第4話 ハイブランドって育ちの悪さが際立つよな

「…やっぱりバーチャルオフィスか。」


寺川市の隣、座川市の駅近く。

婆さんから借りた資料に載っていた住所に来てみると、案の定バーチャルオフィスだった。バーチャルオフィスとは、その名の通り仮想オフィスサービスのこと。オフィスとしては利用できないが、会社登記などに必要な住所、郵便ポストを借りられるサービスだ。月額数千円程度で法人住所を獲得することができるため、小規模企業はよくこのサービスを利用する。会員審査はザルだから、怪しい業者が登記用住所を借りていることも珍しくない。


「バーチャルオフィス会員用のポストは…これか。」


物件の周囲をあれこれ見回る俺の姿は不審だろうが、証券マンなので問題無い。もし管理人のような人間に声をかけられたら、名刺を差し出し「営業先を探していて…」とでも言っておけば鬱陶しがられるだけで済む。


20分ほど物件を見回ってみたが、業者に繋がりそうなものは発見できなかった。一応国税庁のウェブサイトで「JOSYOアセットマネジメント」と検索してみたが、やはり登記住所はここだ。このバーチャルオフィスは登記用に過ぎず、実務はどこか別の場所でコソコソと行っているのだろう。寺川市に住む老人相手に投資詐欺を働いているのだから、実務用オフィスもそこまで遠くはないはずだが…。詐欺業者がオフィスのドアに看板を掲げているわけもないし、場所を突き止めるのは困難だな…。まぁ、場所を突き止めたところで婆さんの金を取り返せるかは分からないが。


ジャ…ジャ…


地面を擦るような足音が近づいてきたので、何食わぬ顔で一旦物件の外に出た。すれ違った日本人の若い男は、バーチャルオフィス会員用のポストを開けて中身を確認している。

歳は20代前半…もしかしたら10代後半かもしれない。ハイブランドであることがすぐに分かるスーツとビジネスシューズ、腕に巻いてるのは…まさかブレゲか?あの年齢で…?スーパーコピーだろうか…。耳にはピアス痕。髪型は短髪で黒色だが…あれは黒染めだろう。最近まで別の色だったようだ。靴の踵が異様にすり減っているのも気になる。あんな良いビジネスシューズを履いている奴が、踵のすり減りをあそこまで放置するものだろうか。靴先も汚れている。身嗜み意識とブランドが釣り合っておらず、「ただ高い物を身につけているだけ」という印象だ。

若い男は、ポストの中身を鞄に入れて外を歩き出した。男の歩き方には妙な癖があって、背は猫のように丸く、首を前に出した前傾姿勢。だるそうなガニ股歩きで、靴の踵は地面に擦れ「ジャ、ジャ」という音を出している。いかにも、私生活では靴の踵を踏みながら歩いていますという感じだ。

…俺の記憶の範囲で言わせてもらえば、ああいったハイブランドで身を包んだ人間はあんな歩き方をしない。見ていて思い出すのは、俺が以前アルバイトで働いていた倉庫や工場だ。あそこで働いていた連中の中に、あんな歩き方をする奴がいた。

まぁ別に、そういう歩き方をしている奴が悪いわけじゃない。矯正しなかった親が悪いのだ。


なんとなく、俺はこの怪しい男の後をつけることにした。こいつがJOSYOアセットマネジメントの人間なのかは知らない。が、俺の勘がそう言っている。


***


俺はこの座川駅周辺が嫌いじゃない。駅南口の高架下にある駐輪場付近は小便臭いし、商業ビルは雑多で、いかがわしい店やパチンコ屋、場外馬券場のような施設もある。隣の寺川市とは正反対のようなこの町のアバウトさが、むしろ落ち着くのだ。

そう言えば何年か前に、ある動画サイトで過激なことばかりやっていた人気配信者がこの座川市の市議会議員に当選していたっけ。市民達がそれについてどう思っているか知らないが、良くも悪くも、それがこの地域の“らしさ”だと俺は思う。

