第2話 この勇者がおかしい


 思えば、最初見た時からおかしいとは思っていた。


「頼もうッ! 勇者が参ったッ!」


 そう言ってギルドに入ってきた男の姿は、私に強烈なインパクトを残した。

 単に白く大きい布をローブのように着こなすという服装は、若干の時代遅れな雰囲気を出しつつも、肩の高さがちょうど私の頭のてっぺんという、若干チビの私から見て長身をうまく活かした服装のようにも思える。


 そんな風変わりな男とその隣にいる麗しいお姉さんが入ってきた時、ギルド内の空気が一瞬にして変わったような気がした。


「あのお客様……ぶっちゃけ迷惑なんでこちらにどうぞ」


 まぁいわゆる迷惑客と思った私は、2人を手招きしてこちらに来させた。

 今受付にいる子は入ってきたばかりの新人かそれなりに経験の浅い子達だったので、こういうのは5年目である私の役目だ。


 

 話によると、2人は異世界からやってきたらしい。うむ、意味わからん。


「……ええと、それじゃあお2人はギルド自体初めてということ?」


「うん、その通りだ」

「はい!」


 そして2人は、単純にギルド登録をしたいだけらしい。そこは普通だった。ていうか、最初からそう言って欲しかった。まあ迷惑客じゃなくて助かったのだが。


「2人とも、名前は?」


「ワタシはコウズケ=リューバだ」


 リューバは、無造作に跳ねた銀髪にキリッとした紫の渦眼、不思議さを感じつつも端正な顔立ちをした20歳前半くらいの青年と言った感じだろうか。


「わたくしはラウレッタと申します。気軽にウールとお呼びください」


 ウールは、翠眼に明るい青の髪を羽の髪飾りで結んだツインテールが特徴的だ。非常に整った顔立ちながら、そこには幼さも十分にあり、だいたい20歳前後辺りだろうか。リューバより一回り身長が小さく、どこかしら落ち着いた雰囲気が感じられる。



 あれ? 第一印象だけで、後は案外おかしくないんじゃ……


 その時私はそう思い始めていた。


 だが、


「一応聞いとくが、何か資格とかは?」


 それは、ある程度のクエスト適正を知るためにさりげなく出した質問だった。

 すると男性は自信ありげに、


「勇者をやらせてもらっている」


 そう言い放った。ドヤ顔で。


「……はい?」


 一瞬、何の話をしているのかが全く分からなくなった。リューバは戸惑う私を見て何故か首を傾げている。


「ワタシは勇者、この世に蔓延る災禍、世界を脅かす存在である魔王を討伐するため異世界から召喚された勇者だ」


 そう言い直すも全く理解できない。うん、たまにいるんだ。自分のことを革命児だとか新世界の王だとか言う奴が。

 もちろんそんなものあるわけないし、むしろ有って溜まったものじゃない。


「……この世界おかしいんじゃねぇの?」


 ついにリューバはウールの耳元でそんなことを呟いていた。普通に聞こえてるし、ていうかおかしいのはお前の方だろ!


「それで、あなたは何か資格は持っていないのか?」


 一応、少しまともそうな女性の方にも聞いてみる。


「わたくしは女神をさせていただいております!」


 あー、あんたもか。今度は女神、本気でそう考えているのなら毎日が楽しそうで何よりだ。


 女神に勇者、どこか昔に読んだことのある本にあったまとまりの良い組み合わせだ。

 それをここまで一貫して言われると、まるで2人が実際にそうであるのではないかと思ってしまうほどだ。



 まあその後は基本的な受け答えで、それに関しては普通の回答だったので、冒険者登録は自体は意外とすんなり終わったのだが、


「お疲れ様、晴れて君たちは立派なFランク冒険者だ」


「え、これで終わりかな?」


 リューバはどこか物足りなかったのか、身振り手振り説明しだした。


「自分の血液をその台紙に垂らすことは……」

「そんな痛いことはしない」


「体のどこかに紋章を刻んだりは……」

「そんなの聞いたことがない」


「ステータス!! ……あれ、空中に文字が浮かんだりは……」

「色々な先入観があるのは分かったから……とりあえず一旦黙らないか……」


 まるで似たような世界が舞台の物語の知識をそのまま引っ張ってきたようだ。世間知らずとはまた違い、本当に住んでいる世界が違うような感覚に襲われた。



 そして2人は早速クエストが受けたいと言う。


「ジャンジャンバリバリ稼げるクエストを、なるべく多く頼む」


「出来れば一日分の衣食住が賄えるくらいがいいかなと……」


「なんせ一文無しなもんでね!」


 また2人は勘違いをしているようだった。ていうか設定凝ってるなぁ。


 ちなみに説明しておくと、冒険者ランクは上から順に【S、A、B、C、D、E、F】の文字を用いたランクが使われ、Fランクはその中の最底辺。今のように申し込みをするだけで誰でもなることができる。


 もちろんFランクでも食えるくらい稼げる、つまり誰でも簡単に稼ぐことができるほど世の中は甘くない。少し考えた結果、とりあえず私は5枚のクエスト依頼書をカウンターに差し出した。


「……今の時間的に、行けるとしたらこの量だ。5枚分……今から“フル”で働いて、ようやく衣食住とは行かなくとも“食”までは何とかなるくらいだ。今から“フルタイム”で」


 直接言うと2人の夢を壊しかねないので、敢えて量の多さの所の語調を強めて説明してやった。これで察してくれるだろう。


 だがリューバはあまり納得していないようだ。


「5枚で食だけか……もう少し欲しいな。7枚とかは?」


「無理だ、間に合わない……6枚ならなんとか」


「よし、それ乗った!」


 何だこの競り合いは。

 ちなみに5枚にしたのは2人が全くの初心者であることを考慮した上で、6枚となると少しコツやツキ、若干の運動神経の良さなどが必要となる。


 見た感じウールの方はそんなにだが、リューバは体格はしっかりしている。運動神経がどうかは分からないが、それだけ言うならやってみろといった感じだ。


「交渉成立……か。タイムリミットは日が暮れるまで、大丈夫か?」

「あぁ、頑張るよ」

「任せてください!」


 私は依頼書6枚にサインを書いて、2人に渡した。


「手順等は裏に書いてある。まぁ、初めてだが頑張れ」


 リューバは受け取った依頼書をパラパラめくりながら確認している。


「ふむ、まだないか。レベル上げのためのダンジョンはまだ解放されていないようだ」


「だんじょん? れべるあげ? 何のことだ?」

 

「いや、これから魔物と対峙するとなるとレベル上げは必須だろ? ついでに威力の高い剣なども宝箱に……」


「日が暮れるだろ、さっさと行った!」

 

 やはり、よく分からない人達であった。


 ちなみに、クエストの方は無事完遂したようだった。何なら終わるのが早すぎて追加でもう一個クエストを受けていた。2人の能力は低くはないようだ。




 その夜、仕事終わりのことだ。


 ギルドの奥から何か声が聞こえる。

 気になって少し近づいてみると、いつもは暗い部屋に明かりがついている。

 少し開いたドアの隙間から声が漏れているようだ。聞く限り、何か揉めているらしい。

 

 いつも平穏なギルドだけに珍しい。

 そう思い、隙間から中を覗こうとした時……



「――シオンさーん! クエスト終わりましたー!」


 受付の方から聞こえたのは、ウールの声だ。


「はいはいー! 今行きまーす!」


 私はすぐに受付に戻った。


 もちろんその時はこれがギルドの大崩壊の決定打であることを知るはずもなかった。

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