2-6 ティエスちゃんは二日酔い

「んがっ」


 ぱちりと目覚めたティエスちゃんだ。あったまいてぇ……完全に二日酔いだこれ。枕もとの時計がさす時刻は午前4時。起床のラッパが鳴るまで2時間ほどの猶予がある。

 ここは……うん、ピーターの部屋だな。当の本人が乱れた寝台でスヤスヤ寝息を立てているからわかる。いわゆる同衾中というやつやね。なるほどね。俺はピーターを起こさないように静かに上体を起こす。日の出前の室内は暗くてよくわからないが、それでも寝乱れるどころの騒ぎでないありさまは見て取れたし、昨夜何が行われたのかは容易に察しが付いた。


「……うっわ。だいぶ派手にやったなぁなんも覚えてないけど」


 うぶなねんねじゃあるまいし、それしきのことで動揺することはない。ただ、この世界では貴重な娯楽であるめくるめく夜を全く覚えていないというのはシンプルにもったいないと思ったし、汗やら何やらで体がべたべたなのはうんざりする。

 士官階級の個室には簡素なシャワーブースが併設されていて、こういう時はひどく助かる。兵卒の連中は共同のシャワールームだからな。そういう時に居合わせるとひどく気まずいらしい。ま、俺には無縁の話である。

 それにしたって頭が痛む。心臓の鼓動に合わせて、締め付けるような痛みが常時脳を襲う。真のアル中はこれすら快感を覚えるらしいが、さすがに俺はそこまでの達人ではない。前世むかしは下戸だったしな。現世いまはそれなりにたしなむようになったが、どうやら俺の肝臓は持ち主と違ってひ弱であるようだった。情けない限りだが、ここを鍛える方法は寡聞にして知らない。

 べッドから降ろしたはだしの足裏がひんやりとしたビニルシート張りの床に触れる。足には倦怠感がまとわりついていて、それは自分の体重を全部支えるころにはピークに達していた。アルコールの後遺症もあるが、それにしたってずいぶんと激しい運動をしたらしい。そういう疲れも全部、シャワーの熱い湯で流してしまおう。

 ベッドからシャワーブースまでの距離が、やけに遠く感じた。


///


 最低限の身支度を整え自室に戻ったのは、ラッパのなる10分前だった。あの後起き出してきたピーターと一戦やらかしたのがまずかったな。おかげで慌てる羽目になった。やれやれだ。

 自室の扉を開けると、部屋の掃除をしていたエルヴィン少年と目が合った。


「おっ、少年起きてたか。よく眠れたか?」


「初日から朝帰りかよ……まぁ、いびきも寝言も聞こえなかったし、ここ最近じゃあ一番よく寝れた。あんたもゆうべはお楽しみだったようで」


 エルヴィン少年は半眼で皮肉気に答えた。かわいくねーやつだ。ところで俺、そんなにいびきとかひどい? マジ?

 俺はちょびっと動揺したが、それを隠すようにおどけて見せた。


「どうだかな。さっぱり覚えてねーんだわ。それより少年、そこの棚の薬取って。緑の瓶のやつ」


「あんま飲みすぎんなよな……これ?」


「それそれ。さんきゅ」


 手渡された薬瓶から、錠剤を3錠手のひらに出す。金平糖めいた形状の赤と黒と緑の蛍光色なまだら模様が目に優しくないサイケデリックな見た目に、エルヴィン少年は顔をひきつらせた。


「何の薬だよそれ。だいぶやべー見た目だけど」


「魔法薬ってやつだよ。まぁ俺が独自に精製した奴だけどな」


「やべークスリじゃん」


「ちがわい。あのなぁ、俺はエーテル取扱者甲種一級もちだぞ? その辺の在野の魔法薬師より腕は上だ。まぁこれ売ったりしたらたぶん捕まるけどな。衛生局の認可は受けてないし」


 ちなみに効能は、摂取の時間から遡って24時間以内に体外から侵入してきた異生物を軒並みぶち殺すというものだ。ここでいう異生物には細菌ばかりかウイルスも含まれるし、他人が分泌した体液とかそれに含まれる生殖細胞なんかも含まれる。まぁ高度な風邪薬兼避妊薬やね。抗生物質なんてメじゃない効き目がある。いわば攻勢物質だ。ただ完全に俺の魔導鎖仕様で調整してあるから、他の人間が飲んだら泡吹いて死ぬんじゃねーかな。薬物濫用ダメぜったい!


「やべークスリじゃん!」


「脱法薬物と言え。法には触れてねー」


 法にも穴はあるんだよな。俺は騒ぐエルヴィン少年をしり目に錠剤を口に放り込んだ。とたんに舌を介して甘味とも苦味とも酸味とも辛味とも無味とも違う未体験ゾーンな刺激が脳を突き上げる。なんていうのかな、形容しがたいんだけど、とにかくドーパミンがドバドバ出てる気がする。最高にハイって奴だ。うん、やべークスリだわこれ。

 まあこのヘヴン状態もきっかり3秒で終わる。そういう風に調整したからな。なんでって、味が不味すぎてそうでもしないと吐いちゃうんだわ。試行錯誤の結果ってやつやね。

 我に返ると、エルヴィン少年がドン引きしていた。


「なんだよぅ」


「なんだよじゃねーよ。あんた今どんな顔してたかわかってんのか?」


「いやぁ、見たことないからわからんが想像はできるぞ。多分顔の表情筋全部が解け切って目は半開きになり焦点はうづろ、あごの落ちた口からはよだれがダラダラって感じだろ?」


 俺はシャツの袖で口の端をぬぐいながら答えた。


「大正解だよ!!」


 エルヴィン少年は憤慨した。うるせぇなぁ。朝からでかい声を出すんじゃないよ、頭に響くだろうが。さっきのクスリじゃアルコールは分解できねーんだから。朝礼終わったら医務室よってこよ……。

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