聖女と聖騎士

 さて、立て続けに行われる戦争の目的を今一度おさらいしておこう。


 アレン達の目的は、ジュナを奪還すること……ではない。


 あくまで、ジュナと再会してジュナ自身の意思を確認するだけ。

 それで意思表示がジュナの笑顔を損ないそうになった場合は、もちろんアレン達は拳を握る。

 逆に本人の意思で「戻りたい」というのであれば、捕虜の話は捨てて引き返すつもりだ。

 今回の戦争は、「ジュナという女の子が笑顔でいられるかどうか」という、ある意味感情的でなんの利益も生まない男の見栄。

 それに王国兵全員が賛同しているのだから、誰も止めることはなかった。


 利益を考え続けて国を発展し続けるか。

 それとも馬鹿になって誰かのために働き続けるか。

 もしかしなくても、この部分が大国となるかならないかの違いなのかもしれない。


 そして一方で、こちらの存在も忘れてはいけない───


「あ、改めてっ! アイシャ・アルシャラです!」


 長い行軍。せっかく和かで落ち着いて話ができる場所があるということで、休憩することになったアレン達。

 度々せっかくということで、アレン達は互いに自己紹介をすることとなった。

 アレンの目の前には、緊張気味に背筋を伸ばしている可愛らしい修道女の姿が。

 この前までが和服美女だったからか、妙に新鮮さを感じる。


「なんでそんなに緊張してるの?」

「い、いやー……その、思い切りナイフ向けた挙句に殺されそうになったから……」


 殺そうとした覚えはないが、確かに手首を掴んで持ち上げた記憶はある。

 誤解によって敵対していたとはいえ、ナイフから始まる初めましても中々シュールだ。


「こいつ、またアイシャ様を……」

「おっと、自己紹介も済んでないのにそんな瞳に炎を浮かべて熱いラブコールはやめてくんない? おっかなくて背筋が最低気温更新するぞ!?」


 聖騎士の女性の敵対心満載の瞳を受け、アレンは思わずセリアの背中に隠れる。

 すると、女性は徐に背負っていた大槌を手にかけ───


「……アイシャ様護衛聖騎士長、クラリス・バンディールだ」

「自己紹介すれば「一発おけ☆」ってわけじゃねぇからな!?」


 誰かを守る職業はこうも血気盛んなのだろうか? アレンは出だし早々から仲良くなれなさそうで涙を浮かべた。


「あぁ……アイシャ様のこんな可愛らしいお顔が悲しそうに。我が主もきっと、貴方様の今の顔を見れば鼻血を吹き出して地に倒れてしまうでしょう」

「それって単に興奮材料にされているだけじゃないの!? っていうか、なんで毎回くっつくのあと息が荒いっ!」


 一応言っておくが、クラリスはそれはそれはとても美しい女性だ。

 凛々しく、騎士という言葉がよく似合う雰囲気に長い銀の髪と端麗な顔立ちが特徴的。

 アイシャも群を抜いて可愛らしいが、この人も往来を歩けば目を引くほどの美女だ。

 そう、たとえ現在進行形で顔を蒸気させ涎が出る一歩前でアイシャに抱き着いていたとしても、美しい女性には変わりないのだッ!


『Huuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!』

『硬派美女のギャップというのも中々素晴らしいッ!』

『美少女同士のイチャイチャは何故か胸を熱くさせてくるッ!』

『この光景を見られるなら観覧代に全給料ブッパしますッ!』


 外野の馬鹿達は大盛り上がりだ。


「……やっぱりさ、人は見かけによらないってこういうことを指すんだろうね。戦場はやっぱり人を変えさせるみたいだし、今回が仕方ないとしても今後は戦争を控えるべきだと思う」

「どちらかというと逆なのでは? 戦争が人を変えるのではなく、人が人を変えるのかと。ちなみに、私もご主人様色に変えられました♪」


 そう言って、セリアはアレンに思い切り抱き着く。

 どうしてか、軍を先導する二人がそれぞれ同じ表情を浮かべていた。


「アイシャ様の可愛さは、それこそ主が見初めるほど……ハッ! そういえば、王国の英雄。頭が高い」

「てめぇの方が頭が高ぇよ変態」

「あの女、そもそもの立場が推しのせいでちゃんと把握できていないようですね」


 昨日の敵はやはり敵なのか。

 互いに色々思うところがあるようで、両者の間に剣呑な雰囲気が漂う。

 一方で、間に挟まれている心優しい女の子は慌ててクラリスから離れ、仲裁しようと───


「ちょ、ちょっとやめてよクラリスも二人もぷぺらっ!?」


 ……盛大にコケた。

 それはもう、両手ガードなしで顔面から。


「「「…………」」」

『『『『『…………』』』』』


 この場一体に沈黙が広がる。

 修道服の裾を踏んで地面とキスしているアイシャは耳まで真っ赤にして起き上がろうとしない。

 きっと、恥ずかしくて顔を上げられないのだろう。

 そして───


「こ、この歳でドジっ子属性ですか……ッ!」

「ちくしょう! 悔しいが推せる……ッ!」

「ふふんっ! どうです? これが我らがアイシャ様の可愛らしい魅力だ!」

『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉドジっ子美少女さいこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』』』』』


 ……更に顔が上げられなくなった事態になってしまったのは、もう言わなくてもいいだろう。

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