第1話 俺の尻を見るな

 尻を見られている。

 ――俺は今、双眼鏡を手に広い草原を一望していた。

 俺の名はボルク・ロールス。

 極悪で知られる冒険者ギルド『腐屍(ふし)のメイデン』のギルドマスターだ。

 背後には3人の部下がおり、その全員が女性。

 『腐屍のメイデン』の中で最も実力のある、我が腹心たち。

 その視線は、俺の尻に集中している。


「いいか、もうすぐこの草原を荷馬車が通る。それを襲うんだ。しくじるな」


 尻を見られている。

 3人の部下たちに。

 緊張で尻肉の間に汗が溜まってきた。

 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 上手くいけば、この仕事で大金が手に入るのだから。


「わかった。それで、馬車を襲ったらどうする?」


 今、尻を触られた。

 左側の尻を。

 腹心であり幹部の1人でもあるルチア・ブラックリリィ。

 長く美しい黒髪がトレードマークの〔剣士〕であり、剣術の腕ならばそこいらの男など束になっても敵わない。

 敵に一切の容赦をしない彼女は血も涙もなく、まさに俺の部下に相応しいだろう。

 やや表情は薄い女だが、おっぱいは素晴らしい。

 大き過ぎず小さ過ぎず、ちょうど手の平に収まるサイズ。

 まさに美乳と表現できる。


「決まってんだろ。積んでいる荷を奪え。なんでも、パウジーニ領の領主が所有する金銀財宝を運んでいるらしい」


 この情報は、俺と裏取引を行った盗賊組織『血影団』からもたらされた。

 『血影団』は辺境で暴れ回っている有名な奴らで、パウジーニ領主はこれまでも随分と手を焼かされているらしい。

 つまり、優秀な盗賊団ということだ。

 ビジネス相手としては悪くない。

 今回の仕事が成功した暁には、情報提供両として1/3を彼らに渡す手筈になっている。


「え、ヤバ、スゴ! ってことは、それを盗んだらウチら大金持ちじゃん!」


 尻を揉まれている。

 今度は右の尻を。

 警戒心から、尻穴がいつもよりキュッと締まる。

 2人目の幹部、アレンカ・ナックルズ。

 褐色肌が眩しい小娘だが、その本性は獰猛で凶暴な〔拳闘士〕。

 ステゴロで熊どころかガーゴイルだって殴り殺した過去を持つ。

 ノリが軽く頭が弱いのが玉に傷だが、それ故に危険を顧みないとも言えよう。

 胸は小さくスレンダーだが、極端に露出した腋、腹、太腿がその分の魅力を引き立てていると思う。

 エロい。


「そうだ、だから失敗できない。ああ、護衛もいるだろうが殺すな。後の責任問題をややこしくさせたいからな」


「あらあら、ボルくんてば珍しく張り切っているのねぇ」


 うふふ、と笑う3人目の幹部。

 俺のことをボルくん呼ばわりするコイツはマルセリーヌ・マンマリーティ。

 様々な高位魔術を使いこなす〔魔術師〕で、パーティの火力要員。

 尻に3本目の手が伸びた。

 印象こそ大らかで大人の女性という感じだが、戦闘では簡単に相手を殺さない異常性の持ち主。

 尻の肉がグッと左右に開かれる。

 相手の実力を把握した上でじっくりといたぶる趣味を持ち、すぐに殺そうとしないところが最高に悪だ。

 プロポーションも抜群で、おっぱいなんて豊満の一言。

 こんな巨乳を揉みしだけるなら死んでもいいと、そう言いだす輩は世の中にごまんといるだろう。

 そして細い指が、尻の割れ目へと滑り込んで――


「待てえええエエエエエエエエエエエッ!!! お前らギルドマスターが説明してやってんのに、なに自然に俺の貞操を奪おうとしてんだよ!?」


「それは、ボルク様のお尻が魅力的なのがいけない」


「そーそー、綺麗なお尻があったらセクハラ! 痴漢! これ常識っしょ?」


「うふふ、大丈夫ですよボルくん。痛くありませんからね。すぐに気持ちよくしてあげるからね」


