4-1 ティエスちゃんは夜会が苦手

「ふむ。イセカイジン卿であれば、ドレスもさぞ似合ったろうに」


「ああいうヒラヒラした服は苦手でして。なにより、此度は軍人として招かれたのですから、軍服こそが最もふさわしい正装であると考えます。……しかし、開口一番がそれでありますか。ハラグロイゼ卿ェ」


 一歩間違えればセクハラまがいの賛辞に半目になるティエスちゃんだ。今俺たちは森域統合府の中央政府庁舎、その名も統合府のレセプションホールにいる。歓迎のセレモニーを兼ねた夜会ってやつやね。森域には夜行性の人種もそれなり居るらしいからな。

 木目調を基調にしたシックで落ち着いた飾りつけのホールは、目測で200名ばかしの人数がひしめいてなお余裕がある。集った人々はずいぶんと煌びやかにめかしこんでいて、なるほどなかなかの気合のいり様だった。

 俺? 俺は前述のとおり軍服だよ。とはいってもいつも着てる野戦服じゃなくて、ちゃんとした制服だ。デザイン的にはあれだな、学ラン。黒の詰襟に黒のスラックスだ。なんで異世界なのに学ランなのよって? 知らんがな。個人的にはかなりクールなデザインだと思うぜ。学生の頃はずっと学ランだったしな。ネクタイが嫌で正社員雇用を蹴った俺だぞ舐めんな。

 スカートじゃないのはありがたいやら残念なのやら。ちなみにカラーには部隊章と階級章のピンバッヂが止付けてあり、士官以上は階級に応じた本数の飾緒を左肩から胸にかけて掛ける。勲章を持ってる奴は右胸につける感じだ。俺も5つばかり付けてるが、内訳についてはおいおいな。

 野外の場合は制帽も被るんだが、今回は出番なしだ。


「小粋なジョークのつもりだったのだがね。むろん、卿の考えは正しいとも」


 ハラグロイゼ卿は肩をすくめた。見目は若々しいのに、妙なところおじん臭い人だな。俺も半笑いである。愛想笑いが上手になるのは宮仕えの悲しさってヤツだ。

 なお、俺たち選抜チームはニアとエルヴィン少年を除いて全員軍服姿である。エルヴィン少年は背が小っちゃくて合うサイズの軍服がなかったんだよな。だから森域の貸衣裳屋でよさげなのを調達した。よってなんともロココなお貴族スタイルである。そう睨むなって。王子様みたいでステキやん。

 ニアは……令嬢の血が騒いだんじゃね? 知らんけど。めちゃめちゃ高価そうなターコイズブルーのイブニングドレスがよう似合ってはりますなぁ。胡乱な目を部隊全員+αから浴びせられてもツンとおすましそれが何? ってな顔を崩さないのは流石本物令嬢って感じ。

 ちなみにハラグロイゼ卿を筆頭とする外交使節の面々は燕尾服でビシッと決めておられる。ハラグロイゼ卿はそれに加えてタスキのような飾り帯も装着しており、一目で偉いとわかる格好だ。たしか大綬とかいうんだったか。


「せっかくの機会だ。卿らも存分に楽しむといい。ただし、あまり羽目は外さぬように」


「は。ご厚意、痛み入ります」


「うむ。ではな」


 ハラグロイゼ卿はにこりと微笑むと、貴人らしからぬ気安さで手をひらひらと振り、外交使節の面々を従えて人ごみの中に消えた。いろいろお忙しい御身分である。ちなみに身辺警護については外交使節内にSP的ポジションがいるので俺たちにお鉢は回ってこない。やったぜ。


「……楽しめって言われてもなぁ。これで素直に楽しめるやつは、よっぽど大物だぜ」


「方々からの視線が刺々しいでありますすなぁ」


「仕方ありますまい。我々はいわば――敵国の兵ですから」


 卿を敬礼で見送った後、半笑いでボヤいた俺に副官が同調した。トーマスも苦笑しながら小声で答え合わせをする。エルヴィン少年が頭上に疑問符を浮かべた。


「敵って、森域は友好国なんじゃ……」


「友好国っつーか、属国と宗主国ってのがより正確な感じなんだよな。反旗を翻したくてうずうずしてる感じ?」


「おおかた今度の親善試合だって、敵情視察のいい隠れ蓑でしょ」


 ハンスが耳打ちするようにエルヴィン少年の疑問に答えてやると、ニアがふんと鼻息荒く言い捨てた。きみたちねぇ、敵地のど真ん中って自覚があるならもうちょい声を抑えなさいよ。獣人ジューマンは人より耳がいいんだから。


「クク、なかなかに耳が痛い」


 ほらぁ~言わんこっちゃない。厄介ごとフィッシュしちゃったじゃん。

 含み笑いとともに俺たちの前に現れたのは、軍服をかっちりと着こなした犬顔……いや犬頭の男だった。

 んもぅ、頼むから面倒に発展しないでくれよぉ。

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