2-17 ティエスちゃんは決闘する(準備編)

「決闘を挑むもの、以下挑戦者、ハナッパシラ・イキリマクッテンネン。決闘を受けるもの、以下応戦者、ティエス・イセカイジン。決闘形式は1on1、日時は明日15:00。決闘場所は第3練兵場Dブロック。レギュレーションは強化鎧骨格禁止、ほか装備自由、魔法禁止。挑戦者が望むもの、選抜隊への参加。応戦者の望むもの、罰則便所掃除1年間。条件妥当と判断し、決闘の申請を受理します。よろしいですね?」


「異存はない」


「問題ねーぞ」


 お役所に書類を出しに来たティエスちゃんだ。ハナッパシラ君といっしょに拇印をぺたり、と。ちなみに俺はボインでこそないが絶壁でもない。いや、関係ない話だったわメンゴ。

 あのあとよしやるか決闘! となって、現在俺たちは基地の本部ビルにある総務部総務課の窓口まで来ている。総務課はその名の通り何でも屋のような部署で、こうした本来お役所で手続きしなきゃいけない公的書類関係を代行してくれる出張所のような役割も持っていた。ちなみに山口六平太や有馬係長はいない。


「ではこちらを。説明するまでもないかと思いますが、決闘許可の鑑札です。決闘終了後に窓口に返却してください。当日の立ち合いは必要ですか?」


「いや、立会人はこちらでお呼びしている。不要だ」


「わかりました。では、ご武運を」


 ハナッパシラ君がカード状の許可証を受け取りながら言った。窓口担当官は極めて事務的に激励をして、決闘の申請はつつがなく終了である。

 今更だが、この国では「決闘」というものが制度として認められている。いまだに貴族文化が深く息づいているからなのだろうなぁ。それでも無許可の野良決闘は普通に決闘罪でしょっぴかれちゃうので、こうやってかったるい手続きにきているわけやね。

 ちなみに決闘の許可申請、書く書類が結構多くてかなり面倒くさい。申請にも必ず決闘をする双方が同意の上で同席し、風魔法を利用したウソ発見器付き拇印捺印マシーンで両者の判を押す必要がある。

 まぁおそらくわざとめんどくさいようにしてるんだろうけどな。決闘法にのっとれば、故意に殺してはならないものの不慮の事故に関しては免責する旨の記載があるし、ポンポン決闘されても行政に負担がかかる。なので今の時代ではほとんど有名無実な制度となりつつあるわけだが……。


「ったく、エライゾ卿の口添えがなかったらあの場ではっ倒してたとこだぞ」


「申し訳ありません、中隊長殿。我が家のわがままに付き合わせてしまい……」


「武家の連中の思考回路はたまによくわからん」


 本部ビルを出た俺たちは、宿舎に帰る道すがらを雑談しながらぶらぶらと歩いた。われながら、明日決闘するとは思えないようなたるんだ雰囲気だ。ハナッパシラ君は面接のときの威勢はどこへやら、先ほどから恐縮しきりだしな。


「エライゾ卿や父上のお考えも、私にはわかるのです。エライゾ領筆頭家老の嫡子を選抜メンバーにねじ込みたいという思いと、かといって実力のないものを選抜メンバーに入れて恥をさらすわけにはいかぬという思いがせめぎあって、こういう結果として出力されたのではないか、と」


「エライゾ卿は絶対面白半分だと思うけどな」


 あのおっさん、なんか俺に難題(無理のつかないところがミソ)吹っ掛けて右往左往するさまを楽しんでる節があるんだよな。あんな紳士みたいな物腰しといて、中身はきっとド級のサディストに違いない。

 ハナッパシラ君は苦笑いをした。


「確かに伯父上にはそういうきらいがありますが……それ以上に思慮深いお方でもあります。父上とは違って、きっと深謀遠慮を巡らせておられるはずです」


 ちなみにハナッパシラ君の母君はエライゾ卿の妹御であらせられるので、遠い意味では俺らも親戚みたいなもんである。まあまだヒョーイとアリナシカは結婚してないから、縁もゆかりもないがね。将来的にはって話だ。

 そんで絶賛disられてるハナッパシラ君の父君――ズニノール・イキリマクッテンネン卿には俺も面識がある……というか直属の上司なのだが、エライゾ卿より十は年かさだというのにいまだ筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。いや変態ではねーな、失言だった。

 ズニノール卿は確かに直情的なところこそあれ、あれでなかなかの策謀家だ。家柄だけでは大隊長という職は務まらない。それを知って謙遜しているのか、それを知らずに見くびっているのか。前者だと思いたいけどなぁ。


「しっかし、家の都合で仕方ねーのはわかったけどよ。ハナッパシラ君はそれでええんか? 自意識ちゃんと持ててる? アイデンティファイ?」


「それはもちろん。きっかけは父の言いつけでしたが、今はあのティエス中隊長殿と剣を交えることができるのが楽しみでなりません。王国で五指に入る武人つわものに、己の鍛錬の成果がいかほどまで通用するか、確かめてみたいのです」


 ハナッパシラ君は瞳を輝かせながら、年相応の少年のように弾んだ声で言った。なるほど、こいつも若輩ながら頭武家だったか。だがまぁ、嫌いじゃないわ!


「へっ、うれしいこと言ってくれるじゃないの。それじゃあとことん楽しませてやるからな」


 俺はこぶしをスッと突き出した。一瞬面食らったハナッパシラ君だったが、すぐに糸に気が付くと嬉しそうに己のこぶしも付きだす。中空で、二つのこぶしがこつんと合わせられた。互いの健闘を祈る、プリミティヴなジェスチャー。


「だが手加減はしねーぞ。覚悟しろ?」


「望むところであります!」

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