『策謀』ではなく『助けて』
今考えれば、違和感など初めからあったのだ。
何故、自国の領土ですらない鉱山に教会を建てるという話に神聖国側は承諾をしたのか?
無論、新しい鉱脈ともなれば産業も発展し、鉱夫や商人を始めとした人間が溢れて活気が出るだろう。
人が多くなれば信徒も増え、教会に足を運んでくれる人間も同じように増えていく。
神聖国の主体は宗教だ。自国だけに限らず、増やせるのであればそれに乗っかる必要もない。
けど、それは果たして戦争が始まろうとしている場所に建てるほどだろうか?
平和主義の神聖国がその選択をしてまで信徒を増やそうとも思えない。
しかし、そこに別の目的があれば?
たとえば、邪魔な教会があるから王国に潰してもらおう、とか―――
「吐けよ、神聖国。場合によっちゃ、ここで回れ右して別のダンスホールに戻ってもいいんだぞ!?」
このことをソフィア達が知らないとは思えない。
いや、知っている前提の方が今までの違和感を払拭できてしまう。
何より、目の前にいる聖女の表情が苦しくも申し訳ない色に染まっている時点でどの答えが正解なのか目に見えている。
アレンが求めているのは答え合わせではなく、その答えに至った理由。
なんのために王国の提案した話に乗っかり、どうして教会を潰してほしいのかを知りたい。
いや、知らなければ目の前の少女ですらいつものように拳を向けなくてはならなくなる。
リゼの時とは状況が違う。
彼女の場合は全ての情報がオープンになった状態で乗っかった話だ。
ここでの状況にどれだけの差異があるかは言わなくてもいいだろう。
「ま、待ってくださいっ!」
問い詰めるアレンの間に、ザックが割って入った。
「聖女様が悪いわけではないんです! これには深い事情が……ッ!」
「そういう問答はやめようぜ、ザック。こっちだって利益を求めて提案して、お前らがそれに乗っかった。別に裏切られた裏切ったの話じゃなくて、これは切るか切らないかの話だ」
アレン達のメリットは連邦よりも先に手を打て、鉱山を手に入れつつ神聖国にバックをつけてもらうこと。
前提は『先手』という部分なのだ。これが瓦解してしまえば、そもそも神聖国の聖騎士一人の助力だけで攻めようなどとは思わない。
だから、アレンはソフィアを責めているわけではなくてここで立ち向かう理由なのか否か。
「俺達はここでお前達を置いて遠足から戻っても無駄に弁当を消費したってだけで済む。ここでハチミツほしさに蜂の巣に突貫したら犠牲が多く出るのは間違いなく王国だ」
「そ、それは……」
「俺達がやろうとしているのは正義か悪かなんて存在しない利益ほしさの戦争だ。おたくらだって、利益があったからこそ黙秘してたんだろ? いいんだよ、美少女を責める性癖なんかないから」
ただ見捨てるだけだから、と。
アレンは冷たく二人に言い放った。
(珍しいですね、ご主人様にしては……)
そのやり取りを王国兵と共に黙って傍観しているセリアは意外だと思った。
アレンは王国の利益以上に情を優先して動くタイプの人間だ。
だからこそ以前魔法国家と帝国が手を結んだと分かっていても、迷うことなくリゼを助けてみせた。
故に、今のやり取りには違和感が残ってしまう。
もしかして、と。
長い付き合いのセリアはふと何かを思いついた―――
「いいです、ザック」
「聖女様……」
「お話しします……私達は今、教皇戦の真っ只中なんです」
真っ直ぐ目を向けるアレンに、セリアは同じように真っ直ぐ見つめ返す。
「あそこに建っているのは候補者の一人が自身の派閥によって建てた教会です。私達は、その教会を王国を使って潰すよう候補者から承りました」
「また派閥争いか……どうして身内の喧嘩にご近所を巻き込むかね」
「も、申し訳ございません……」
ソフィアが申し訳なさそうに口にする。
それでも、アレンはため息を隠しきることができなかった。
「んで、どうしてその候補者はあんなところに教会を建てた? 注文住宅にしては神聖国から距離が離れているだろ?」
「王国側と同じ理由です。あそこに新しい鉱脈があるから、ですがそれにしても隣接しているわけでもない空白地帯の鉱山を狙った理由は分かりません。しかし、あそこに建てられた以上、他の場所に教会を建てるよりかは信徒を増やしやすいのは間違いありません」
だから潰してしまおう。
宗教という枠組みの中で最も実績の出せた人間こそが次期教皇になれるのだから、誰かに先を越されるのは我慢ならない。
そういった話。
……それだけで済めば、心優しい少女は他人を騙そうとは思わない。
「本当に?」
「ッ!?」
「本当に、君は今回の戦争を利権だけで動いたのか?」
アレンの真っ直ぐな瞳がソフィアの瞳を穿つ。
