2-7 ティエスちゃんは再会する
「あ"ぁ"~~アッタマいてぇ~……」
二日酔い継続中のティエスちゃんだ。朝礼をちゃちゃっと切り上げて現在医務室に向かい移動中。まぁ朝礼中ずっと俺はグロッキーだったから、仕切りはほとんど副官任せだ。あの野郎今日はずいぶんイキイキしてやがったしな。精気を吸われた気分だよまったく。ふつう逆じゃねぇ? ま、おかげで諸々手早く澄んで助かったけども。
エライゾ領駐屯地は辺境伯のおひざ元ということもあり、ずいぶん広くて立派な基地だ。領の都のある丘のふもとに、上空から見れば開いた扇のような形で立地している。面積はメートル法換算で15平方キロメートルそこらだったはず。真四角だとするとだいたい4キロメートル×4キロメートルくらいの面積だと思ってくれればいい。逆にわからん? まあちっちゃい街がすぽっと入るくらいのでかさだと思ってくれりゃあいい。もっともそのほとんどは演習や訓練に使うグラウンドやのっぱらだけどな。司令部や宿舎なんかの建物はみんな、だいたい扇の要の位置に集約している。
とはいえ広いものは広いので、二日酔いの人間がさすらうにはずいぶん堪える。医務室は様々な機密性の低い部門が雑居したビルのワンフロアにあって、広さとしては個人経営のクリニックってところだ。一応入院設備もあるが、ひどいのはすぐ横にある軍病院に運べばいいからな。だからここは診療所というより医務官の詰所といった趣がつよい。
俺は受け付けのねーちゃんにまたか、みたいな顔をされつつ顔パスで中に入っていき、一番奥の部屋のドアに手をかけた。
「せんせー、二日酔いなおすやつ頼まァ」
「おはようございます。またですか」
「またなんだわ」
夜勤明けのコーヒーをたしなんでいた部屋の主は、なんとも言い難い表情で息を一つはいた。
トシはまだ40にもとっついていないはずだが、飲み干したコーヒーカップをデスクに置く所作そのくたびれた風貌は初老のそれだ。いやまあ髪が白いから、きっとそう見えるってのはあるんだろうけど。帝国人の血が入ってるんだったかな。目の下のクマと眉間のしわを除けば顔自体は整っているし、肌は多少荒れているがしわくちゃってわけではない。雰囲気が爺くさいのだ。これがベッドの上だとなかなかお若いんだが、それはそれとして。俺は勝手知ったるとばかりに診療台に横になった。
「はやくたのむ。頭が痛くて死にそうなんだよ」
「死にやしませんよ、まったく。まあ、手間が省けたと思えばいいか」
「てま?」
「ええ。次の任務に随伴させる医務官をこちらで選出しましたから。紹介の手間が省けました」
そういって、医務室長のイーシャ・バンアレンはクイッと角ぶちの眼鏡を直した。窓から差す朝日がレンズに反射してギラリと光る。なんだ? 流行ってんのかそれ? 医者連中の中で。
「そういう仕事の話はあとでいいんだよォ。俺の乙女の尊厳がピンチなんだ、時は一刻を争う」
「もう減って困る乙女も残ってないでしょう。あなたにはいい薬です」
失礼が過ぎんか!? 俺は憤慨しようとしたが二日酔いに阻まれた。あがが。
「先生、その辺で勘弁してあげてくださいよ~」
おっと第三者の声。でもイーシャの秘書官じゃないな、女の声だもの。いやでも聞いたことあるぞこの間延びした感じの声。俺はグリンと頭を声のした方に向けた。そしてたまげた。
「フム、では手短に。彼女が次の任務に随伴する医務官のミッティ君です」
「おひさしぶりで~す」
看護士じゃねーか!? 久しぶりってほど久しぶりじゃねぇーだろ! 俺はそのツッコミをにわかに飲み込んだ。きっとそれを口にしてしまえば、言葉以外のものが一緒にまろび出てしまうからだ。急に頭をグリンってしたのがまずかった。グリンってしなきゃよかった。
「知り合いでしたか、ちょうどいい。ミッティくん、僕は食事を摂ってくるので、中隊長殿の治療はお願いしてもいいかな」
「了解で~す」
「あっ職務放棄!」
俺がそれをとがめる間もなくイーシャは廊下に消えた。いくらなんでも薄情すぎんか?? 徹夜明けの当直終わりギリギリに駆けこんできただけだぞ俺は。そりゃキレるわ。
俺がそんな益体もない思いを巡らせている間に俺の頭をガッとつかんでいた看護士が、手早く魔法を行使する。俺の索敵に引っかからなかっただと!? いやまあ今の状態じゃあさもありなん。俺は魔法防御を解いた。とたんに脳を苛んでいた痛みも、意からせりあがってくる不快感もスゥーーっと消えていく。うーん結構なお手前で。マジでこの看護士、雰囲気に反して手練れが過ぎる。俺は安堵の長い息を吐いた。
「どうです~? すっきりしたでしょ」
「ああ、ばっちりだ。サンキューな。ところで」
俺はひとまず礼を述べた後、診察台の上で胡坐をかきながら仕切りなおすように尋ねた。
「お前さん、いったい何モンだ?」
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