2-8 ティエスちゃんは朝食中

「なるほど、エライゾ卿のご息女であらせられたと……」


「もう、急にかしこまるのはやめてくださいよ~。今の私はただの医務官ですし、階級だって中隊長さんよりずっと低いんですから~」


「はぁ……しかし……」


「それに妹のこともありますし~、エライゾ家とイセカイジン家はもう親戚みたいなものじゃないですか~」


「うーんなんだろうこの見えないプレッシャー」


 妙なプレッシャーを感じるティエスちゃんだ。現在みんなで楽しくブレックファーストなう。あのあと話は飯食いながらにしない? ということになって、そういうコトになった。駐屯地の食堂は基地内の数か所に分散配置されていて、基本的に部隊ごとに割り振られた食堂で食事をとる。理論上はすべての食堂をフル活用すれば基地内の全職員が一度に襲来してきても捌けるようになっているらしい。というのは食堂のおばちゃんの言だ。まあ全員が詰め込まれるとぎちぎちすぎて優雅な朝飯ってわけにもいかないので、時間をずらすのが慣習となっていた。

 通常の飯屋なら書き込み時な時間から少しだけずれていたから、今日の食堂はいい具合に空いている。エルヴィン少年が席をとってくれていたので、何事もなくいつものテーブルに着席できた。あるよね、なんかここは自分の席だぞ、みたいなエリア。ちなみに少年には先に食ってろと言っておいたんだが律儀なやつだぜ。

 今日の朝飯はA定食だ。白米に塩じゃけ、お新香に納豆とみそ汁の組み合わせで、実に和食ライクである。こりゃぜって―俺以前にも転生者さんいたわ。ちなみに全部似たような別物だ。コメはジャポニカ米じゃなくてインドの……なんだっけ、ビリヤニ? あれに使われてる粒の細かい品種に近いし、鮭モドキも切り身はクリソツだが泳いでる姿はまるきり別物だ。味噌も赤みそだし。納豆はわりかしそのまんまだな。醤油がちとしょっ辛いけど。きっと先輩てんせいしゃ方の不断の努力があったんだろう。感謝するぜ。この国の飯はうまい。


「メシの顔してるとこ悪いんだけど、え、どういう状況?」


 エルヴィン少年が納豆をフォークでかき混ぜながら困惑しきり、といった風に尋ねた。なんだ箸使えねーのか、教育だな。


「今度の遠征に、エライゾ卿のご息女が同道してくださるって話だよ」


「あ、このへんご内密に~」


「そんなん食堂で喋ってていいのかよ!?」


「なんだ気付かんか? こんな高度な遮音結界、抜けるやつぁ俺以外いねーよ。この基地ンなかにはな」


 俺はみそ汁をすすりながらしれっと答える。うーん、俺白みそ派なんだよなぁ。うまいけど。エルヴィン少年は少しだけ考えこんでから、探るように推測を発した。


「つまり、ええと……お目付け役、ってコト?」


 相変わらず初手で核心をついてきやがる。俺は楽しくなった。


「どうしてそう思った?」


「どうしてって、領主が自分の娘を――しかも、あんたの話だと相当の使い手をわざわざつけるなんて、そりゃ、俺が国外に出るからってことだろ? したら、信用できるやつを、お目付け役にするってもんなんじゃないのか? 軍病院の看護士なら、大本は軍の医務官なわけだし、異動になってもそこまで変じゃない……だろ?」


「おお、だいせいか~い」


 看護士がぱちぱちと小さく手をたたきながら言った。相変わらず察しの良すぎる少年も少年だが、そこまで言い当てられて一切表情を崩すことのない看護士も看護士だ。こいつ、絶対ただの医務官じゃねーな。公安の犬か? おれはその推測を厳重に思考ロックをかけて封印して、表面上はポーカーフェイスを取り繕った。しゃけウマっ。

 エルヴィン少年はエルヴィン少年で、自分の推測が大的中していたことに頭を抱えている。辺境伯である領主にそこまで気に掛けられる存在ということは、そのまま彼の実家の太さに直結するからだ。少年はそれがわかるだけの頭を持っていた。やれやれ。袖に納豆ついてんぞ。


「とりあえずそういうことなので~、私の正体とかはご内密に。中隊長さんも、病院の時と同じくらいフランクに行きましょ~。ね」


 「ね」に込めた圧が強いんだって。俺は半笑いになりながら、納豆掛けご飯をざらざらと胃に流し込んだ。水を一杯くいっと飲み干して、一息つく。


「了解だ。遠征組の体調管理は任せたぜ、ミッティ医務官」


「任されました~」


 いつしか遮音結界は消えていた。まったく、面倒くさいのがまた一つ増えちまったぜ。

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