怪しい男の後を追いそんな町を10分ほど歩くと、男はマンションに入っていった。かなり古い物件で、オートロックも無い。マンションの入り口からすぐの所でエレベーターを待つ男を、マンションの外からスマホいじりするフリをして監視する。昨今は位置情報を利用したスマホゲームが沢山あるので、町中で突っ立ってスマホいじりをしていても風景の一部だ。尾行するのに都合の良い時代である。このマンションは外廊下のようなので、男が何階のどの部屋に入っていくのかはここから丸見えだ。


男は、4階の一室に入っていった。


***


さて、部屋は特定したがどうしたものか。男が入っていった部屋のドアの前まで来たものの、当然何の看板もかかっておらず、一見マンションの一室にしか見えない。ここが投資詐欺業者のオフィスであるかどうかも定かではないのだ。この状態から何をすれば…。ん?いや待てよ、俺は証券マンだ。インターホンを押し、社名を名乗り、名刺を差し出すこと自体は何もおかしくない。通常こんなボロマンションに住んでる連中に営業をかけたりはしないが、相手はそんなこと気にしないだろう。

よし、営業のふりをして探りを入れてみよう。


ピンポーン


…反応は無い。留守でないことは間違いないのだが。


ピンポーン


ピンポーン


ピンポーン


「…はい?」


4度目の押下でやっと応答があった。明らかに鬱陶しいと言いたげな声だ。


「お忙しいところ恐れ入ります。私、帝日証券の義田と申します。本日は…」


「あー、いいからいいからそういうの。営業っしょ?うちは間に合ってんで。」


この反応は想定通り。「証券会社です」と言われて「はいそうですか」とドアを開ける人間なんていない。「いらない」とか「間に合っている」なんて言葉は、拒否ではなく挨拶だと思って聞き流すくらいが丁度いい。


「あ、そうですか。“間に合っている”とは、どういうことですか?もしかして、既に投資をされていらっしゃいますか?」


「しつけーな!してねーよ投資なんて!んなことしなくても金なら稼いでるっつの!」


「お金を稼いでいる?それは凄いですね!しかし、お金を持っている方がなぜこんな老築化したマンションに?」


攻撃性の高い反応をする営業対象に、俺はこういう言い方をする時がある。こういうタイプは、営業との会話で自分が「負けた」と思うような終わり方をしたくない可能性がある。商品を買う気が無くとも、営業に侮られたくないのだ。


「は?何お前。ここは俺の家じゃなくてただの仕事場だけど?」


“仕事場”か…。詐欺業者のオフィスである可能性が少し高くなった。


「オフィスでしたか。これは失礼いたしました。しかし、勿体ないですね。あまり“お詳しくはない”でしょうけど、投資というのはお金持ちほどメリットのあるものですから…。」


「詳しくない?はっ、むしろ俺はプロだっつの。」


食いついた。推察通り、侮られたくないタイプの人間だ。これは扱いやすい。


「え?プロ?どういうことですか?」


「俺はここで投資商材を売ってるわけ。ってかあんたと話してる時間勿体ないんだわ。そんな時間あったら電話営業した方が儲かるんだよ俺は。あ、なんならうちの商品買うか?証券会社が取り扱ってるようなもんよりよっぽど儲かるけど?」


「え、えぇ〜!?」


オフィスに訪問してきた営業に対し営業し返す人間は珍しくない。コンプライアンスが整備されていない企業に勤める強気な人間は仕掛けてきがちだ。今回の場合は好都合だな。


「それは儲かるんですか?」


「え…?あ、ああ。儲かる…けど…。」


「それは非常に興味があります!」


「え…おう…。」


普段はこれで営業を追い返しているのだろうが、食いつかれて逆に困っているようだ。しかし、こいつの性格的に自分から商品を勧めてしまった手前引っ込めることはできないだろう。


「何か資料などありましたら、頂けますか!?」


「…分かった。ちょい待ってな。」


「はい!よろしくお願いします!」


ドアが開くと、先ほど後をつけた若い男が顔を半分出してこちらを覗いてきた。俺のことを警戒しているのもあるのだろうが、どこか臆病な目をしている。俺は人の目を見るとなんとなく直感することがあるのだが、恐らくこいつは、小学校か中学校あたりでイジメを受けた経験があるような気がする。


