昨日の敵

 戦争には暗黙のルールというのがある。

 互いの領土を使い物にさせないよう、そこにいる戦争に関係のない人間を巻き込まないよう戦場は空白地帯にする。

 もちろん、互いが合意した明確な条約などではないため、時折それぞれの国で行われることもあるし、空白地帯の領土を自国の領土にするために戦争をすることもあった。

 アレン達が以前行った鉱山での戦争も、大義や目的こそ変わってしまったものの当初はそこだ。


 ───暗黙のルール。

 今回の戦争は、空白地帯で起こるとは限らない。

 何せ、ジュナを連れて行った魔法国家の魔法士を襲撃するのだ。場所など定まりようがない。

 そのため───


「……やって来たぜ、魔法国家。イメージと違うんだけど、そこんところどう思う?」


 目の前に広がるのは、壮大な湖。

 太陽の光によって水面が照らされ、小鳥の囀りまで聞こえてきそうな和かさが漂っている。

 ここでボート一つ用意して水面を漕いでみるのもよし、畔でシート広げてピクニックするもよし。

 まぁ、有り体に言うと……マジで戦争をするような場所じゃなかった。


「イメージとは常に予想を裏切るものですよ。よかったではありませんか、本日はここでキャンプをしましょう」

「またテント……俺最近ふかふかベッドにインできてないんだけど、枕ちゃんが寂しくて泣いてないかな?」

「枕ちゃんよりも女の子を優先した結果ですね」


 まぁ、そうなんだけど、と。

 アレンは戦争するのに少し抵抗を覚えながら辺りを見渡した。


「それに、あまり目に見えるものを気にしても仕方ないかと」

「どういうこと?」

「聖女様のようなお話を聞いた限り、今回の魔法士は『違う景色を《オーロラ》』という魔法を小汚く戦っていたようです」


 セリアは吹く風によって揺れる桃色の風を押さえながら口にする。


「今、私達が見ている景色も、実際には魔法によって生み出された虚像に過ぎないかもしれません。もしかすれば、すぐ横を魔法士が歩いていて実際に立っているこの場所は荒れ果てた荒野……なんてこともあり得ます。まぁ、歩いた歩数と方角的に魔法国家の領土内に入ったのは確かですが」


 前回の戦争では、魔法国家は己を認識させず上手いこと戦場を動かしていた。

 そういったことをしてきた魔法士達であれば、己の姿を隠して安全圏まほうこっかまで逃げることは可能だろう。


「……つまり、俺達は実際迷路の中でかくれんぼの鬼役をやるのか。ちくしょう、たかが遊びに本気になりやがって」

「解決策は、違和感を見つけることです。一度展開すれば静止画ではなく映像となりますので、首を傾げて違和感を探すのはオススメしません」

「かくれんぼに加えて見知らぬ場所での間違い探しとか……一気にハードル上がっていく」


 アレンは投げ出したくなる衝動を抑え、そのまま地面に寝そべった。

 その時、セリアが己の頭を持ち上げて膝の上に乗せてくる。

 こうして和かな場所で膝枕をしていると、本当であれば平和な一幕を連想させてくるのだが、背後には自分が連れて来た物騒なむさ苦しい野郎共がいる。不釣り合いにも程があった。

 それに───


「ねぇ……こんなところで寝ててもいいの?」


 顔を覗き込む、一人の女の子。

 小柄なのに鼻の下を伸ばさせるナイスバディの和服美女ではない。愛嬌を感じさせる可愛らしい少女。

 プラチナブロンドのツインテールの上に着いているウィンプルが特徴的で、何か触れてはいけない清楚さが醸し出されていた。


「早く、ジュナを連れ戻さないと! じゃないと、本当に手の届かない魔法国家の中に連れ戻されちゃう!」


 ───聖女、アイシャ・アルシャラ。

 神聖国が誇る、聖女の一人である。


「馬鹿言うなって、現実逃避の扇動者。今立っているこの場所でさえ右も左も分からない状況なんだ、せっかくの遠足が「気づけば我が家」なんてことになってもいいのか?」

「うっ……!」

「方角頼りに歩いてきてんだ、とりあえず慎重に行くのがベターだろ」


 アイシャが苦しそうに言葉に詰まる。

 とはいえ、アレンも今さっき初めてセリアに聞いたのだからあまり偉そうには言えないのだが、焦っている彼女を宥めるぐらいなら別に構わないだろう。


(とはいえ……)


 アレンは寝転がりながらチラッと野郎共の横を見る。

 そこには、王国兵とは別の服を着た神聖国の兵士と、白銀の甲冑を見に纏った聖騎士の姿があった。


(かっこつけたのはよかったが、随分大世帯な遠足になったもんだ)


 ここに来る道中、神聖国の人間と出会した。

 利害が一致している者同士、一緒に足を進めるような形になったのは必然だろう。

 しかし───


「貴様ァ! アイシャ様を落ち込ませるとは何事か!? このプリティなご尊顔を損ねただけでも大罪級だぞ背教者ッッッ!!!」

「やめてクラリス! さっきまで敵対してたし気持ちは分かるけどそれ以上に私が恥ずかしいんだからぁ!」


 ───横で繰り広げられる、甲冑美人を押さえる修道服美少女の姿。

 アレンはそれを見て、大きなため息をついた。


「ザックとソフィアが懐かしいなぁ」

「今頃何をされているんでしょうね?」


 セリアに頭を撫でられながら懐かしき文通相手のことを、ふと思い出したアレンであった。

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