第7話 目論見


「君が反対するせいで新しい職場への手続きが滞る。そもそもこのギルドになんの救いようがあるというんだ」


 管理職員は、全ての責任から逃げる気だ。

 それは、自分さえ助かれば、取り残された部下たちの生活はどうなってもいいという考え方であった。


 そうだとすれば、


「それじゃあ、貴方も……」

「私をに指を指すとは、仮にもギルド長の立場の人にその態度はないだろう、教えはどうなってんだ。このギルドは職員まで礼儀がなっていないとは」


 元々、ギルドは町庁にあまりよく思われていなかった。それだけに、すぐに町からギルド長代理を出されたことに違和感を感じていたのだ。


「それじゃあ、なんだ。ゴミの山から宝石を6つ、加えて金脈を探し当てられるとでも? それも1ヶ月半以内に」


 役員はそう言って私に嘲笑ってみせた。


「それは……皆で協力すれば可能性はゼロでは……」


「皆で? 君はどこまで夢物語を語ろうとしているんだ」


 頬杖をつき、私を横目に見ながら役員は鼻で笑った。

 それに合わせて他の人たちも一斉に私に笑いかける。わちゃわちゃと、私を馬鹿にするような言葉を全方位から投げかけてくる。


 その時、私はようやく理解した。

 もはや腐敗は上層部まで、いやそこから始まっていたのだ。


 だが、腐っても目の前の2人は現時点での最高責任者、私は何も逆らえない。


「聞いていたらなんですかこの人たちは! 最高責任者であればギルドを守るのが当然でしょう!?」


「馬鹿言え。そんなもの、ギルドを閉めるためだけのものに決まっているだろ」


 ウールが反論するも、役員は動じることなくそれを切り捨てる。


「ギルドが閉まればそこにいる冒険者、職員――このギルドを中心に生活している人達の生活はどうなるんだ」


 今度はリューバが口を開く。


「知ったことではない。これだけ不況が続く中で、ある程度結末も見えていたであろうに」


 役員はそう言うと横にいる管理部長に目をやった。


「まぁ普通、ギルドが潰れる前に新しい職場を探すでしょうね。私のように」


「そのギルドに依存し続けたのは自分達の責任だと?」


「当たり前でしょう。そんなの」


 そんな役員と管理部長の舐めきった態度に、リューバは何かを言いかけたが押しとどまった。だが、後ろにいる私は思い切り拳を握っているのがハッキリと見えた。

 

 だが、ウールは耐えきれず立ち上がって役員の所へ詰め寄っていく。


「ふざけないでください! 神の裁きを受けたいのですか!?」


「おっと自称女神、そして自称勇者、君たちが何をしようと自由だが、場合によっては横にいるこの人の首が飛びかねないぞ」


 余裕の笑みで役員は私を見た。

 それを聞いてウールは引き下がる他ない。


「そんなの、おかしいですよ……! あまりにも理不尽過ぎます!」


 その通り、理不尽だ。

 相手からは好きなように言われ、こちら側からは何も言い返せない。


 だがそんなものはよくあることだ。

 誹謗や中傷にも耐えてきた。土下座だって何度もした。


 プライドがない訳では無い。理不尽はあって仕方ないもの、それを受け入れなけれればやっていけないほど冒険者は厳しく、そして奥が深いものなのだ。

 実際、ここの主力6人をギルドの生命線にまで押し上げたのは私の誇りだ。

 

 そして今回もその類いであり、いつも通りであるのならここで私が頭を下げればどうにかなるものだった。


 そう、その言葉を聞くまでは。

 

「理不尽がなんだ、所詮1人では何も出来ない……たかが冒険者の分際で」


「……発言の撤回を求めます」


「断る。それより私に盾を突いた君の方が謝罪するべきだ。私にかかればお前の首なんぞ……」


――ドンッ!