「あ!改めまして!帝日証券の義田と申します!」


「あ、おう…。はいこれ、資料…。」


男が口を開いた瞬間、欠けた前歯と黒くなっている奥歯が見えた。歯の黄ばみが凄いのは、煙草でも吸っているせいだろうか。金があるなら歯医者には行った方がいい。


「ありがとうございます!これ本当に儲かるんですか?」


「え?ああ、まぁ。儲かるけど…。」


男が差し出した資料は、駄菓子屋の婆さんが持っていた物と全く同じだった。つまり、ここがJOSYOアセットマネジメントの実務用オフィスということか。


「うわぁ!絶対安全で高配当なんですね!」


「まぁ、そう。」


「ところで、お名前伺ってもよろしいですか?」


「え、俺?半田だけど。」


半田?こいつが婆さんを騙した奴か。婆さん…こんな男に騙されるか?いや、しかし孫くらいの歳の男が懐いてきたら断りきれないものかもな…。


「うーん…資料をちょっと読むだけだとなかなか理解が難しいですねぇ…。」


「は?あんたプロなんだろ?」


「はは…そうなんですけどね…。あ、もし良かったら商品の説明をして頂けませんか?」


「えぇ…?でもなぁ…」


「ここだと近隣の目もありますし、近くのカフェとか、あるいはオフィスの中とかでも…」


「あーダメダメ!オフィスはダメ!誰も入れるなって社長に言われてっから。」


「そうですか…。」


社長?こいつ下っ端か?じゃあこいつをいくら問い詰めても婆さんの金は返ってこないかもしれないな…。


「半田さんが社長ではないのですか?」


「え?いや、ちげーけど…。」


「そうなんですか?先ほどから地頭の良さが滲み出ているので、てっきりそうなのかと思っていました。」


「は?な、何言ってんだよお前…。ちげーし。」


俺は、馬鹿をおだてる時以外に「地頭が良い」なんて言葉を遣ったことがない。


「あー、それならセミナー行けば?」


「セミナー?」


「ああ、丁度うちの会社が投資セミナーやってんだよ、今日。場所は駅前の貸し会議室。そこで商品説明もするし、社長もいっから。」


「あ!そうですか!是非勉強させて頂きたいです!」


「じゃこれ、俺の名刺とセミナーのパンフレット。この場所行って、セミナールームの前に立ってる奴に俺の紹介つって名刺見せれば通してもらえっから。あ、時間な、今からだと午後の部な。それに出て。」


「はい!何から何までありがとうございます!」


「いいよいいよ、俺の実績になるしな。あんた証券会社に勤めてんなら金あんだろ?」


「ええ、それなりには…。」


「あっそ。じゃ、必ず行けよセミナー。俺は居残りでやることあって忙しいんだよ。」


「はい!失礼します!」


「ああ。忙しい忙しい…。」


半田はそう言いながらドアを閉めた。いきなり訪問してきた怪しい男にペラペラと情報を話す、間抜けな男である。気の毒に…。歩き方や話し方、身嗜み、歯の状態に育ちの悪さがハッキリと出ている。おまけに仕事は投資詐欺。

…が、別にお前が悪いわけじゃない。お前をそういう風に育てた親が悪いだけだ。


さて、早速セミナー会場に行って社長とやらを探すか。婆さんの金を返して貰わなければ。


***


パンフレットに記載されている住所に着くと、そこにはなかなかグレードの高そうなオフィスビルが建っていた。座川駅のすぐ近く。恐らくは真っ当な企業のテナントも複数入っているであろうこのビルの7階に貸し会議室があり、詐欺業者がセミナーを開いているらしい。

なるほど。登記用住所や実務用オフィスはどれだけチープでも問題ないが、カモ達の目に見える場所だけは高級感を演出する必要があるわけだ。しかし、バーチャルオフィスも貸し会議室もそうなのだが、怪しげな業者の温床になっている現状に業界は何か対策をしないものなのだろうか。


***


エレベーターを7階で降りると、すぐ正面に「JOSYOアセットマネジメントの投資セミナーはこちら→」と書かれた看板が立っていた。矢印の方向に目を向けると、スーツ姿の男が2人立っている。あいつらに、半田から貰った名刺を見せればいいのだろう。


「こんにちはー。半田さんから紹介を受けて来たのですが…。」


そう言いながら男の1人に名刺を見せた。


「え…?あ、はい…。どうぞ中へ。」


男は俺を見て意外そうに返事をした。妙な反応だ。せっかく投資詐欺のセミナーにカモがやって来たのだからもっと歓迎されると思っていたが、怪しまれているのか?


