4-17 ティエスちゃんは一回戦①

森域こっちの設備はイマイチだが、出来うる限り最高の状況に仕上げた。あとはあんたの腕次第だぜ、隊長」


「上出来だ。おやっさんの仕事に心配はねーよ」


 ピカピカに磨かれた装甲版を小突くティエスちゃんだ。コーンという澄んだいい音がする。開会セレモニーは特別の混乱もなくつつがなく終わり、操縦服に着替えた俺は親善試合の会場である闘技場の整備区画ピットにいる。式典初日から試合のカードが組んであって忙しいったらないぜ。そんなわけで現在整備班一同立会いの下、機体の受領中だ。

 俺の愛機、王国が誇る量産型強化鎧骨格アーゼェンレギナは、普段の灰色一色な低視認性ロービジ塗装とは打って変わり、見栄えする純白をベースカラーに王国の色である黄金色ゴールドを差し色され、いつになく煌びやかだ。まさしくデモンストレーションカラーって感じでかっこいいぜ。


「こいつもいつになくおめかししてもらえて、きっと喜んでると思うぜ」


「マシーンが喜ぶもんかい。それに俺ぁ、あんまりこういう派手なのは好きじゃねぇんだがな」


 おやっさんは少し照れたように笑ってから、ハンガーに静かにたたずむ機体を見上げて思わしげに言った。その視線の先、胸部装甲の前面には王国の紋章クレストがでかでかとラッピングされており、存在感を醸し出している。


「それこそ心配はいらねーよ。王国の"顔"にゃ、傷一つつけるもんか」


 当たり前の話だが、強化鎧骨格の前面は背面に比べて被弾しやすい。いわんや胸部装甲などは、最も投影面積が大きく当てやすい箇所だ。今回のレギュレーションではバイタルパートへの攻撃はご法度となっているが、さりとてそこに一切の傷をつけず戦うというのは至難だろう。いわんや、金属の装甲版と違い、紋章のラッピングなどは薄い樹脂の被膜でしかないのだから。

 そこにあえて国家の顔たる紋章を配するというのは、よほどの自信がなければできないことだ。裏を返せば、それは強者のアピールになる。こんな選りすぐりの腕利きを集めた試合では、胸に紋章を張り付けてない奴は日和った臆病者だと後ろ指をさされてもおかしくはない。


「そいつは頼もしいね。整備班ウチとしても使える資材にゃ限りがある。壊さないでくれるなら願ったりだ。頼んだぜ、隊長さんよ」


「任せろ任せろ、ははは」


 おやっさんの忠告&嫌味めいた激励に、俺は鷹揚に頷いて返す。考えてもみろ。俺が機体を壊したことなんてあったか? しょっちゅうじゃないか。


「ったく、頼もしい限りだよ。こんな興行オアソビで壊されたんじゃ、こっちもたまったもんじゃねぇからな」


「演習モードでやれたらその辺心配もなくなるんだけどな。文句は帝国の連中に言ってくれ」


 実機で疑似的な戦闘ができる演習モードは、王国軍製強化鎧骨格にしか搭載されていないシステムだ。帝国製やそのライセンス生産機、そのライセンス生産機がベースになってる森域仕様には、そんな気の利いたシステムは搭載されていない。

 まぁ、親善試合という興行ものとして考えたら、得物も持たずにエア試合してるよりかは刃金と刃金がぶつかり合うガチ試合のほうが面白いに決まってるのは確かなんだがな。俺も観客とか運営の立場ならそうだよねってなる。死亡・負傷リスクの跳ね上がる出場者にとっちゃたまったもんじゃないが。あとは整備班もだな。


「演習モードだって無茶な機動すりゃあどっかしら壊れるんだ。マシーンってのはナイーヴなんだよ、隊長さんよりずっとな」


「がはは、誉め言葉として受け取っとく」


 豪快に笑い飛ばすと、おやっさんは肩をすくめた。後ろに控えた整備班の選り抜きたちも、めいめいに苦笑するやら肩を落とすやら。いいね、こっちも緊張がいい具合にほどけてきた。緊張なんかしてなかったろって? ンなこたーない。俺だって人間だからな、こういう大一番じゃあ人並みに緊張するさ。そういうのを取り繕うのが人並み以上ってだけでな。きっとおやっさんは見抜いてるぜ?


「武器だが、剣一本でいいんだな? 向こうは魔法も使ってくるんだろ」


「胴を狙えねーんだから、杖なんて持ってたって仕方ねーだろ。ちまちま狙撃するくらいなら踏み込んで斬ったほうが早い」


「盾はどうすんだ?」


「いらんいらん。でかい盾はデッドウェイトだし、生半可な盾じゃ統合軍あいつらの剣は止められねーよ。魔法は避けりゃいい」


「そうかい。ほらよ、ここにサイン」


 当たらなければどうってこたぁないんだ。心にシャアを飼うんだよ。そんな俺の返答に、呆れたようにおやっさんは手元の書類を差し出してくる。受領証明書だ。軍隊だってお役所だ。面倒だがこういう書類は書かなきゃならん。俺は書類をざっと斜め読みしてさらさらとサインをしたためると、おやっさんに書類を突っ返した。


「じゃ、行ってくるわ。そろそろお呼びがかかりそうだ」


「おう、勝ってこい」


 おやっさんがずいと握りこぶしを差し出す。負けたらぶん殴ってやるぞ、のサインってわけじゃあねーだろう。俺も不敵に笑んで、そのこぶしに自身のこぶしを軽くぶつける。グータッチ、プリミティブな信頼と激励のサイン。

 俺は整備班の面々に敬礼してから、軽々と4メートル垂直に跳躍してコクピットへパイルダーオンした。ハッチが閉鎖され、無明の闇がコンソールの放つ光でにわかに色づく。否が応にも気分が昂る。テーマパークに来たみたいだぜ。

 さあて、ひと暴れしてやるか!

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