第15話 美少女


 ファウスが去って平穏を取り戻した室内、心の平穏はまだ取り戻せていないが、窓から吹き込むそよ風に身体を当てながら様々な感傷に浸っていた。


 そんな中、ドアの開く音がした。

 緑の髪を揺らしながら入ってきたのは、1人の少女だ。


「……、こんな時間まで何してたんだ」


「わんちゃんと戯れてたの。もふもふしてて可愛かったよー」


 そう言ってノールは私に微笑んだ。純粋なその笑顔は私と対称的にとても眩しく、一見このギルドに迷い込んできた少女のように見えるが、実は私よりひとつ年上かつ身長も高く、また一応次長(私よりひとつ上の立場)でもある。


「職務怠慢だぞ……?」


「うーん、まあ大丈夫かな!」


 そんな、天真爛漫なノールにいつも私は振り回されている。

 どうやらどこかの森のお嬢様らしく、天真爛漫な性格は森を離れ、アパートで私の横の部屋を借りて暮らしている今でも健在である。


 たまに仕事中に遊びに行ったりおかしなこともあるが、毎回見せる純度100%の笑顔に免じて許してやっている。その代わり、こちらも無礼講だ。


「そうだ、シオンちゃんギルド長になるの?」


 大きな碧眼を私に向けながら、ノールはそう言ってきょとんと私を見つめている……って、え?


「ちょっと待て、誰から聞いた?」


「ファウスちゃん。すれ違い際に嬉しそうに話してたよ〜」


 やはりそうか、ノールが何でも信じる事を分かった上でそれを利用するとはなんと悪質な……


「……ちがうかったの?」


「え、いやぁ……なんと言うか……」


 だがここではっきりと「嘘だ」と言ってしまえばそれはそれで純粋な心を傷つけてしまうような気がしてならない。


「うーん……?」


 首を傾げるノール、


「決めかねているというか……あ、そうだ。ノールがギルド長をやるのはどうなんだ?」


 咄嗟に話題を逸らすことにした。でもまあ、実際にそれもいいかもしれない。


「えー、私がかぁ……3日くらいでギルド潰しちゃうけど大丈夫かなー?」

「えぇ……」


 この発言は何かの気遣いなのか? それとも単に断っているだけ? 何とも言えない反応だ。

 戸惑う私にノールは少し微笑んで、そして自分の机の周りを整理し始めた。ちなみに私とノールは同室である。



 そして去り際に今度はノールの方から呟いた。


「でも、シオンちゃんはギルド長がいいと思うよ。そもそも、町長に提案したのも私だしねー」

 

「えっ、それって……」


 サラッと言われた衝撃の事実に戸惑いを隠せないでいるが、ノールは言葉を続ける。


「シオンちゃんは私に無いものをたくさん持ってるから……評判も能力も、私より上。私が3日なら、シオンちゃんは10日は持つんじゃないかな?」


「どっちみち潰れるのか……」


「ふふ、もののたとえだよ」


 ノールは少し微笑んで、


「それに……ね、うん。私実は――」


 そう何かを言いかけた瞬間のことだった。


「――シオンさん! 受付まで来て貰えますか!?」


 ドアがいきなりバタンと開かれ、出てきたのは受付の子だった。



「いきなりどうした……」


「とりあえず受付の方に来ていただいて……!」


 何か焦っているようだ。とにかく受付の方で何かあったらしい。またクレーマーか? となるとかなり面倒だ。


 ……いやでも、よく考えてみれば私はもうここの職員ではない。それならこんな厄介事を引き受ける必要はないのでは?