「ありがとうございます。今日は勉強させて頂きます。」


それにしても、この2人も良いスーツを着ているな…。着慣れていない感は否めないが。そういうファッションをしろという指示でも上から出ているのだろうか。


***


…男達の反応が変だった理由は、セミナールームに入ってすぐに理解できた。会場後方からセミナー参加者を見渡すと、その髪色や毛量からして、俺以外全員老人であることが明らかだったのだ。金融庁が公開している投資詐欺相談者の年齢構成では30〜40代の被害者も珍しくなかったはずだから、俺が参加しても浮かないと思ったが…。これは計算外だ。この業者は老人に特化して投資詐欺を働いているのかもしれない。


「皆様!JOSYOアセットマネジメントの“コツコツ未来への備えセミナー”にようこそ!」


俺が席に着くと、セミナールーム中央に立つ男が朗々とした声で話し始めた。詐欺業者に似つかわしくない声…いや、逆に詐欺業者らしいか?


「JOSYOアセットマネジメント代表取締役社長の三田です!」


あいつが社長か。

見た目はなかなか整っていると言っていい。歳は20代後半くらいだろうか。身長は180cm前後、細身でスタイルが良く、黒髪短髪で印象は爽やか。例に漏れずハイブランドと思われるスーツを着用しているが、下っ端達と違い着慣れている。腕に巻かれているのは…多分IWCだな。以前アレと同じモデルを客の家で見たことがある。歯は白く綺麗に並び、その口から発する声はアナウンサーのようだ。まともな企業で営業しても十分通用しそうだが、なぜ投資詐欺なんてやっているのやら。


「皆さん。最近のニュースをご覧になられていますか?物価は年々上がり、生活は苦しくなる一方。今カップ麺いくらですか?昔は100円少々で購入できた物が、今は200円以上しますよね?また、政府はあの手この手で増税し、消費税は近い将来19%まで上がるかもしれません。さらに、皆さんの最後の希望である年金制度は既に崩壊しています。皆さんはともかく、お子さんやお孫さんは年金を満足に受け取れないかもしれない。こんな国の景気が良くなるわけがないんです!これはもう、政府による“国民イジメ”と言っても過言ではないでしょう!」


「ハッキリ言います!日本の未来は暗黒です!政府に依存して何の備えもしなければ、生活は苦しくなっていくだけなのです!賢く資産運用して次世代に資産を残さないと、皆さんのお子さんやお孫さんは暗黒の人生を生きていくことになります!」


三田は弁舌爽やかにそう語った。インフレや増税、年金などの問題を用いて社会不安を煽る論法は、投資詐欺業者だけでなく、証券会社や銀行、保険会社、メディア、政治家など、ありとあらゆる者達が多用している。それほど、人々に行動を起こさせる方法として便利なのである。三田の話には多くの事実が含まれると思うが、事実を商売に利用するのが商売人というものだ。俺だってそうしている。


「そんな不安定な社会を生き抜いていくためにはどうしたらいいのか。自分だけでなく、自分以外の人々にも安心を届けるためにはどうしたらいいのか、私は考えました。そんな想いから生まれたのが、弊社が絶対的な自信を持つこちらの商品、「絶対安全高配当投資」なのです。」


「その月間リターン率は、なんと驚愕の20%。仮に100万円購入すれば、毎月20万円の配当金が自動で入ってくる仕組みになっています。しかも、元本保証なのでリスクはありません。」


ガッツリ金商法違反のセールストークである。違法上等でインパクト重視の売り方をしているあたり、短期間で金を集めてさっさとこの地域から逃げるつもりなのだろう。警察に通報してもまず間違いなく手遅れになるケースだ。こちらも悠長に構えてはいられない。

セミナーに参加している爺さん婆さんの様子は、分かってんだか分かってないんだか分からないような感じだ。証券営業をしていても思うのだが、こいつらは理屈とは別の何かを信じて商品を購入することがある。普段販売側にいる俺が言うのもなんだが、こうして傍から見ていると異様だ。


