2-3 ティエスちゃんは実は腹ペコ

「我々に与えられた次の任務は、ひと月後に開催される森域統合府の記念式典への参加だ」


「つまり、使節の護衛任務でありますか?」


「無論、それもある。が、それだけじゃあない」


 副官の質問に一応うなずいてから、にやりと口の端を釣り上げてもったいつけるティエスちゃんだ。現在業務連絡中。


「えぇ? 今度はどんな厄介ごとが」

「また徹夜かぁ」

「今のうちに休暇取っとこうかな」

「おれ、帰ってきたら結婚するんだ……」


 とたんにざわつきだす隊員たち。朝っぱらからノリのいい奴らだ。今のうちに余裕ぶっこいとけ。俺は居並ぶ隊員たちを睥睨し、ざわつきが収まるのを待った。気分は校長先生だ。


「はい皆さんが静かになるまで53秒かかりました。ったく、俺がいねー間にずいぶんぶったるんでくれたみたいだな」


 俺が絶世の美少女スマイルでそう言うと、隊員たちは急にびしりとたたずまいを直した。うん、結構。俺は一つ咳払いをしてから、まじめモードな口調で告げた。


「よろこべ、おまえら。今回は俺たちが主賓だ。祭典のメインイベントである親善試合に、王国陸軍代表として我々第一中隊が選ばれた!」


「王国陸軍代表、でありますか? 駐屯地代表ではなく?」


 今度は違う意味で隊員たちがざわめく。これは困惑だ。代表して副官が発した言葉に、俺は半笑いになりそうになるのを必死でこらえた。


「やっぱそういう反応になるよなぁ。だが事実だ。王国近衛の三騎士直々の推挙があり、俺たちが王国軍の看板を背負うことになった。理解したか?」


「それはまた……重責でありますな」


「そうなんだよなぁ……!」


 俺は盛大にため息を吐いてから、隊員たちの反応を見る。一部は困惑したまま、一部は願ってもないチャンスと目を輝かせて、また一部はムキーと憤慨していた。大体想定通りの反応集である。俺は片手をあげて隊員たちを黙らせてから、続ける。


「とはいえ、さすがに全員で押し掛けるわけにもいかん。先方に迷惑だし、何よりここの守りにがっつり穴をあけるわけにはいかんからな。出場選手を選抜する必要がある」


 選抜、という言葉を聞いて、隊員たちはおおむね3つに分かれた。すなわち目をぎらつかせる者、目をそらす者、いやな顔をする者だ。前者二つは戦闘部隊員、最後のは主に整備の連中である。そんな顔すんなって。


「エライゾ卿も、十分な"戦果"を期待すると仰せだ。ひと月の訓練期間まで都合してくだすった。まったく涙がちょちょ切れるぜ。ということでスケジュールを伝える!」


 バインダーにまとめた紙をペラりとめくる。ちなみにこの資料は最初の仕事としてエルヴィン少年に作らせたものだ。この世界にはワードもエクセルもないからな。書類の作成は字の奇麗なやつの専売だ。エルヴィン少年は裏町育ちのくせして読み書きそろばんができる上に字に癖がない。まったくいい拾いもんだぜ。


「今日から1週間を選抜期間とし、通常の訓練及び哨戒任務に並行して面接を行う。呼び出しをうけたら必ず顔を出すように。来週頭からは選抜メンバーと他隊員で訓練メニューを分ける。選抜メンバーは哨戒任務と緊急出動を免除。代わりに控えめに言って地獄めいた訓練メニューを用意してあるからな、覚悟の準備はしておけよ。訓練期間については出立時期が上から降りてきしだい通達するが、おおむね二週間。その間で軍をしょって立つまでに練度を上げるぞ! 理解したな野郎ども!」


『サー・イエッサー!!』


「オーケー。では朝礼を終了する! 各自シフト表の通りに励め。では解散!」


「敬礼!」


 副官の号令に続いて、中隊全員が一糸乱れぬ敬礼をする。何度見てもいい景色だ。帰ってきたって感じ。俺も負けじと音のなるような敬礼で返して見せた。

 俺が腕を降ろすと、隊員たちは蜘蛛の子を散らすように駆けだす。目指すは食堂だ。まずは腹ごしらえをしなくちゃな。


「エルヴィン、今日の朝の献立ってなんだっけか」


「え、いや、しらないスけど」


「よし、これからは常に1週間分の献立を頭に叩き込んどけ。いいな?」


「えぇ……? いや、はい。了解です中隊長」


 エルヴィン少年は半笑いで不格好な敬礼をした。教育のし甲斐があるぜ。俺は少年にきつめのデコピンを食らわせたあと、食堂へ急いだ。

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