 お前らの貞操観念どうなってんだ。

 いや倫理観どうなってんだ。

 セクハラも痴漢も常識的に犯罪だろーが。

 出るとこ出て豚箱にぶちこんだろかマジで。


 ……いや、そんなことをするのは悪ではないか。

 俺が目指すモノは巨悪、極悪。

 この世全ての悪を成す者として、些細なことで怒っていては話にならない。

 闇のボスというのは、常に堂々と鎮座しているモノなのだから。


「……ともかく、今回の仕事は失敗したくない。頼むぞ、マジで」


「わかった。では、成功の報酬としてボルク様の処女が欲しい」


「ダメです」


「あ! ずるいかんねルチア! マスターの処女と童貞はウチのもんだっての!」


「俺の処女と童貞は俺のものだが?」


「あらあら、ボルくんの処女と童貞と初キスはお姉さんのものですよぉ?」


「あのさ、お前らさらっと俺がパーフェクト童貞なの晒すのやめてくれる?」


 もう泣き叫んで絶叫したい。

 なにが悲しくて、こんな美女を部下に持つのに童貞でいなきゃならんのか?

 前世でなにをすれば、ここまで部下たちに童貞呼ばわりされるのか?

 できることならすぐにでも一発ヤリてーよ。

 3人まとめてドスケベS〇Xしてーよ。

 でも処女を奪われるのだけは勘弁な。

 そういう趣味はないから。

 男の尊厳破壊ピストンなんてされたら、もう再起できないと思う。


 ともかく、俺には誓い・・がある。

 〝純潔を守り通す〟〝加護のことを秘密にする〟

 これを守る限り、俺には〔天運の加護〕が味方してくれるのだ。


 〔天運の加護〕がある限り、俺の人生は必ず上手くいく。

 悪逆非道を尽くし、富・権力・名声を全て手に入れてみせる。

 そのためには、俺は純潔でなければならない。

 万が一にでも、こんな倫理観ポップコーン女共に捧げるワケにはいかんのだ。


「もういいからさ、真面目に仕事してくれよ。荷馬車を見過ごすなんてシャレにもならないから」


「わかった。ところでボルク様、その荷馬車ってアレのこと?」


「へ?」


 ルチアの声に誘われ、彼女の頭が向いていた方を見る。

 すると――そこには、パカラパカラと悠長に走る荷馬車があった。

 明らかにパウジーニ領の兵士と思しき者たちに護衛された、一台の荷馬車が。


「あ――――アレだあああアアアアアアアアアアッ!!! 早く! 早く襲撃!」


 俺は部下たちに指示を出し、すぐさま荷馬車を強襲。

 運ばれていた金銀財宝を強奪した。




 ◈ ◈ ◈




「そんじゃ! 仕事の成功を祝してカンパーイっ! ウェーイ!」


 アレンカが樽ジョッキを掲げ、宴の始まりを宣言する。

 テーブルには様々な料理や酒が並べられ、それを俺、ルチア、アレンカ、マルセリーヌが囲む。

 アレンカはさっそくとばかりに、樽ジョッキに注がれた麦酒を飲み干した。


「ヘイ店員さーん! 生追加でー! もち樽ジョッキでおなしゃーす!」


「あいよー」


 酒場の店員はノリよく返事する。

 アレンカは1人でもよくここに飲みに来るそうで、彼らとは顔見知りだ。

 おたくの団員が飲み過ぎでぶっ倒れたから迎えにきてあげて――という旨で、これまで魔導電話が何度鳴ったことか。


「ったく……初っ端からあんま飛ばすなよ、アレンカ。ゲロ吐いて倒れても連れ帰ってやらんからな」


「ん~? マスターってばそういうのが見たいの~? ちょっちディープだけど、マスターが好きならウチやるよ! 一発芸、マーキマイラ! んあ」


「やめろ。喉の奥に指を突っ込むな。それ以上やったら本気でお前を殺す」


 もっとも、俺にはアレンカを殺せる力などないんだが。

 ホント、どうしてここまでアホなんだコイツ……。

 その思春期の男子みたいな情緒はどうにかならんのか……?