「…さて、何かご質問等ありますか?」


「1点お伺いしたいのですがー。」


質疑応答の時間を取った三田に対し、1人の爺さんが手を挙げた。


「はい、なんでしょうか。」


「私はこちらの商品を半年前に購入しまして、既に購入した金額以上の配当金を頂いているのですが、この商品はいつまで保有できるのでしょうか?できればずっと保有していたいのですが、保有期限のようなものがあるのですか?」


「いえ、保有期限はありません!解約はいつでもできますが、保有している限り毎月20%の配当金を永遠に得られます。」


「そうですか。安心しました。これで孫の学費を用意することができそうです。ありがとうございました。」


爺さんは分かりやすく胸をなでおろして席に着いた。

…確信があるわけではないが、あの爺さんはサクラなのではないだろうか。質問の体で商品の魅力をPRしているだけのように見えた。投資詐欺業者がサクラを雇うなんて、よく聞く話だ。

ここにいる爺さん婆さんを投資詐欺から守ってやる義理もないのだが、中には大して金を持っていない老人もいるだろう。そういう弱者が騙されるのを看過するのも夢見が悪い。金を奪うなら金持ちからにしてもらいたいものだ。

仕方がない。これ以上目立ちたくはなかったが、俺が目覚ましになってやろう。


「すみません、質問よろしいですか?」


「…はい、どうぞ。」


「素人質問で恐縮なのですが…」


大卒の同僚達から聞くところによると、世の中には、この前置きを用いて大学生の研究発表に質問する教員がいるそうだ。なるほど、こう前置きしておけばズレた質問をしても傷は浅いし、こんな素人質問にも回答できないのか?というプレッシャーを相手にかけることができる。攻守両面に優れた前置きだ。さすが知識人は豊かな教養で小賢しいことを思いつく。


「こちらの金融商品は、要するにファンドですよね?具体的には何に投資をしているのでしょうか?」


「投資対象は様々です。株式や債券、為替、金などに分散投資をしています。」


「そうですか。毎月20%の配当金は大変魅力的なのですが、それを再投資して複利で計算した場合、1年間で資産が約8.9倍に増えるということですよね?現在の株式や債券、為替、金市場の動向を基準に考えると、このパフォーマンスは明らかに突出していると言いますか…異常値と言っても過言ではないように思います。指数をベンチマークとしたパッシブ運用ではなく、アクティブ運用をされていると推察しますが、具体的にどういった手法で投資を行っているのか教えて頂けますか?何しろ、短期的にはともかく、長期的には伝説級の有名投資家達ですら成し得ない高利回りなので気になりまして…。」


「…具体的な投資手法については回答を控えさせて頂きます。会場にいる方々を疑うわけではありませんが、他社に真似をされると困りますので。」


三田はややばつの悪い表情でそうはぐらかした。今のやり取りを聞いた爺さん婆さん達の反応は…


「「「……。」」」


ダメだこりゃ。何が分かっているのか分かっていないのか分からない顔をしている。仕方ない、もっと分かりやすい言い方をしてやるか。


「もう1点質問よろしいでしょうか?こちらの商品、絶対安全とありますが…」


「申し訳ありません。そろそろ定刻となりますので、ご質問は後で個別に承ります。」


「…そうですか。わかりました。」


セミナーの終了予定時刻よりも随分早いが。


「えー、他の方々も、後で個別にご相談承ります。商品にご興味のある方は会場スタッフにお申し付けください。」


「それでは、セミナーを終了します。お疲れ様でした。」


手慣れたものだ。三田は俺の質問をのらりくらりとかわし、早々にセミナーを打ち切ってしまった。


「おいあんた、ちょっとこっちに来てもらおうか。」


いかにも「昔はヤンキーでした」という風体の男が俺の肩に手を乗せてきた。どうやら、個別の相談に乗ってくださるようだ。


***


「…なんですかアンタ。何が目的?」


朗々とした声の爽やか好青年は営業用の姿だったらしく、三田はVシネマに出てくるヤクザの下っ端のような態度で俺に詰め寄った。背を丸めイスに前傾姿勢で座り、開いた両足の膝の上に肘をついて、口を半開きにしながら眉間に皺を寄せ眉毛をハの字にして凄むアレである。部屋の中には、三田の他に元ヤンキー男が1人、さっき受付にいた男が1人。これから半グレ集団の本領発揮といったところだろうか。