 一瞬の輝きが、役員の横を通過する。そして大きな砂埃が舞う。


 壁に空いた大きな穴、その前には震える役員。


 怒りに身を任せて私の左手から放たれた魔術は、その場にいた全ての人を沈黙に誘った。


 

 震えた声、震えた手でで役員は私を指差す。


「お、おまえ……分かっているだろうな……そんな事をして……許されると思うなよ……!」


 そんな役員カスを背に、私は無視して静かに身支度を始める。

 しかしまだ何か呻いているようなので、私は聞こえる声で、


「……仮にも冒険者達を纏める立場である人の発言ではありません」


「クビだっ……! 二度と私と顔を合わせるな! クソったれっ!」


 最後に思い切り睨みつけ、


「結構です。そのような人を上に据えるギルドなんて居たくもありませんし、それこそ解体するべきだと思います」


 そう吐き捨てて、私は会議室を後にした。




 だが、そんなものは実際その場のノリと勢いでしかなく、


「……すみませんでした」


 結果としては、完全な詰みである。


 ぶっちゃけ何をやったかといえば上司の前に思い切り辞表を叩きつけただけの事で、これにより私は職を失うこととなった。


「いえいえ、とてもかっこよかったです! 短い間でしたが、本当にありがとうございました!」


「その通り、あそこは言い返すべきだった。自信を持つんだ」


 それだけじゃない。私のせいでギルド崩壊も決定的だろう。つまりこの子たち冒険者、加えて職員たちも路頭に迷うことになる。こうは言ってくれているが、感情に任せて私は何も守れなかったのだ。

 

「責任は私にある。償いは誠心誠意させてもらうつもりだ」


「――いや、その心配は不要じゃないかな」


 見慣れない声が後ろから聞こえる。

 振り向くと、そこには一人の老人がいた。


「あ、お疲れ様です……いや、すみませんでした」


 この方は、さっき一緒の会議に出席していた唯一残るベテラン冒険者の方、私たちの後にこの方も退出していたようだ。


 ベテラン冒険者の方は深々と頭を下げた。


「ありがとう、君はボク達のために必死になってくれた。ボクでは言えないことを言ってくれた」


「でも、あなたもこれからは……」


 もちろんこの方も所属ギルドを失うこととなる。折角一人残って下さったのに、恩を仇で返す形となってしまった。

 だが、ベテラン冒険者は首を横に振った。


「白ローブの彼も言っていたが、もっと自分の発言に自信を持ちなさい。君の熱意はきっと、届いたと思うよ。あの人に」


「あの人……それって誰ですか?」


「あの会議、確かにギルドで1番権限があるのはあの二人だったけど、会議で1番権限のある人はまた別の人だからね」




 ここは3人が去った後の会議室。残された者達の空気は重く、喋ろうものなら首を飛ばされるかの如く、誰もが黙っていた。


「なんですかアイツ、即クビですよ」


 その沈黙を破ったのは管理部長だ。

 それに触発されるように、今度は役員が口を開く。


「当たり前だ。まあ、これで心置き無くギルドを終わらせられるだろう」


 役員はそう言って横のに目をやった。


「よろしいですね、?」


「……」


 だが、町長は黙ったままだ。

 下を向いたまま腕を組む――解散の時も一切変わらなかったその姿勢のまま、町長はようやく重い口を開いた。


「……まず、転職予定の人は出ていきなさい。あなたはもうここの一員ではない」


「……え、私ですか?」


「他に誰が公言した?」


 町長の鋭い視線の向かう先、管理部長は呆気に取られていたようだが、すぐに荷物をまとめて出ていった。


 1人残された役員は、再び町長の方を見て、


「よろしいですね? 許可を出して頂けるのでしたら今すぐ実行します。ギルドの解散、そしてシオン=エンフィールの解雇を」


「シオン=エンフィールか……自らの立場を顧みず上の者に物申す、中々面白い人材もいるものだ」


「は? 何を仰るのですか?」


 意外な返事に戸惑う役員、そんな役員を町長は真っ直ぐ見て、


「それより、壊れかけのギルドより優先して排除するべきなのは貴方のようですね」


 まさかの台詞に、役員は呆気に取られているようだった。まさかシオン=エンフィールではなく、自分がクビだなんて思いもよらなかったからだろう。


 思いもよらない展開に、役員は狼狽する。


「不当解雇だ! 理不尽にも程がある!」


 だが町長はそれを軽くあしらうように。


「理不尽がなんだ……それは君のさっき言ったことじゃないか」


 町長がそう言うと、役員は遂に黙り込んでしまった。

 この議会で最も権限があるのは町長である。町長の命令であれば、役員は何も逆らうことはできないのだ。




 その後、元役員を街で見かけることは二度となかった。

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