第2話 勘違い

「はぁ……昨日は疲れた……」


 事務所の廊下をトボトボと歩く俺。

 結局昨日は深夜まで打ち上げが続き、その間ひたすら部下たちからセクハラされまくった。

 ルチアは隙あらば媚薬を盛ろうとしてくるし、アレンカは体育会系のノリで身体ベタベタ触ってくるし、マルセリーヌは俺にママと呼ばせようとしてくる。

 もうホント疲れた……。

 あいつらが冒険者として優秀なんで目を瞑ってきたが、もう限界かもしれん……。

 主に俺の股間が……。


 特にアレンカなんて昨日は最悪だった。

 あれほど飲み過ぎるなって言ったのに、結局でっかい酒樽を丸々一つ空にして泥酔。

 口からレインボーシャワーが止まらなくなって、そのままトイレとお友達に。

 まあ、リバースが止まらない状態でも「S〇X!」と叫び続けていたのは、ちょっと凄いと思ったけどな。


 で、一晩明けて俺は『腐屍のメイデン』の事務所に出勤している。

 出勤と言っても、俺は普段事務所で寝泊まりしているので寝室から執務室に向かうだけなのだが。


 ――『腐屍のメイデン』は、現在俺を含め5名の団員を抱える小規模冒険者ギルド。

 まだまだ大手や中堅といったギルドと比べれば小さいが、それでも界隈じゃそれなりに名が知られている。

 悪名高い、という意味でだが。

 そのギルド名が指すように、俺たちは悪の組織。

 通常の依頼の他にも、表沙汰にできないブラックな案件を喜んで請け負う。

 脅迫、誘拐、金品強奪、暗殺……それら全てを非合法に扱っている。

 故に、俺たちは人呼んで災厄の冒険者ギルド。

 『腐屍のメイデン』の名を聞いただけで震え上がる者も多い。


 そんなグレーな存在にも関わらず、冒険者ギルド連盟や同業者が潰しにかかってこないのは何故か?

 簡単だ、俺には〔天運の加護〕があるからだ。

 俺の人生はやること成すこと必ず上手くいく。

 逆を言えば、俺を邪魔しようとする奴らは絶対に失敗するのである。

 これまで妨害工作を受けたことはないが、きっと人知れず自滅しているのだろう。

 いい気味だ。


 そして今日も、そんな俺の悪行がまた一つ達成された報告を聞ける。

 パウジーニ領主から強奪した金銀財宝を、盗賊組織『血影団』と山分け。

 1/3も奴らに渡すのは惜しいが、有能なビジネスパートナーを手に入れたと思えば悪くない。

 これからも奴らと手を組み、ガンガン悪事を働いて儲けてやろう。

 ククク……やっぱり俺は極悪人だな。


 そんなことを思いつつ、俺は自分の執務室に入る。

 すると、既に一人の団員が机に座って事務仕事を始めていた。


「おはようございます、ボルク様」


 さっそく挨拶してくれるメガネの女性。

 彼女はヴェロニカ・ライブラリアン。

 少し前に団員となった俺の〔秘書〕であり、性格がキツそうなキリッとした印象の女だ。

 ルチアたちと違って戦闘力はないが有能で、事務処理や手続きなど俺の仕事もほぼ一人でこなしてくれる。

 タイトなスーツ風衣装もエロく、おっぱいもマルセリーヌほどではないにせよ豊満。

 マルセリーヌのおっぱいが〝けしからんおっぱい〟だとすれば、ヴェロニカのおっぱいは〝生意気なおっぱい〟とでも形容できようか。

 ツンとしていて素敵。

 

 オマケに、オマケにだ。

 ヴェロニカはルチアたちと違って、俺の童貞や処女を狙ってこない!

