2-9 ティエスちゃんはジョギングがお好き
「よォ―し、ラスト一周! ペース上げるぞ!」
『オォーッ! イエッサー!!』
「いえっさぁぁ」
うむ、いい気概だ野郎ども。若干一名を除いてな。先頭でメガホンを振り回しながら走るティエスちゃんだ。現在第一小隊の連中を引き連れてグラウンドにて十キロの走り込み中。
当基地で最も大きい基礎体力訓練用のグラウンドは1周1キロメートルからなるランニングトラックをもち、いつも使用権の取り合いになる場所だ。今月はエライゾ卿の粋な取り計らいにより、わが第一中隊が優先して使用できるようになっている。ほかの中隊の隊長連中からいくつか嫌味を言われたが、そのたびにお前が遠征行く? と聞いてやるとそろって顔をそむけて口笛を吹いた。前から思ってたけどリアクションが一昔前なんよ。
さて、若干一名ことエルヴィン少年は死にそうな顔をしているが、まぁよくついてきているほうだろう。体づくりなんてしたことないだろうしな。試しに第一小隊と同じ訓練メニューにぶち込んでみたが、明日からは別けたほうがいいなこりゃ。
となると教育係を別につけねーとなぁ、どうすっか。俺? 俺は無理だよ選抜チームの選出と練度増強で手いっぱいだ。副官もダメ。あいつには事務やらなにやらいろいろな仕事をドッサリ振る予定だからな。さすがにこれ以上はかわいそうだ。で、選抜メンバー候補もダメ。あいつらには他人のことよりもまず自分のことを徹底して苛め抜いてもらわにゃならん。
となると、うーん。とりあえず選抜決定までは俺が見て、後は選考落ちメンを教育係に据えるのがベターかねぇ。うーんやることが、やることが多い。
俺はそのフラストレーションを、ひとまず部下にぶつけることにした。
「オラァ! ちんたらしてんじゃねー! ついてこれねーやつは周回追加すっからなァ!」
『イエッサー!』
ペースを上げる。首掛け式スピードメーターの表示は時速換算で13km/hそこそこ。いつもよりずっと緩やかなペースだ。隊の連中は軽いジョギング感覚だろう。ちょっと手加減しすぎたかもな。
そういやエルヴィン少年のひよわボイスが聞こえなかったな。しんだか? ちらりとうかがってみると、なんとがむしゃらに食らいついてきている。おいおい、ナイスガッツじゃねーか。俺はちょっとうれしくなった。
「第一小隊、ファイっ」
『オー!!』
今日もグラウンドにはむくけつき男ども(たまに女ども)の咆哮が響く。
///
「ご苦労諸君。準備運動はすんだようだな?」
『サー・イエスサー!』
走り込みを終え、グラウンドの端に整列した息一つ乱していない連中(一名を除く)が、やすめの姿勢で唱和した。世界が変わっても気を付けとかやすめとかの動作は似たり寄ったりだ。実に軍人って感じで頼もしいことこの上ない。
俺はにっこり笑って続けた。
「まだ動き足りないよなぁ?」
『サー・イエスサー!』
「よろしい、ではこれより行軍訓練を行う。40分後に完全装備で第2演習場前に集合! 解散ッ!」
『サー・イエッサー!』
隊員たちは蜘蛛の子を散らすように駆け足で解散していった。その場に残ったのは訳も分からずぽかんとした様子のエルヴィン少年である。疲労の色が隠せていないというか隠してないというか。まだまだだな。
「エルヴィン、聞こえなかったか? すぐに準備するぞ」
「いや、その……準備って、何をすればいいのか全然」
おいおい、ちゃんと昨日説明を……してないな。そういや飲み会の後にでも話そうと思ってて酔いつぶれたんだったわ俺。うっかりうっかり。テヘペロ。俺は一つ咳払いをした。
「そういやまだ教えてなかったな。これから楽しいピクニックに出発する。用意するからついて来いエルヴィン従士」
「サー・イエッサー! ……遠足???」
「なぁに、そのまんまの意味サ。ついてくればわからァ」
俺はエルヴィン少年の背をポンと叩いた。行く道すがらいろいろ教えてやるから、さっさと移動すんぞ。俺が遅刻したら面目丸つぶれだからな。
「そら、駆け足!」
「い、イエッサー!」
目指す先は訓練用武器庫だ。ここから1キロくらいあるから覚悟しろよ~~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます