4-2 ティエスちゃんは挑まれる
「お久しぶりだな、ウルフマン殿。部下が失礼をした」
「なに、事実に目くじら立てることもあるまい。壮健そうで何よりだ、ティエス卿」
表面上にこやかに握手を交わすティエスちゃんだ。やれやれ、知り合いの近くにいる場所で助かったぜ。声聞くまで誰かわからなかったけど。
俺、
だから森域に来ると、いつも難儀するんだよな。判断材料は声と服飾くらいしかないから。
声をかけてきた男の召し物は
ちなみにご丁寧に烏帽子まで被っている。犬頭なのに。思いっきり和装なので、まあこれも転生者の仕業やろなぁ……。
ん、声は識別できるのかって? 俺のダメ絶対音感を舐めてもらっちゃ困るぜ。
「えぇと、お知り合い?」
「ふむ、見ぬ顔だな」
おずおずと尋ねてきたエルヴィン少年は、なんというか物怖じしない奴だ。犬顔の男にそのつぶらな瞳で鋭い眼光を向けられても、特に取り乱す様子はない。
いやまぁ困惑が勝ってる感じか? 気持ちはわかるが。
「ああ。俺の従士でね。いろいろ事情があって、最近預かった」
「ほう、卿もついに弟子をとったか。それも――」
「おっと、詮索は無しで頼むぜ。事情が、あるんだ」
「ふむ。……少年よ、我が名はマケン・ウルフマン。青の武士団の棟梁である。以後、見知りおくが良い」
マケンは少しかがんでエルヴィン少年と目線の高さを合わせると、その肩にポンと手を置いて自己紹介した。青の武士団は森域の最高戦力の呼び声高いいくつかの戦闘集団の一角である。そのオビトともなれば、いかに友好的であろうがそれなりの迫力は生じるものだ。
それでも、エルヴィン少年はマケンから目をそらさず、はきはきと応えた。
「エルヴィン従士であります! マケン殿におかれても、以後お見知りおきを!」
「ほお、なるほど。良い弟子を持ったな、ティエス卿」
「手に余るほどだよ」
マケンは屈めていた膝を戻し、目線をティエスにやってニヤと笑った(のだと思う)。いや毛むくじゃらの畜生の顔の細かい機微なんてわからんがな。よりによって毛足が長い犬種なんだよな。見た目は厳ついトイプードルだ。ご丁寧にカットまでしてある。どう頑張っても愛嬌しかふりまけないような顔の造形をしておいてちゃんと迫力や威圧感を醸しているのは、ひとえに本人の格ゆえだろう。ギャップの落差で足首くじきそうだ。俺は肩をすくめた。どうもエルヴィン少年は気に入られたようである。よかったね。
「クク。そしてまた、よい戦士を集めたものだ」
「そりゃな。そっちはどうだ、覚悟の準備は十分か?」
「むろんだとも。我が武士団の総員が、貴様と剣を交えるのを今か今かと待ちかねて折るわ」
「ハ、モテる女はつらいね」
「ぬかしおる。クク、ハハッ」
マケンが獰猛に笑んだ。とたんに奴から感じるプレッシャーが、先ほどまでの比ではなくなる。エルヴィンは背を跳ねさせ、ハンスがヒュゥと小さく口笛を吹いた。余裕があって結構。ま、これくらいのプレッシャーはそよ風みたいなもんだ。俺も歯をむいて笑う。
「明日の個人戦、我を暇にさせるなよ? ティエス・イセカイジン」
「奇遇だな、俺も退屈なのは嫌いなんだ。せいぜい楽しませろよ、マケン・ウルフマン」
俺たちはイイ笑顔のまま再びガシィと握手をする。友好の証に握る力も強くなっちまうなぁ! ちなみにこれは関係のない自慢だが、今の俺は中身入りのスチール缶も難なく握りつぶせる。関係のない自慢ではあるが。
向こうも随分友好関係をアピールしたいらしい。俺たちはそのままたっぷり十秒ばかり友好を深めると、名残惜しくもその手を離した。
「ではな、ティエス卿。今宵の宴、ゆるりと楽しまれよ。また明日、相まみえよう」
「ああ。マケン殿も楽しむといい。また明日な」
俺たちはそんなふうに、遊びの約束のような気やすさで別れた。俺は右手を火魔法の応用でひんやりアイシングしながら、マケンを見送った。
「ああ、それと」
ふと、マケンが思い出したような口調で立ち止まる。俺が注意を向けると、マケンはいたずらっぽく続けた。
「ナイショ話をするなら、念話を使うかもっと声を落とすことだ。我々は耳がいいゆえ、要らぬことまで聞こえてしまうのでな」
「そいつはご忠告、痛み入る」
俺は半笑いで答えた。お前らのことだぞ、ニアとハンス!
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