「それって私以外でもいいんじゃないのか……?」


「いえ、シオンさんじゃなきゃダメです!」


「えぇ……」


 まさかの名指し……ていうかいつの間に私はクレーマー対応係になっているんだ……


「行ってきなよ。それだけ信頼されてるってことじゃない。片付けは私がしておいてあげるから」


 ノールまで……信頼されていると言えば聞こえはいいかもしれないが、これって面倒事をただ単に押し付けているだけなんじゃ……


「……」


 でもまあ、頼まれているのなら仕方がないか。最後の仕事と割り切れば何とかなるか、いやならないけど。


「……分かった。話の途中ですまないが行ってくる」


 結局、私の方まで焦ってきたせいで何も考える余裕もなく、私は席を立ち上がった。


「うん、またねー」


 そう言って手を振るノールを見て、急いで受付の方へ向かった。



 そして言われるがままに私は受付カウンターに急ぐ。と言いつつも、受付はすぐそこだ。


「それで、急用というのは?」


 私がそう言うと、受付の子はすぐにカウンターの裏口のドアを開けた。


「それがですね……」


 そしてカウンターに出た瞬間、私はすぐにその存在に気づいた。彼女はすぐそこにいた。


「こちら、シオンさんに急用があると言うウールさんです」


「助けてください……シオンさんっ!」


「あんたは!?」


 そこには、涙を浮かべたウールが弱々しく立っていた。


「どうしたんだ?」


「やってしまいました……」


 ウールはそう言うと、依頼書を1枚取り出して私に見せた。


 『難度【F】ペット探し』


 その依頼書にはサインは書かれていない。まだ途中なのだろうか。

 

「……実は、今さっきこのクエストを開始したんです」


 私は急いで窓の外を見る。窓から見えるのは少し赤がかった空、夕方より少し前くらいだろうか。


「ペット探しをこの時刻から……それって本当か!?」


「マジです」


 私はすぐに状況を理解した。


 これは非常にまずい。何がまずいかというと時間だ。もうすぐで日が暮れてしまう。植物ならまだしも、探すのは動物(ペット)だ。一晩でどこに行ってもおかしくない。


「なぜ今まで放置していた!?」


「すみません……」


 更に涙を流すウール。

 いかんいかん、ここで私が感情的になってはいけないし、これ以上ウールに問いただしても何も生まれない。今一番大事なことは冷静を保つことだ。


 するとウールは上目遣いで、私を見つめた。


「それでシオンさん、クエストを手伝ってもらえませんか……?」


「えっ……なんでよりによって私なんだ!?」


 早くも冷静でなくなってしまった。


「お願いしますっ! シオンさんしか頼れないんです!」


「いや、それは……」


 確かに私は時間が空いていて、しかもこの程度のクエストは誰が手伝っても問題はない。私もその例外ではない。

 しかも、周りを見渡しても冒険者らしき人は誰もいない。言われてみれば、ウールが私を頼るのも無理はない。


 だがなんというか……クレーマー対応じゃなくて良かったもののこれはこれで面倒というか……


「他に動ける人は……」


 そう言って視線を送ったのは雑務をする受付の子だが、私の視線に気づくや否や、


「あ、すみません。これから冒険者さん達が帰ってくる時間帯なので……」


 そう言うと、忙しそうにクエストの報酬品を仕分け始めた。

 次に私は自室に駆け込んだ。


「ノール、クエストってできたり……って、あれ?」


 だが、さっき居たはずのノールの姿はない。周りを見て回ってもどこにもいない。頼んでいた荷物の梱包はもう済まされている。


「ノールさんなら、ちょうど外回りらしいですよー」


 受付の方からそんな声が聞こえてきた。


 その次に私が向かうのは事務室、やはり頼みの綱は幼なじみという訳だ。


「素直にシオンがやったらどう?」


 だがファウスは受付の方に来ていた。


「い、いたのか……!」


「私の所まで丸聞こえだったよ」


 ファウスはそう言って苦笑いをした。


「気分転換にクエストやってみたら? もしかしたら何か見方が変わるかもしれないでしょ?」


 まあ、それはそうだけど……


「それじゃあ私も外回り行ってきマース」


 そう言ってファウスはすぐに出ていってしまった。


「……」


 反論する余地も、そんな気もなく、私は黙り込んでしまった。


「シオンさん、お願いします……!」


 ウールはそう言って涙ながらに私に訴えてくる。

 それに、時間もあまり残されていない。そして、この中で手伝えるのは私だけ。


「……はぁ」


 私はひとつため息をつき、


「仕方ない、さっさと行こう。時間も迫ってきてるから急ぐぞ」


 そう言ってクエストに飛び入り参加した。


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