2-4 ティエスちゃんは紹介する②

「それではァ! ティエス中隊長の復帰とエルヴィン従士の配属を祝ってェ! 乾杯!!」


『かんぱぁーい!!!!』


 副官の音頭に続き、酒がなみなみ注がれたジョッキが打ち鳴らされる音がそこかしこから聞こえる。俺も横にいた隊員たちとジョッキを思うままぶつけ合ってから、中身をぐびぐびと干した。ッカァ~~~~!! たまんねぇな! 五臓六腑に染み渡るティエスちゃんだ。現在酒盛り中。

 ここは軍の敷地外にある大衆食堂「うみなり屋」だ。日本語に訳すとそんな意味になる。そこの2階の宴会場を貸し切って、どんちゃん騒ぎの開幕と相成った。中隊総勢100名超が一堂に会して騒げるのって、エライゾ城下じゃここくらいだからな。まあ味は申し分ないので否もない。

 さすがに椅子とお膳を並べて、とやると狭いので立食形式だ。うちの荒くれどもにはちょうどいいスタイルだろう。ちなみにここのジョッキは力自慢の軍人バカどもが心置きなく乾杯してもいいように、昔ながらの金属製だ。そのおかげで、鍛えてないエルヴィン少年にはちと重いかもしれない。


「よぉよぉ少年、飲んでるかぁ~~?」


「開幕10秒で酔いすぎだろあんた」


 ジョッキ一杯で出来上がった俺はエルヴィン少年の肩にガッと腕を回して酔っ払い上司的ウザ絡みをした。すごくバカにした目線が返ってくる。なんだよぅ。

 ちなみにエルヴィン少年にはしゅわしゅわしたこがね色のジュースはまだ早いのでしゅわしゅわしたこがね色のジュース(※ジンジャーエール)を渡してある。お酒はハタチになってから、なんてカタいことを言うつもりはないが、さすがに10歳で飲酒はよくねぇーだろという良心があるんだな俺にもな。一応この国に飲酒喫煙の年齢制限はないが、まぁそれでも成人までは待とうねっていうのが暗黙の慣習になっている。


「いいんだよ、今日は無礼講だ。ハメ外していこうや、なぁ!?」


『うおぉぉぉ!』


 最後のほうで首をぐるりと回して隊員たちに投げかければ、野太い声が唱和する。全くノリのいい連中だぜ、最高だな! エルヴィン少年は露骨にうるさそうに顔をしかめた。まあなんだ、慣れろ。


「というかだな、今日はお前さんの歓迎会も兼ねてんだからな。そいつ飲んだらあいさつ回りに行くぞあいさつ回り。ビールの注ぎ方とかわかるか?」


「知ってるよ。こちとら裏町出身だぜ? 母さんの店でしっかり覚えた」


「うーん児童労働。いや俺が言えたことでもねぇか。そんじゃあさっさと飲んじまえ。いくぞ、夜は長いようで短い」


 エルヴィン少年は一つ大きなため息をついてから、短く了解といって一気にジョッキを干した。おお! いい飲みっぷりじゃねーの! 俺ははやし立てた。やんややんや。



///



「まずこいつが副官のピーターだ。何度も顔は合わせてるだろうけどな」


「エルヴィンです。ご挨拶が遅れてしまってすいません。今後ともよろしくお願いします」


「おっとこれはご丁寧に。……とと、それくらいで結構。私まで酔ってしまうと収拾がつかなくなるからね。ピーター・フック小隊長だ。あらためて歓迎するよ、エルヴィン従士」


 副官はニッと歯を見せてわらう。ちなみにエルヴィンの酒の注ぎ方は熟練の営業サラリマンめいたワザマエだった。10歳の少年の所作か? これが?


「まあ、なんかわからんことがあったら俺かこいつに聞け。仕事はできる男だ」


「過分なお言葉、ありがとうございます中隊長殿。ささ、一献」


「おうおうわりぃーなぁ」


 俺は副官から注がれた酒をそのまま胃袋に流し込んだ。きぶんがいいぜ。ぽかぽかする。


「……とまぁ、中隊長はこういうお人だ。あらゆることに秀でたお方だが、流されやすく世俗にどぶどぶに浸かっておられる。苦労すると思うが、世話は任せたぞエルヴィン従士」


「しょーじき、ついていけるか不安っス……」


「足にかじりついてでもついていくことだ。それはきっと、他には代えがたい君の財産になる。ガッツを見せろ」


「………了解!」


 なんか小声でこしょこしょ耳打ちしあったかと思ったらガシッと握手を交わしてやがる。なんだァ? まあいいや、仲良きことはよきことなり。次行くぞ次!



///



「こいつがジャックで、こいつはハンスな。第1小隊ウチの若手有望株だ。お前さんとも一番年が近いし、まぁ、仲良くしろ」


「エルヴィンです! よろしくお願いします、センパイ!」


「おうおう、お前が噂の新人くんか、噂は聞いてるぜ」


「俺はハンス、こっちがジャックだ。ま、お前も俺たちを見習って、王国のためにしっかり働くんだな」


 なんだこいつらへらへらしやがって。こないだズタボロにされてたくせに偉ぶってんじゃねーぞ。お? さては自分より下っ端ができたからってチョーシ乗ってんな? いっちょお灸をすえてやるか。俺はジョッキをそっとテーブルにおいて、音もたてずに跳躍した。


「うわっジャック先輩、上だ!」


「えっ? う、うわぁぁぁぁ!」


 最初にそれを察知したのはエルヴィン少年だったが、その警告は遅すぎた。その時点で俺は中空にて身をひるがえし、落下軌道の最終調整を終えている。振り返ったジャックの顔面に、虚空から抜き放たれたハリセン(みねうち)が炸裂した。なに、土魔法のちょっといた応用だ。

 会場に快音が響く。隊員たちはいっとき歓談の手を止め、俺の流麗すぎるまにゅーばに大喝采だ。よせやい。ちなみにみねうちなので音に反してダメージはほとんどないはずだ。あってもせいぜいギャグマンガの絵面に収まる程度。さすがティエスちゃん、テクニシャンだぜ。

 俺はハリセンを振りぬいた姿勢でスライディング着地。数秒の残心ののち、血脂を払うような所作でハリセンを鳴らした後、それを肩に担いで見得を切った。


「ジャック、ハンス! 腕立て50回!」


「「サー・イエッサー!」」


 一瞬で酒気の抜けた二人は即座にその場で腕立てを始める。うむ。俺は一つ頷いた後、部隊員全員に告げた。


「新入りが来たからって浮わついてんじゃねぇーぞ! 先達として範を見せろ範を! 次のセンバツメンバーに入りたい奴は、なおのことだ!」


『サー・イエッサー!』


「よろしい! では飲み会再開だ! 今日は無礼講だからな、楽しくやれ!」


『うおおおおぉおお!』


 野太い唱和に続いてそこかしこで乾杯の音が鳴り響く。腕立てを終えたジャックとハンスも何食わぬ顔で乾杯していた。エルヴィン少年はドン引きしていた。慣れろ。

 次行くぞ、次!

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