 これだけでもう最高。超有能。

 あの脳みそポン菓子な部下たちも見習ってほしいものだ。


「おはようヴェロニカ、今日も早いんだな」

「いえ、上司より早く出勤するのは部下の嗜みですので」

「殊勝な心掛けだな、関心だ。あー、ところでなんだが、今日俺の寝室に入ったか?」

「……いえ、何故ですか?」

「なんだか寝ている間に人の気配を感じたような……。それに最近、寝室に置いた下着がいつの間にかなくなってることがあるんだよ。なにか知らないか?」

「…………………………いえ、存じません」

「そっか、まあいいや」


 なんかイヤに沈黙が長かった気もするが、知らないなら別にいい。

 俺の聞きたい本題もそれじゃないしな。


「さて……ヴェロニカ。パウジーニ領主の財宝の件、上手くやってくれたろうな」


 さっそく、俺は切り出す。


「勿論です。ボルク様の思惑通り、完璧に処理しておきました」


「クックック……そうかそうか。よくやったぞヴェロニカ」


「お褒めに預かり、恐縮です」


「それで、『血影団』の連中はなんて? さぞや俺のことを有益なパートナーだと――」


「はい。「チクショウ、よくもハメやがったな!」と申しておりました」


「……うん?」


「パウジーニ領主も、ボルク様の手腕を大変高く評価しておりましたよ。「実に見事な囮捜査だった。盗んだ財宝はそのまま報酬として与える。今後もビジネスパートナーとしてよき関係を築いていきたい」と申されておりました」


 ん? んん~?

 おっかしいぞ~?

 聞き間違いかな~。

 俺は『血影団』のビジネスパートナーになるつもりだったのに、なんでパウジーニ領主のビジネスパートナーになってるんだ~?


「流石はボルク様です。あなた様の真意、このヴェロニカでさえも危うく読み違えるところでした。私などでは付いていくのがやっと……感服致します」


「……おいヴェロニカ。なにがどうしてそうなったのか、一から説明してくれるか?」


「はい。まずボルク様は『血影団』にコンタクトを取り、荷馬車を襲う計画を立てました」


「うん、そうだな」


「ですが私は妙だと感じました。ボルク様ともあろうお方が、情報提供のみで相手に財宝の1/3を明け渡すとは……。ましてや荷馬車の護衛を殺さず生かしておくなど、と」


 いや、そりゃ今後の付き合いとか展開とかを考えてのことだから。

 『血影団』はそれだけ有能な盗賊団だし、護衛を生かしておけば責任問題を追及されて内輪揉めを始めるからだし。

 それ以上の意味はないから。


「しかし、私への直接的な指示はなにもなかった。そこで気付いたのです。ボルク様は『血影団』に疑われないよう完璧なコンタクトを取りつつ、暗に私にパウジーニ領主との連携を指示しているのではと。そうすれば『血影団』の目を欺きつつ、彼らを出し抜いて捕縛の準備ができる。……私への信用がなければ、到底不可能な任務。思わずきゅんとして、下着を濡らしてしまいました」


 きゅんとして、じゃねーよ!

 ふざけるなァ!

 なんでそこまで曲解したんだよ!?

 俺の指示とか行動にそんな意図はないから!

 自分で考えて動く部下は有能だけど、そりゃいくらなんでもやり過ぎだろ!


「これで、パウジーニ領における我らの評価は不動のモノとなったことでしょう。ですからボルク様、その……」


 ヴェロニカが褒めてほしそうにこちらを見ている。

 どうしよう、めっちゃキレたい。

 ぶちギレたい。

 なんならぶち犯したい。

 なんで悪の道を進もうとしたら、領主を困らせてる奴を捕まえて正義の味方になってるワケ?

 ああでも、ここでキレちゃアカン。

 ヴェロニカは間違いなく有能だ。

 俺の分の仕事もこなしてくれるし。

 処女を狙ってこないし。

 それだけでも正直かなり助かってる。

 これは疑いようのない事実。

 ここでキレ散らかして、彼女に出て行かれては大きな損失となる。

 ……どうせまたチャンスはあるんだ。

 ここはグッと堪えて――


「……ヴェロニカ」


「はい」


「やはりお前は有能だな。俺の考えをそこまで深く読み取るとは。これからも期待しているぞ」


「――! は、はい! もったいないお言葉、ありがとうございます!」


 ヴェロニカは立ち上がり、バッと頭を下げる。

 ついでに彼女の生意気なおっぱいがバルンと揺れる。

 ツンとしていて素敵。


「……俺は少し散歩してくる。雑務は任せたぞ」


 外で風を浴びて頭を冷やさないとキレそう。

 だがこんな状態でも、ヴェロニカのおっぱいを見るとなんだか許せそうになってくる自分が憎い。

 童貞である自分を殺したい。


 それにしても、意図せずとはいえそんなに上手く『血影団』を捕縛できるモンか……?

 パウジーニ領主にも随分気に入られちゃったみたいだし……。


 まさか、それも〔天運の加護〕の効果だったりして……?

 そんなワケないか……ハハ……。

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