4-3 ティエスちゃんは厄介事君のこと好きじゃないけど、厄介事君はティエスちゃんのこと大好き

「……行ったか。もー、お前らマジで気をつけろよ。マケン殿はまだ理知的なタイプだったからよかったが、蛮族に毛が生えただけみたいな連中も多いんだからな。実際毛むくじゃらだらけだし」


「あんたが一番気をつけなさいよ!?」


 マケンと別れ、お小言モードのティエスちゃんだ。しかし逆切れはよくないぞニア。一応格式あるパーティーなんだからあんまりでかい声を出すな。


「ごきっとかみしぃって音を会場中に響かせてた中隊長に言われたくはないんじゃねぇかな。てか、なんでたかが握手であんな音が鳴るんだ?」


「会場全体がドン引きって感じだったっスね。小手先のことみたいな顔して高度魔法バトル繰り広げるのはやめたほうがいいと思うんスよ」


 エルヴィン少年が首を傾げ、ハンスが呆れたように言う。あれぇ!? その場を抑えた俺が責められる側なのなんで!?

 しかしハンスは認可を持ってるだけあってよく見ている。骨が砕けるだけの音では、あんな音は発生しないからな。


「仕方ねーだろ。郷に入ったら郷に従え、蛮族スタイルには蛮族スタイルだ。この商売、"無礼ナメ"られたら終わりだからな」


「どちらが蛮族かわかりませんな」


 俺の主張に、副官がやれやれと肩をすくめた。しかし普通の声量で蛮族蛮族言い過ぎたな。フフ、周囲からのざらつく視線が心地いいぜ。ちょっと夜風にあたって来よ。俺はそそくさと会場を抜け出した。おい付いてくるんじゃないよ自由行動だぞろぞろガーデンじゃねーんだぞ。


///


 そんなわけで俺とエルヴィン少年は統合府の庭にいた。なんでエルヴィン少年同伴なのかってそりゃこいつがまだ未成年で保護者が俺だからだよ。髪のこともあるからな、ここじゃあ目の届く範囲より外に出すのはちょっと危険な感じ。ハーフってのは人間からも白い目で見られるが、同じようにエルフからも嫌悪の対象として見られがちだからな。ひとりにはさせておけんだろ。

 庭は特にライトアップされているわけでもなく、人影はない。レセプションホールから微かに漏れ聞こえる異国情緒漂う音楽がどこかさみしい。たとえるなら、縁日をやってる通りから一本外れた通りを歩いてる時みたいな感じだ。伝わるだろうか。


「どうよ、少年。初めての外国は」


「そりゃ、驚くことばっかりだって。獣人とか俺、初めて見たし」


「あー、国内にはほとんどいないもんな」


 別に王国も獣人の入国を拒否してるわけじゃないが、やはりあそこまで見目が違うとほんのり排斥ムードになるのは否めない。それに獣人はその身体特性上、その生理活動において専門的な設備を要することが多くある。王国でそのへんの配慮をしてるのはよっぽど格式高いホテルとか料亭くらいなので、敢行するにしろ定住するにしてもつらいものがあるからな。

 その点エルフやドワーフ、オーク、ゴブリンなどの森域の盟主種族は限りなく人間に近い生態をしてるから、王国内でもたまに見かけることはある。


「さっきのマケンって人は、犬人コボルトだろ? ほかにもチラ見した感じ、小猫人ケットシーとか、蜥蜴人モクレンとか……あ、それと魚人シーマンはインパクトあったなぁ」


「あいつらはなー。オカで見ると結構圧倒されるよなぁ」


 魚人というのは森域中央にほど近い湖の中に生息する水棲獣人で、水中活動に特化しすぎたため肺を持たない。つまり鰓呼吸の人型生物なワケ。だもんで陸上では呼吸ができないから、こういう場には潜水服の中に水をなみなみ入れて、エアーポンプを担いだ姿で現れるわけだ。つまり絢爛のポイポイダーみたいな感じ。こっちはイルカじゃなくてインスマスだけどな。ちなみに声帯も水中特化しちゃったため、主に陸では手話と筆談でコミュニケーションをとる。それでいて非常に賢く機知に富み、争いを好まない文官タイプなので、総じてなかなかにインパクトの強い種族である。


「それにさ、あの……ん?」


「どうした?」


「いや、あそこ。なんか揉めてない?」


「んー、どこよ。夜の運動会としけ込んでるだけじゃないのか?」


「いや、そんな感じじゃないんだって」


 話の途中、エルヴィン少年が何かに気づいた。指さされた方向を確認すると、確かに夜闇に紛れそうな二人の人影が見える。一人は女だな。服でわかる。もう一方は……男か? 黒づくめなせいで体格も判然としないから確証はないが。しかしすげーなエルヴィン少年。俺も気が付かなかったぞ。スカウトの素質あるな。

 さて、それはともかく。たしかに甘い雰囲気ではなさそうだ。森域でも強姦はご法度だったはずなので、見つけたからには見過ごすわけにもいくまい。

 めんどくせぇなあとため息を一つ。エルヴィンを物陰に待機させて、俺は現場へ向かった。


「おい、そこの。そういうのは同意の上、ホテルで……うぉ!?」


 あまりにも早い剣閃、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。飾緒の末端が切られて舞う。こいつ、ためらいなく急所を狙ってきやがった。俺は咄嗟に盾を生成し、シールドバッシュの要領でぶつかる。がいんという金属同士がぶつかる音が、暗い庭に響く。

 黒づくめの男――男なのか? 近づくと余計にわからなくなった。とにかく、敵は俺のチャージで数歩たたらを踏んだ。すかさず、生じた男と女のはざまに自分の体をねじ込む。百合の間に挟まった訳じゃないから許せよ、なんて冗談いってる暇もねえなこりゃ。手練れだ、隙がない。盾を水魔法の応用で剣に再構成して構えると、敵はバックステップで距離をとった。

 ったく、なんでこうも面倒ごとばっかおきやがるかねぇ!!

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