「ボルク様、あーん」


 続けて、ルチアがフォークに差した鶏のカラアゲを口元に運んでくれる。

 ムシャリ。

 うん、美味い。


「もぐもぐ……ありがとうルチア。ところで……このカラアゲ、どこから持ってきたんだ?」


 俺たちが囲むテーブルには色々な料理があるが、カラアゲの姿は見当たらない。

 そしてよく見ると、彼女の手元にはカラアゲが詰まったタッパーが。


「作ってきた。私のお手製。ボルク様のことを想って、衣に色んなモノを練り込んできたの」


「そうか。ちなみに、その色んなモノって?」


「えっと……スッポン、マムシ、ウナギ、山芋、にんにく、ニラ、ガラナ、あと淫魔サキュバスの唾液」


「ぶふぅ――――ッ!」


 勢いよく口内の物体を吹き出す。

 それ全部精力剤に使う類のモノじゃねーかこのバカ。

 特に淫魔サキュバスの唾液なんて、一滴飲めば勃起が一晩中収まらなくなるって聞いたぞ。

 いったいなんてモノ食わせようとするんだマジで。


「大丈夫、ボルク様?」


「だ、大丈夫なワケあるか! ホントに、なんてモノを食わせようと――!」


 口の中をゆすごうと思って、俺は自分の樽ジョッキを手に持つ。

 しかし、麦酒を飲むことは構わなかった。

 何故なら樽ジョッキの上には、巨大な哺乳瓶の吸い口のような物体が付いていたから。


「……マルセリーヌ?」


「うふふ、ママって呼んでくれてもいいんですよぉ?」


「マルセリーヌ、こりゃなんだ?」


「お酒を飲みながら赤ちゃんの気持ちになれる、画期的な魔道具です♪」


「そうか、今すぐ外せ」


「あらあら、チュパチュパってしないんですかぁ?」


「するワケないだろうが! はっ倒すぞ!?」


 もっとも、俺のゴミみたいな魔力じゃマルセリーヌを倒すなんて土台無理だけど。

 俺たちがそんな会話のドッヂボールをしていると、アレンカが空の樽ジョッキをダン!とテーブルに叩きつけた。


「もぉ~! マスター、いい加減にウチらとS〇Xしようよぉ~! もう我慢の限界だよぉ~!」


 俺がルチアやマルセリーヌと話している間に、なんとアレンカのバカは既に10本以上の樽ジョッキを空にしていた。

 まさに一瞬の出来事。

 俺でなきゃ見逃し……いや、普通に見逃してしまった。

 この吞兵衛チンパンジーめが……。


「マスターが童貞と処女くれたら、ウチも処女あげるからぁ~! 交換! ね、交換!」


「確かに、ボルク様はいい加減私たちに抱かれるべき」


「そうねぇ、蹂躙するのは好きだけれど一方的なレ〇プはしたくないし……」


「お前らなぁ……そんなに飢えてるなら男娼にでもなんでも行けって、いつも言ってるだろ!? それに男冒険者なんていくらでも引っ掛けられるだろうが!」


「や! やなの! マスターがいい!」


 アレンカは席を飛び出し、俺へ飛び付いてくる。

 もう完全に出来上がっているようだ。

 彼女を避けようと慌てて席から立つが、俺の身体能力などでは間に合うはずもない。

 アレンカは俺の右足にしがみ付き、


「んあああああ! 処女の性欲、マジで舐めんなし! マスターだって童貞ならわかるっしょ!? なんでこの気持ちわかってくれないんだよぉ~!?」


 ヘコヘコと腰を振り始めた。

 メス猫か、コイツは。

 いや、この動きはオス猫の方か。

 実は発情期のオス猫だろお前。


 俺だってなぁ、その気持ちは痛いほどよくわかるよ。

 童貞卒業できるなら卒業してぇよ心から。

 今だってお前にしがみ付かれて股間が膨張してんだよ。

 バレないよう必死だよ。

 現在進行形で頭の中に死んだ爺ちゃんの顔を思い浮かべる自分がいるわ。

 爺ちゃん、ホントごめん。


 ――本当は、こんな風にお前たちを拒絶したくない。

 処女を奪われるのはイヤだが。

 でも、お前らを抱くのは無理なんだ。

 俺には夢がある。

 ビッグな悪党になるという夢が。

 

 あの罪なき荷馬車を襲ったのだって、そんな夢を追う一端。

 きっと今頃は、俺の秘書が『血影団』と財宝を山分けしている頃だろう。

 これでまた一歩、巨悪に近付ける。


 そう――思っていたのだが――


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