特に三田の背後にいる元ヤン男は一触即発といった雰囲気だ。これは死語かもしれないが、先ほどからずっとこちらにメンチを切っている。こういった“いかにも”なヤンキーの目の奥には、なぜこうも怯えの感情が見え隠れするのか。黒目がそわそわ落ち着かず、こちらと少しばかり長く目が合うと、先手を打つように威圧してくる。彼は何に怯えているのか。例えば、他者からの評価だろうか。この手の人種は舐められることを極端に嫌うが、それは他者からの評価を異常に気にしていると言い換えることができる。その根底には、何か強い劣等感のようなものがあるのではないか。

若い頃から身体が大きく攻撃性の強い人間は、「威圧」や「暴力」を成功体験として覚えてしまうものだ。この元ヤンキーも例に漏れず、威圧や暴力を行使することで相手の言動を封じ、劣等感を刺激されないよう自分を守り続けてきたのかもしれない。だとすれば、この男も紛れもなく弱者側だ。暴力や威圧という自己防衛手段にすがっているだけの弱者。


ところで、先ほどから3人とも共通して落ち着きがない。客前ではないので癖が出ているのだろう。貧乏揺すりや手遊び、身体を左右に揺らす、腕を何度も組み替える、身体のあちこちを触るなどの行為が止まらない。急な動きも多く、例えば頭をかこうとする時に必要以上の速さで腕を動かしたり、やたらと物音をたてたりする。飲食店などで隣の席の客をビクつかせるタイプだ。完全に、育ちの悪い人間の特徴である。

しかし別に、こいつらが悪いわけではない。周囲を観察し、周囲と調和することを教えなかった親が悪いだけだ。彼らの姿は、教育の放棄によって“作られた”ものなのだ。俺はむしろ同情する。


「…16時戻りなんですよ。」


「あ?何が?」


「今日は16時に戻るって支店のホワイトボードに書いて出てきたんですよ。私は残業しない主義なので、“もし何か事故でもあって”17時以降も会社に戻らない、連絡も無い…なんてことがあったら異常事態です。早まった課長が警察に通報してしまうかもしれません。勤めている会社も、テレビCMを流すくらいには大きい証券会社でしてね。そういうトラブルに敏感なんですよ。ところで、そのIWC今何時ですか?」


三田は自分の腕時計に少し目を落として、すぐこちらに視線を戻した。背後にいる元ヤン男と違い、理屈が通じそうで助かる。


「アンタ証券屋か。なんで証券屋がうちみたいなとこのセミナーに?競合相手の視察?営業妨害?」


「いえ、大した用件じゃないんです。それさえ済んだらすぐにでも帰って記憶も失くしたいくらいでして。」


「…何?」


「私の知り合いがそちらに金を騙し取られていまして。それを返してもらいたいだけなんです。」


「騙し取られているとは人聞きが悪いな。うちはちゃんと運用をしていて」


「いやいや、もうやめましょうよそれ。ただのポンジ・スキームでしょう?」


「……。」


ポンジ・スキームとは、アメリカの有名詐欺師「チャールズ・ポンジ」が用いていた詐欺手法のことだ。高配当を約束し客から金を集め、その金の中から配当金を支払う。高い配当金が入ってきて気を良くした客に追加投資を求め、さらに金を集める。そうして、良い頃合いになったら集めた金を全部持ち逃げするという手法である。大昔からある伝統的な詐欺なのだが、引っかかる奴らは未だに多い。個人どころか、日米欧の大手金融機関ですらポンジ・スキームに騙された例があるくらいだ。映画にもなっている。この手法を最初に考えた男は天才に違いない。


「…知り合いって誰?」


「話が早くて助かります。寺川市の北で駄菓子屋を営んでる田中というお婆さんです。」


「寺川市で駄菓子屋?ああ…あのババアか。半田が担当の。ちっ…。」


「常連の私が言うから間違いないですが、あのお婆さんは本当にお金なんて持ってないですよ。そんな老人から小銭せしめても商売にならないでしょう?」


「いやそんなわけないね。そういう婆さんほど金を隠し持っているもんなんだよ。俺達がやっているのはね、そういう卑しい老人を裁く“社会貢献活動”なの。」


「裁く…?社会貢献…?」


ん…?この男は急に何を言っているんだ…?


