4-18 ティエスちゃんは一回戦②

『西、ティエス・イセカイジン。フェンヴェール王国陸軍所属』


「ごっつぁんです」


 威風堂々歩み出るティエスちゃんだ。身長5メートルの強化鎧骨格がくんずほぐれつしてなお余りある巨大なすり鉢状の木造闘技場には、森域中のあらゆる氏族が詰めかけて大入り満員だった。ゲートから中央の土俵……じゃなく石舞台まで歩を進めるわずかな間だけでも、様々な声が降り注いで雨のようである。

 森域の建造物に共通して言える特徴として、それは主要構造部が木造であるということだろう。このようなバカデカ建造物や、ホテルみたいな高層建築も、その柱梁はみんな木でできている。低炭素気取りやがって。燃やせば炭!

 とはいえその実、水魔法で組成をいじって鉄みたいな強度と靭性を確保してるから、実質は鉄骨造ってとこかな。魔法の万能さを実感するぜ。なんで腰掛け蟻継ぎで保有水平体力横補剛満足できんだおかしいだろ。

 翡翠色の石舞台に足を踏み入れると、何とも形容しがたいぬるりとした感触を通過する。結界をくぐった感触だな。翡翠色の石舞台はカラーだけでなく素材も人工翡翠アーキジェイドの一枚岩で、石舞台の場外の安全を確保するための術式が刻んである。ここでドンパチ楽しくやっても、観客は身の危険を感じず試合に熱中できるってワケ。古来より宝石は魔法の触媒にもよく使われてきたからな。なんか知らんが宝石を使うと魔法がいい感じに使いやすくなるんだ。原理は知らん。

 俺はお披露目カラーに塗装された愛機を貴賓席に対して優雅に一礼させてから、観衆に見せびらかすようにアピールした。ドヤドヤ、かっこいいやろ。観衆はひときわ盛り上がり、黄色い歓声を俺に浴びせる。こういうふうに衆目を集めるのは、案外嫌いじゃない。癖になりそうだからほどほどでやめるけどな。


『東、マンマ・ミヤーゴ。森域統合軍黄金騎士団所属』


 対面のゲートから、全身をキンキラキンにさりげなく塗装した強化鎧骨格が現れると、観衆の声が爆発した。おいおい、俺の時とはずいぶんちげーじゃねーか。ひしひしとアウェーを感じるぜ。

 舞台に上がってきた初戦のお相手、帝国のライセンス生産機であるテンチュイオンⅡの改造機らしき機体は、陽光をぎらぎらと反射してまばゆい装甲版に小猫人ケットシー紋章クレストを貼り付けている。統合軍黄金騎士団は、小猫人の率いる軍閥だ。そのド派手なチームカラーに反して、実力はマケン率いる青の武士団の陰に隠れがちである。ま、見た感じ容易い相手だ。なんというか、たたずまいからして油断しすぎじゃないだろうか。


『我こそは、黄金騎士団副団長マンマ・ミヤーゴなり! 卑劣なる王国の尖兵よ! その黄金、貴様たちに纏う資格なしと知れィ!』


 その機体は何を思ったか、びしりとそのマニュピレータを俺に向けて、外部スピーカーでそうのたまいだした。なんだァ、ヘイトスピーチか? 小猫人はカネにがめついことで有名で、黄金の輝きをこそ至高とする民族性を持つ。実力以上にプライドが高いことでも有名だ。そのくせ森域の経済のまとめ役はゴブリンにかっさらわれてるんだけどな。

 ちなみにだが、国の色に黄金を使いだしたのは王国のほうがずっと早いんでね。譲る気はない。


「王国陸軍中隊長、ティエスだ。来いよ。『猫に小判』ってコトワザの意味を教えてやる」


「き、貴様ぁ!」


 俺の言葉に激昂したマンマ機が、エストックを抜いて突進してくる。オイオイ、開始の号令もないんだが? ちなみに「猫に小判」という言葉はこっちにもあって、小猫人からすると最上級のFワードなのはもちろん俺も知るところである。

 場外にいる審判役の強化鎧骨格(さすがにロボ同士の試合だと審判もロボに乗るらしい)に頭部ユニットを向けて見せるが、そいつはゆるゆると首を振って見せた。どうやらなし崩し的に試合開始らしい。おい反則とれよ。森域の笛か??

 とまあ、ここまでよそ見できるのはそれだけ余裕があるってことで。


「間合いが甘いッ!」


「ガッ!?」


 マンマ機によるエストックの刺突はなかなかの鋭さで、なるほどこの試合に出場するに足る実力はあるらしい。だがまあ、俺と愛機こいつの敵じゃない。

 姿勢を落として逆にこちらから敵機の懐に潜り込むと、鞘払ったブロードソードを跳ね上げて敵の伸び切った腕を刈り取る。下腕部の中ほどに入った刃はそのままぬるりと装甲版と内部構造を両断して、瞬きの間に敵の武器持つ腕を切り飛ばしていた。

 地金の鈍い色がまろび出て、血のようにオイルが舞い飛ぶ。剣を戻す動作に合わせて無手のほうの腕を伸ばし、敵機の頭部ユニットを掴んで引く。敵の突進の勢いそのまま、頭から石舞台に叩き落した。頭部ユニットのひしゃげおれる異音が響き、コード類が断線して火花を散らす。メインカメラは完全に逝ったなコレ。

 無様にうつぶせに倒れ伏したマンマ機に対して、俺は剣を突き付けながら言った。


「どうする? これ以上修理にカネをかけたくないなら、これくらいで降参しとくのがおすすめだぜ?」


 今試合の勝敗は、対戦者のどちらかが戦闘不能になるか、降参を宣言するまで決しない。ガンダムファイトみたいに敵機の東部破壊したら勝ちとかにしてくれたほうが俺としては気楽なんだがね。もちろん俺としては直ちにマンマ機の手足を切り飛ばしてダルマにし、抵抗力を根こそぎ奪うことも可能だが、格別の慈悲をもって損切りのチャンスをやらんではない。マンマ機の返答は――ない。


「ここで強情を張るかね。しかたない、ここは残った手足ももいで……」


『そこまでだ、ティエス卿。マンマ副団長は意識を喪失している。戦闘不能とみなし、この試合、ティエス・イセカイジンの勝利とする』


 それまで静観を決め込んでいた審判の強化鎧骨格が、おもむろに解体にかかろうとした俺の機の腕をとって制止した。こいつ、なかなか出来るな。驚くほど静かに、意識の隙をついて舞台に上がってきやがった。まあ俺は感づいてたけど。今後こいつと当たるときは、今回みたいに余裕ぶっこいてもいられなさそうだ。

 無様に倒れ伏すキンキラの機体の隣で、審判が俺の勝利を粛々と告げる。とたん、会場からは歓声とブーイングが半々になって舞台に降り注いだ。くぅ~~~! 何たるアウェー感!! ちょっとぞくぞくしちゃうぜ。

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