4-13 ティエスちゃんは頼まれる

「それで、なにを頼もうってんです。正直に言いますが、森域内で小官ができることなんてほんのわずかですよ。単なる一兵卒にあまり大きいことは頼まないでいただきたい。楽な仕事以外は請けかねる」


 些か投げやり気味なティエスちゃんだ。急な砕けた物言いにエルヴィン少年が焦る気配を感じ、姫のお側仕えたちのピキる音が聞こえる気がするぜ。しかしわかっちゃいたが、当の姫は気分を害した様子もない。とんだ食わせもんだ。


「はい、ティエス卿。口が裂けても楽な仕事とは申せませんが、あなたにしか頼めぬことなのです」


「…………聞きましょう」


 おれは取り繕うのをやめて盛大な溜息をはいた。これくらいの無礼は許されるはずだ。案の定、姫はそれに気をとがめることなく、小さく頷いてから続けた。


「昨晩の襲撃者――オティカを、殺さずに確保していただきたいのです。森域統合軍よりも先に」


「それは――ん?」


 どんなとんでもないことを頼まれるかと思ったら、そんなとんでもないことだった。俺は咄嗟に渋面で言い淀むが、その言葉になかなか聞き捨てならないワードが含まれていることに気が付いてしまった。察しが良すぎるのもどうかと思うな我ながら。察しの悪いティエスちゃんでいたい。人類ぶっ殺しゾーン!

 ――いや、現実逃避もこの辺にしておこう。「昨晩の襲撃者を捕まえてくれ」。これはまあ、わかる。俺の腕っぷしを見込んで頼む内容としては、そうおかしい話でもない。奴の捨て台詞からして、再度襲撃される可能性は高いからな。

 「森域統合軍よりも早く」。これもまあ、わからんではない。森域統合軍が襲撃者を確保すれば、それは森域全体の話になり、森域の法で裁かれることになる。いち氏族内でうっ憤晴らしめいた私刑オトシマエを行うには、いち早く自分たちで確保するよりほかはない。賢狼人のポジションを鑑みれば、統合府への報告は事後で全然OKだろうしな。

 つまり何が問題かというと……もう一つ質問いいかな。


「なぜ姫は襲撃者の名前を知っておいでになる」


 俺は剣呑な雰囲気をこれ見よがしに振りまいた。余波で姫の側仕えが青い顔をし、護衛が慌てたように剣の柄に手をかける。その直撃を受けた姫はというと、一瞬ひるんだもののすぐに平静を取り戻した。怪獣退治の専門家から殺気をぶつけられても表情を取り繕うか。大したタマだが、為政者としてはまだ青いな。


「それは、まだお伝え出来ません。お伝えしたとて、信に足る証拠がないのです。しかし、オティカを捕縛してくださったそのあかつきには、すべてを詳らかにすることをお約束いたします」


「ずいぶんと虫のいい話だ」


「重々承知」


 こ、断りてぇ~~~! 頼むからそんな覚悟ガンギマリな目で見ないでくれ。キナ臭い通り越して小火なんだわ。いずれ燃え盛る陰謀の匂いしかしないんだけど!


「……しかし、詳らかにすると言われても、それが果たされる保証もありますまい」


「ごもっとも。――誓文をここに」


 側仕えがすごい複雑な顔をしながら、三方に載せた懐紙を姫の前に置く。おいおい、マジかよ。


「ここに、リリィ・ル・リンが記す。此度の件、オティカ捕縛のあかつきには、わたくしはわたくしの生死にかかわらず、ティエス・イセカイジン卿に必ずこの一件のすべてを詳らかにすることを誓う」


 誓文は、一種の呪術だ。魔法の属性に分類すれば、風魔法の一種となる。誓いを書いた紙を燃やし、その灰を溶いた湯を契約者同士が飲み交わすことによって成立する、かなり強力なおまじないだ。破れば死ぬ。シンプル・イズ・ベスト。この世界では最も重い契約の一つである。

 その契約のための盃が、今俺の手元にある。朱塗りの見事な杯は、まるで血のように赤い。


「正気ですか? 一国の姫君が、一介の兵卒と交わす約束ではありませんよ」


 俺は最大級のいぶかしみを込めた目で姫を見やる。しかもこの契約、俺には何のデメリットも設定されていない。オティカとやらの捕獲は、絶対条件ではないのだ。

 姫はくすりと笑って、自分の盃をくいっと干した。あまりにもあっけない仕草で。


「正気でなければ、できませぬ」


 なんだこいつカッコ良すぎか!? 俺も少し遅れて、杯を干した。

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