「日本人の預貯金額がいくらか知ってるか?」


「…約1,000兆円ですね。」


「そう。それを貯め込んでるのは誰か!老人だよ老人!あいつらが銀行に金貯め込んで、年金貰って、ロクな消費もせず、若者が納めた税金使って病院通って、のうのうと生き延びてんだよ!そんな老人どもには金を吐き出させないといけないよねぇ?そしてその金は未来ある若者が使って、日本経済を回すべきだよねぇ?だから、俺達のやっていることは社会貢献だよねぇ!?」


急に熱弁をふるい始めた三田の背後で、部下2人が目を閉じ噛みしめるように頷いている。なんてことだ、JOSYOアセットマネジメントは投資詐欺業者ではなく宗教団体だったのかもしれない。

しかし、老人=金を貯め込んでるというのは違うだろう。貧困老人だっているのだから。どこかで見た言葉を曲解し、どこかで借りた言葉を用いて、老人が日本を悪くしていると決めつけ自分達を肯定しているのか。この男、身嗜みや立ち居振る舞い、喋り方はともかく、認知はなかなか歪んでいる。


「まぁ…あなた達の理念についてとやかく言うつもりは無いですが、田中さんのお金だけは返してもらえます?返してくれるなら私は素直に帰りますし、警察にもタレこんだりしませんよ。」


「…あの婆さんからはいくらだった?」


「はい、確か50万円です。」


元ヤン男がそう答える。


「あっそ…。」


三田はため息をつきながら財布を取り出し、1万円札を数え始めた。


「はい、これ50万。あんた面倒臭そうだからな。これで帰ってくれ。でも、次は邪魔しないでくれな。もし次も商売の邪魔してきたらこっちも洒落にならないことしないといけなくなるから。」


「こっちだってわざわざ関わりたくないですよ。それでは失礼します。」


やれやれ、どうにか金を取り返せた。曲がりなりにも俺は金融機関の人間だ。用も無いのに反社会的勢力の予備軍のような連中とこれ以上関わってたまるか。


***


「警察に連絡した方がいいんじゃないの…?」


「別にしてもいいけど、金は返ってきたんだしもういいんじゃないか。」


「世の中って本当に怖いわぁ…。あの半田さんって人、本当に良い人に見えたんだけどねぇ。」


「婆さん、悪い顔してる詐欺師なんてこの世にいないよ。また変なのに引っかからないように気をつけろよな。」


三田から金を返してもらうことより、その金を婆さんに返す方が大変だった。あいつらが詐欺業者だったことを説明して納得して貰うのも、そんな奴らから俺がどうやって金を返して貰ったのかも、俺の職業を隠しながら説明するのも。

富裕層と証券マン、証券マンと詐欺業者。クソ同士がクソみたいなやり取りをするのはある意味で正常だが、そんなクソに巻き込んではならない人間というのが、この世にはいると思う。


「はい、チューペット。グレープ味。」


「ああ、あんがと。婆さん、ほんとに気をつけろよ。詐欺とか。」


「そんなこと言われても…自信ないわぁ…。」


「いや、その心構えは正しいよ。」


もしこの駄菓子屋が潰れでもしたら、俺はこの町で正気を保っていられるだろうか。頼むからできる限り長く続けて欲しいものである。


「金融庁公認と名乗る投資詐欺が頻発しています。市民の皆様、詐欺被害にご注意ください。不審な電話がかかってきたら、すぐに最寄りの警察署または詐欺相談専用ダイヤルまでご相談ください。金融庁公認と名乗る投資詐欺が…」


投資詐欺への注意を呼びかけるパトカーが、駄菓子屋の前をゆっくりと通り過ぎていった。もうしばらくすれば、あの詐欺業者もこの町を去るだろう。しかしあの詐欺業者、本当に三田という男がトップだったのだろうか。


いや、もうあんな連中と関わることはない。考えるだけ無駄だ。

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