第5話 怒号の正体


 一瞬にして場が凍りつく。

 大量の鯉のいた池は、気づけば冬の何も無い池のように静かに、まるで氷の張った水面のようになっていた。

 そして誰もがその方向に振り向いた。私を含めて。


「――はーい、どいたどいた。こんな人だかりじゃあクエスト受注もできないじゃないか」


 その先にいるのは今の大声の主――リューバであった。

 リューバはそう言いながら視線を物ともせずに、人だかりをかき分けてカウンターに向かって進む。ウールはその後ろに隠れているようだ。


 すると、気を取り直したのかクレーマーのうちの1人がそんなリューバの前に立ち塞がった。


「何だね君は? こんな状況でクエストを頼もうなんて頭おかしいんじゃないか!?」


 そんな男性に触発されてか「そうだそうだ」とギャラリーが湧く。冷えきった空気は徐々に熱気を取り戻し始めた。


「でも営業中なんだろう? ならいいじゃないか」


 だが、リューバはそんな多勢の圧をものともせず、毅然とした態度で言葉責めをかわす。まるで叫んだのが別人のように落ち着いている。


「あのねぇ……君たちの相手している暇なんてないんだよ。こっちは生活がかかっているんだ。さっさと帰った帰った」


「でも営業中だろ?」


「あぁんっ!?」


 あれ、なんか険悪な雰囲気になってきたぞ……


「ええと、ここでの喧嘩は御遠慮いただき……」


「何偉そうな口聞いてんだあぁん!?」


 私の忠告は届かず、恐らく抗議の代表人物と思われる人がリューバに詰め寄った。


「それは君たちの都合じゃないか。こっちの都合もあることを考えるべきでは?」


「てめぇ……ボコボコにされたいのか?」


 また後ろから「そうだそうだ」と他の抗議者の声が湧く。お前らは同じ事しか言えないのか。

 代表者の、目をガチガチに見開いて思い切り睨みつけるその鬼の形相に、


「暴力よりも、言葉で話し合った方がいいのでは?」


 リューバは動じることも無く、冷静に対応している。


 そして代表者はその態度が気に食わなかったのだろう。どこからか杖を取り出した。 


「偉そうな口を聞いた事を後悔するんだな。薙ぎ払え、ブロウ!!」

「お客さ……」


――ブォォォォォンッ!!


 私の静止も甲斐なく、代表者の前方に大きな風が吹いた。辺り一面の書類やらがわんさか舞い上がる。狙いはもちろん、リューバだ。


 風が止むと、やっと目が開けられるようになった。私は顔を上げて、リューバのいた方向を見る。この風の強さではどこに吹き飛ばされていてもおかしくない。

 だがそこには、


「こっちは今日の食費がかかってるんだよっ!」


 あれ? 効いてない?

 

 今度はリューバが代表者の胸ぐらを掴んでいる。

 その声の圧、そして切実な表情、完全に立場が逆転したことで相手側はようやく引き下がる。


「ということですので、今日はここら辺にしましょうかね。どうぞお引き取り下さい……あと出禁ですので今後ここに入ると然るべき処置をいたします」


 その隙をつくように私がそう言うと、相手側はぶつぶつ文句を言いながら素直に立ち去って行った。



 ギルドはいつもの静寂な雰囲気に戻った。いきなりの結末にカウンターの子達は戸惑いつつも、通常業務へ戻っていった。


「わざわざ助けてもらってすまない」


「いやいや、自分に降りかかった火の粉を振り払っただけだよ……それよりギルドが大分面白そうな事になってきてるじゃないか」


 ニヤけるリューバ、それと対照的にウールは不安が隠せないようで、


「本当に大丈夫なんですか? 足掛か……このギルドが潰れるとわたくし達も色々と困りますので……」

「君たちに心配する必要はない。なんとかなる……ていうか、なんとかしないとな……」


 この2人に余計な心配をかけさせる訳にはいかないが、流石に大丈夫とは言いきれないのが現実だ。


「それよりクエストだろう? 今日もたくさん依頼が入ってきてるぞ」


 とりあえずそう言って誤魔化すしかなかった。


 すると、ギルドの奥から足音が聞こえてくる。

 足音は徐々に大きくなっていき、途端に無くなったと思えば、受付裏のドアが勢いよく開く音がした。


「シオンさん! 緊急招集ですっ!」

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