第4話 現場入り


 私は勢いよく戦場に飛び込んだ。


 すると、そこにはまるで餌を待つ鯉のように次々と人が顔を出している。

 そしてまるで競りでもしているかのような絶え間のない喧騒、それに対してそこにいる職員はたった3人。それも新人だ。1人は何度も説得を試みようとしているが、まるで声が聞こえない。あと2人は必死に人々の勢いをせき止めている。思ったよりも大変な状況だ。


「やはり冒険者の件か!?」


 説得をしようとしている子は、私の質問に涙ながらも静かに頷いた。

 多分、冒険者達が街を出ていく所を見られたのだろう。それで町中にギルド崩壊の情報が早くも出回ったと考えられる。


 だが、まさかこれ程の量のクーデターになるとは。そしてその収束を新人3人にやらせようとしていたのか。

 バックヤードの雰囲気であまり気づかなかったのもあるが、私ももっと早く行くべきだった。


 とりあえず涙目になりながら説得をしようと頑張っている子の肩を叩き、その子の代わりに今度は私が前に出た。

 すると、怒号が一斉に私の方に向かってくる。もはや相手はギルドの人であれば誰でもいいらしい。


「皆さん、とりあえず落ち着いて――」


 そう言いかけたが、あまりにうるさすぎて自分の声が分からない。

 相手方も、馬鹿の一つ覚えのように「どうなっているんだ」「いい加減にしろ」の連発、こんな状況で放置されていた3人が不憫でならない。


 交渉の余地なし、味方からの援軍もなし、為す術なし。怒号を聞いているうちに、最初にあった勢いはどんどん弱まっていく。


 そして段々と腹が立ってきた。

 うるさいし、耳が痛い。暑苦しいし、鬱陶しいし、やっぱりうるさい。自分から飛び込んだとはいえ、どうしてこんなことに……


 私は腹に思いっきり空気を吸い込んで……だが止めた。


 ここで反論してはいけないのは、私がいちばん分かっていた。

 このギルドは町民の協力があって成り立っている。クエストを依頼してくれるのも、その報酬をくれるのも、この町の人だ。何十年もこのギルドが続いているのは、この人達のお陰だ。


 だからこそ、ここは耐えなくてはならない。私の一言で信頼にヒビが入れば、完全にギルドは終わるかもしれない。

 

 

「……!」


 私は唇を噛み締め、拳を思い切り握った。


 罵声に耳を傾け、相手に寄り添い、話し合いで解決する。それが私の唯一できることであった。


「このヘタレが!」

「役立たずめ!」

「チビのクセに!」


 ち、チビっ!? ……いかんいかん、耐えろ私。キレちゃダメだ。キレちゃダメだ。キレちゃダメだ。


 だが、罵声の勢いは留まるところを知らず、どんどん加速していく。


「アホが――」

「だからこのギルドは――」

「どうしてくれるんだ――」


 もはや時間の問題である。

 一言一句聞き入れようとするが、そのどれもが癪に障る。

 恥もプライドも捨てて立っているというのに、見下され、罵られ……屈辱である。


 もう、限界であった……


 私は拳を解き、顔を上げ、相手を思い切り睨みつける。


「黙れぇぇぇぇぇっ! 喧しいんだよアホがぁぁ! 」


 一瞬にしてその叫び声は、ギルド中に響き渡った。

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