第16話 飼い猫探し
「それで、私はどうすればいいんだ?」
動きやすいように上着を脱いで、私はギルドを急いで出た。久しぶりのクエストに思いを寄せる暇もなく、刻々とタイムリミットが近づいてきている。
「……リューバが街の外を探してくれているので、私たちは街の中を探しましょう……! シオンさんは中から外に探してください!」
「うむ、分かった。それでペットの特徴は?」
「小さくて、首に鈴をつけた三毛猫です……!」
ウルスはそう言うと、私とは反対の方向へ駆け出した。
「それでは、わたくしは外から探します。また後で!」
そうして私はひとりになった。
ということでクエストスタート。
時間がないので基本的には駆け足で、息を切らしながらなるべく見える所までしっかりと見渡す。
日が暮れる少し前だからか、街中にいる人の数が若干少ないので、家と家の間や商品棚の下など覗くのに多少勇気の要る所でもなるべく人目を気にせず探すことができる。まあ日が暮れてしまうと視界が不安定になってしまうので、躊躇している余裕はない。
もしかすると探している途中で猫とすれ違っている可能性もあるが、それについては考えないでおこう。
「シオンちゃん、どうしたの? 何か探しているみたいだけど……」
そして、普段は見ない姿だからなのだろうか、結構な頻度で知り合いに声をかけられるのだが、
「うむ……三毛猫を……探して……いるのだがっ……心当たりは……ないか?」
「ごめん、見てないわー。あっ、そうだ――」
「了解したっ――」
「あっ……行っちゃった」
そういう時はとことん利用していく。私もあと少しだけ話をしたい気持ちも山々なのだが、何せ時間がない。話しかけてくれた面々には後日事情を説明しよう。
そして1周2周と走っている途中に、遂に私はバテてしまった。
これから1周の距離が伸びてくるというのにこれはまずい。体力不足がかなり響いている。
だがそれでも立ち止まることなく私は歩き続ける。明日の筋肉痛は覚悟の上だ。やると言った以上、出来る限りの事はしなくてはならない。
それに、恐らく一晩経つと飼い猫を見つけるのは非常に困難だ。可能性があるのはこの日が暮れるまでの短い時間だけ、本当にギリギリの戦いになる。
「最初の時より影が少し薄くなっているような……ウールと街の中心で合流すると考えると……もうちょっとペースを上げるべきか」
もたついている暇などない。しばらくすると呼吸が整ってきたので、私は再び駆け足になった。
だが、1周も持たずして体力は底を尽きた。運動不足だ。
1周あたりの距離が伸びているせいか、かなり頑張っていたはずなのだが1周の終わりが見えず、また歩いてしまう。
ウールが外から回ってくることがなければどうなっていたことやら。
段々と、空が朱色に染まってきた。これから本格的に日が沈んでいく。私も焦りが出てきた。
運動不足の身体に鞭をうち、必死に歩みを止めまいとするが、物陰などは暗くて見えなくなっていた。そのためわざわざ近くまで行ってある程度その辺りを凝視しなければならなくなり、更に左右に往復する必要があるため時間はどんどん消費されていく。
そして身体的にも精神的にも疲れ切ってしまったせいか、私は遂に立ち止まり、天を仰いだ。
「ウール……早く来てくれ――」
そう喚いていると、遠くから足音が聞こえてきた。
「――シオンさーん! シオンさーん!!」
前を見ると、薄暗い中でもはっきりと分かる青髪の女性がこちらに向かってきていた。
だが、そんな彼女の手元を見てみると、そこには何も無い。
「ウール……! どうだった?」
ウールは息を切らしながらも残念そうに首を横に振った。
「ダメでした。シオンさんも……ダメだったみたいですね」
「本当にすまない……」
「いえいえ、そんなことありません! 元々悪いのは私で、シオンさんには苦労をかけて……」
「……ごめん」
本当に何も出来なかっただけに、それだけしか言えなかった。
ということは結局、街にはいなかったということなのだろう。そうなると考えられるのは街の外、かなり日が沈みかけている今の時間から考えると、探し出せる可能性は絶望的と言ってもいい。
ウールは顔を上げてこちらを見た。表情から見るに覚悟を決めたのだろう。
「わたくし、謝ってきます。シオンさんは、街の外にいるリューバを呼び戻しに行ってください。よろしくお願いします」
「うむ、分かった」
そんなウールを私は止めるはずもなかった。
そして結局なんの成果もなしに、私のクエストは終了することになった。
疲れるだけ疲れ、気も滅入り、ただ落ち込むだけの時間だった。送り出してくれた皆に合わせる顔がない。
私の最後の仕事は、そんな悲しい結果で終了した。まあこの業界に見切りを付けるには十分過ぎる結果だっただろう。
「冒険者なんて、本っ当にろくでもない――」
だが、そう呟いた瞬間のことであった。
私の聴覚は即座に反応した。どうでもいいマイナス思考よりずっと大事なことだ。そんなことすぐに忘れ、頭の中を空にした状態で全神経を聴覚へ集中させる。そしてその音――声のするもう一度耳をすませる。
そして鈴の音と共に、その推測はだんだんと確信へ変わっていった。
――猫の、鳴き声がしたのだ。
「……! どこだ――!」
ニャンという甲高い声が不規則に聞こえる。私は特別耳が良いというわけではないので、おそらく猫はすぐ近くにいる。
だかここは街の外殻周辺。ウールはここから街の内側へ猫を探していたとすると、考えられるのは街のすぐ外だ。
実際、街の外へ出ていくうちにその鳴き声は大きくなっている。後はこの暗い中で猫の姿を確認するだけだ。
「おーい! どこだー!!」
そう言いながら周囲を確認する。
それに応えるように猫はずっと鳴き続けるが、見つからない。周辺には特に目立った障害物はないのだが、如何せん猫の影も形も無い。
「隠れているなら出てきてくれー! 私は何も悪いことはしないぞー!」
そう言いながら草むらを漁り、小さな岩だろうとしっかり退かす。
目視だけで確認できる範囲も少なく、作業は殆ど手触りで確認する。
だが温かい毛皮の感触は全くない。確実に鳴き声は大きくなっているはずなのだが、どうしたものか。
「本当にどこだ……? 私の幻聴か? それとも灯台もと暗し――」
「――って、痛ッ!」
あまりの激痛に、咄嗟に草むらから手を引き上げた。見てみると、見事にカマキリに小指を噛まれていた。
「……全く、一体どこにいるんだ、猫ちゃんは……」
そう言って天を仰いだ。沈みかけの大きな朱色の太陽を背景に、岩場に咲く一輪の花が目に映る。そんな花を見て少しぼーっとしていた時にまた猫がひとつ鳴いた、その時だった。
「あっ……!」
そこは崖の中腹、少し出っ張った岩の所だ。そこに咲く一輪の花の隣に、猫はいた。
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