大事な友人であるジェーンを助けて頂きありがとうございます。即席にて失礼しますが、歓迎致します」

「え、あ、はい。こちらこそ、ジェーンを助けてくれてありがとうございました」


 急に上流階級らしい丁寧な口調と仕草で歓迎されると庶民のコウリンはどう返して良いか分からない。思い付く限り最大限に丁寧な姿勢で頭を下げ、2秒ほどで顔を上げる。

 妙にニヤニヤしたミズハが上流階級の綺麗な仕草を捨てた後だった。


「驚いたかしら?」

「そりゃもう」

「え~、2人で分かり合ってるのつまんない~」


 分かり合いたくない類の相手だがコウリンもジェーンが大事にしている相手を邪見には扱いたくない。

 ミズハに促された席に着けば正面にジェーンが座る。タイミングを計っていたかのように静かに扉が開いてシェフらしき者がカートに3人分の食事を運んできた。


「さてお客人、明日は休みでしょう。ミョウジョウ家の歓迎、是非堪能してください」


 挑発的な笑みを浮かべたミズハに呼応するようにシェフも口角を吊り上げ口の形だけで『違いが分かるなら語ってみやがれ』と挑発してくる。

 上流階級の食事など分かる訳も無いコウリンだが、何だか負けた気がしたので鼻で笑って挑戦を受けた。


ττττ


 夕食はコウリンの完敗だった。知ったかぶりグルメレポートの余地も無い美食に打ちのめされて食べ過ぎた為に腹が重い。

 泊まるよう言われただけあり客室が用意されていた。

 相変わらず口を開かないスーツ女に案内された客室はコウリンの部屋の倍くらいの広さが有りベッドもキングサイズだ。縁の無いブルジョワジーだが既に今日は驚く体力も無くベッドに倒れ込んだ。


「はぁ、疲れたなぁ」

「そんなに大変だった?」

「心が大変に疲れました」


 いつの間にかベッドにジェーンが横に成っていた。

 疲れ切っているコウリンは自分が驚いているのか受け入れているのかも分からない。


「えへへ、頑張ってくれたんだ?」

「そりゃあんな自然に分かれて3日も音信不通だったんだぞ」

「ハッキング対策で連絡先交換してなかったしね」


 それが再開は培養槽の中でブルジョワジーのフルコースともなれば混乱するしかない。

 何が面白かったのかジェーンは仰向けのコウリンに覆い被さった。


「な、何?」

「お礼」


 軽くキスをされ、驚いて目を白黒させたコウリンは頭を抱えられた。


「私、ちゃんと初めてだからね?」


 その日、少年は大人の階段を登った。

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