2-18 ティエスちゃんは決闘する(決闘編)

「本決闘の立会人を務める、スゴスギル・エライゾである。両者、相まみえよ」


 本日は御日柄もよく、抜けるような晴天には浮雲がいくつか揺蕩っている。絶好の決闘日和だ。立会人を買って出たエライゾ卿の宣言に従って、俺と俺と正対するハナッパシラ君が一歩前に出る。しかしエライゾ卿、暇なのか??


「レギュレーションは一対一、強化鎧骨格禁止、ほか装備自由、魔法禁止。挑戦者の望むもの、選抜隊への参加。応戦者の望むもの、罰則便所掃除一年間。意義あらば申し立てよ」


「異議なし」


「異議なーし」


 俺たちが答えると、エライゾ卿は鷹揚に頷く。


「それでは両者、悔いのないように。――はじめ」


 決闘開始の宣言は、静かなものだった。俺は腰に提げた剣の鞘を払う。今回俺の選んだ得物はオーソドックスなアーミングソードだ。細身の両刃剣で、片手での取り回しも丁度いい軍の標準装備な数打ちである。もちろん刃引きしてあるが鉄の棒だからな。これで頭をぶん殴れば大体の生物は死ぬ。故意の殺しはご法度だしそもそも優秀な部下を殺したくもないので、その辺は注意しないとな。どうでもいい相手なら事故を装って頭を狙うんだが。

 対するハナッパシラ君の得物もまた数打ちの標準装備品だが、俺の持つ剣よりも肉厚で幅広の剣だ。ブロードソードって奴やね。


「行きます!」


「おう、来い」


 わざわざ宣言するこたねーだろ。俺は苦笑した。まったく真面目ちゃんだな。

 ハナッパシラ君が踏み込む。独特の歩法だ。一足飛び、なんて言葉があるが、さながらあれは三足飛びというところだろう。妙な緩急が付いていて、間合いが図りにくいうえに速い。なるほど、鍛えているというのは間違いない。

 相対する俺はというと、まぁ、これくらい余計なことを考えていられるほどの余裕があるわけでして。お、仕掛けるか。剣の振りに若干の迷いがあるな。若いぜ。いやまぁ俺も十分若いが??


「踏み込みが甘いッ!」


「ガッ!?」


 エリート兵直伝の切り払いだ。ハナッパシラ君から見れば、俺は一切動かないまま自分が弾き飛ばされたように見えるだろう。俺のやったことといえば単純で、相手の振った剣の運動エネルギーをこう、クイっとずらしてやっただけ。まぁ、合気みたいなもんやね。自己流だけど。


「どうした、そんなもんか? お前の鍛錬の成果ってのは」


「ッ!」


 頭に上りかけた血を、無理やり抑え込んで平静を保ったか。この状況でちゃんと理性が利いてるのは流石といったとこだ。ハナッパシラ君は跳ねるように飛び起きると同時に地を蹴り、先ほどとは違うステップを踏みながらまたしても俺に肉薄する。おっ、剣の振り方も変えてきたな。試行錯誤できるのは良いことだ。俺はその剣先にそっと自分の剣を添えて、さして力もかけずにベクトルをあちゃらにズラす。左手は添えるだけ、みたいなやつだ。知らんけど。

 こんどは俺の後方に向けてすっ飛んで行ったハナッパシラ君だったが、すぐに立ち上がって構えをとる。今回は気持ちゆっくり目にやったから、俺が何をしたのかは見えていただろう。見えてなかったらまだまだ修行が足りんな。


「まさか、ここまで歯が立たないとは思いませんでした」


「しゃべってる余裕があるのか?」


「いえ、行きます!」


 ハナッパシラ君が地を蹴る。またしても違う動きだ。レパートリーが多いな。俺は一歩距離を詰めて、剣の腹でハナッパシラ君のすねを軽く打った。軸足のバランスをかき乱されて、盛大にすっころぶ。ハンドガードの突起が目に入ってなきゃいいけど。神経系の再生は魔法をもってしてもそれなりに難しいからな。

 しかし彼はすぐに立ち上がり、また仕掛けてくる。剣を振る手をつかんで、投げ飛ばす。しかし彼は立ち上がる。籠手を打つ。剣を取り落とすがすぐに拾い上げる。また向かってくる。どてっぱらに蹴りを入れて吹っ飛ばす。立ち上がる。上空から飛びかかってきたところを対空入れて叩き落す。立ち上がる。円運動からの奇襲を背中に回した剣で受けてからめとり、あちゃらの方向に投げ飛ばす。立ち上がる。転がす。立ち上がる。転がす。立ち上がる。転がす……

 そんなシーケンスを十数ばかり繰り返して、それでもハナッパシラは立ち向かう。なるほど見上げた根性だ。ナイスガッツ。いかにも折れそうな名前に反して、その心はきっと鉄骨鉄筋コンクリート造であるらしい。座屈にも横曲げにも強い。

 しかし、そろそろ飽きてきたな。そのガッツは買うが、俺に一撃入れられるほどの力はない。戦いに根性は必要だが、根性だけではどうしようもないのも戦いだ。


「そろそろ終わらせるか。どうだ? 楽しめたか、ハナッパシラ君」


「はっ、はっ……ええ、とても」


 息を落ち着かせながら、不敵に笑うハナッパシラ君。もう体中砂まみれで、体の各所は切り傷擦り傷打撲のオンパレードだというのに、その言葉に一切のウソや虚勢は感じられない。心の底から、この戦いとも呼べないような戦いを楽しんでいるのだ。なるほど、イキリマクッテンネン家の男児としてふさわしい。磨けばきっとビカビカに光ることだろう。


「いい度胸だ、気に入った。褒美に俺の技を見せてやるよ。防いで見せろ」


「ありがとう、ございます……!」


 俺はようやく、剣を大上段に構えた、ハナッパシラ君は剣を短く持ち直して、防御の構えをとる。まったく、最初から最後まで胸を借りるつもりだったな? いい性格してるぜ。

 俺は笑みを消して一息短く吸うと、次の瞬間には十歩の距離を一歩で跳んで、大上段からの振りおろしをハナッパシラ君の脳天に向けて打ち込んだ。直撃すれば、まあ死ぬだろうな。

 だが、そうならないであろうこともまた予想できた。自画自賛にはなってしまうが俺の神速めいた攻撃を、ハナッパシラ君は見て、そして反応したのだ。俺の口端が覚えず吊り上がる。俺の剣は頭上に掲げられたハナッパシラ君の剣をぬるりと切断し、その脳天の髪の毛一本という位置で静止した。寸止めって奴やね。


「参り、ました」


 得物を失ったハナッパシラ君は、半ばから断ち切られた剣を見て一瞬の喜色を浮かべた後、心底晴れやかに降参を宣言した。


「勝負あり。勝者、ティエス・イセカイジン」


 いつのまにかすぐ横までやってきたエライゾ卿が決闘の終了を宣言し、今回の決闘騒ぎは幕を閉じたのであった。


 余談であるが、決闘の終了が宣言されたと同時にハナッパシラ君は糸の切れた人形のようにぶっ倒れた。うん、今日は休め。

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