それがソフィアの心を揺さぶったのか、用意していた言葉が中々紡げない。
「多分、今の情報は本当なんだろうさ。神聖国内での教皇戦も、あそこに教会が建ってる理由も。でも、そこが真意じゃないはずだ。蹴落としたい? 教皇戦に勝ちたい? 違うだろ───君はそんなことで人を騙そうなんて思わないはずだ」
騙そうなんて考えるな……今ここで語るのは、腹を割った互いの事情だ。
逃がさない、そんなものがアレンから放たれる。
そして—――
「ご、ごめんなさい……教皇戦は、本当です……あそこにあるのも、私の支持していない候補者の教会です。けど、本当は……」
心優しい少女は堪え切れず、瞳に涙を浮かべた。
「妹が、あの教会で……誘拐、されているので、助けたくて……」
―――ソフィアという少女の家は、代々聖女を輩出してきた家系だ。
聖女の数に制限はない。
希少というだけで、女神とコンタクトが取れるものであれば寵愛を受け、聖女となり得る。
ソフィアと、その妹は珍しく聖女となった。
聖女は教会を建てるための証を刻むことができる。
そうでなければそれは教会の形を模倣したただの建物にしかならない。
だから、教会を建てるなら聖女に刻んでもらわないといけないのだが、ソフィアもソフィアの妹も派閥が違った。
だったら、誘拐してまで刻んでもらおう。
多く貢献して教皇になれば、誘拐したという事実さえ些事でしかない。
たとえ影響力の大きい聖女であっても、神聖国をまとめるのは教皇なのだから。
「なるほどなぁ……これで合点がいった。てめぇら神聖国から来た人間が二人しかいないのも、あくまで私用だから。大工がいないのはそもそも建てる気がなかったから」
「……その、通りです」
「んで、二人じゃ心許ないから王国を利用して妹を奪ってやればいい。優しい心を持ってんのにえげつねぇこと考えるな」
頭を掻くアレンに、ソフィアはグッと瞳に浮かんだ涙を堪える。
利用していたのは事実、ここで泣き喚いてしまうのもお門違い。
これは誰が悪いとかではなく、犯人探しをするまでもないサスペンスみたいなもの。
全ては自分のせいで、全ては自分の都合に王国やザックを巻き込んでしまっただけ。
―――ここで見捨てられても仕方ない。
「ごめん、なさい……私達は、ここで退きます。この件の罰も、全て受け入れます……」
精一杯の謝罪をしたソフィアはアレンが次に紡ぐ言葉を震えながらもジッと待った。
だが、ふと頭の上に温かい感触が乗る。
ふと上を向けば、アレンが優しい顔を浮かべながら自分の頭の上に手を置いていた。
「言う言葉が違うんじゃねぇの?」
「えっ……?」
「変な頭なんか回さなくてもさ、困ってたら素直にこう言ってくれりゃよかったんだ―――」
そして、アレンは安心させるような笑顔を見せた。
「助けてください、って。そう言ったら俺達は喜んで拳を握るさ。何せ、俺らは利益よりも情を大事にする目も当てられない馬鹿共だからよ」
ソフィアの瞳から、今度こそ堪え切れなかった涙が零れ始める。
ぽろぽろと、情けなくも可愛い顔がくしゃくしゃになった。
「私と、妹を……助けてくれま、せんか……?」
「あぁ、任せろ」
アレンは最後にもう一回笑顔を向けると、後ろにいる兵士達へと叫んだ。
「敬愛すべき馬鹿共! 今の話を聞いたか!?」
『『『『『おうっ!!!!!』』』』』
「ここで教会潰して鉱山を奪い返せば王国の利益にもなる。しかし、俺らは弱小国! 死ぬリスクはどこまで行っても最高潮だ!」
『『『『『おうっ!!!!!』』』』』
「けど、こんな美少女のお願いを聞かねぇで、誰のナニが立派だって? ふざけんじゃねぇ、俺達が見たいのは可愛い女の子の笑顔であって涙じゃねぇだろ!!!」
『『『『『おうっ!!!!!』』』』』
「だから―――」
英雄は、どこに行っても英雄である。
それが生まれの違う人間であっても、救いを求められるのなら……帰る家があるのなら、誰彼構わず手を差し伸べる。
「世界一清い宝石を奪い返して持ち主に返してやろう。さぁ、お前達……楽しい楽しい戦争のお時間だ」
『『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』』』』』
馬鹿共の雄叫びが響き渡る。
見つかろうが、気づかれようが関係ない。
鉱山の奪取? 王国の利益? 知ったことか。
泣いている女の子が助けを求めているのであれば、それに応えるのが男の役割だ。
「ありがとう、ございます……本当に、ありがとうございますっ!」
ソフィアが泣きながら頭を下げる。
そんな様子を見たあと、セリアが雄叫びの中心にいるアレンの横へと立った。
「初めから知っていましたね?」
「あ? 何が?」
「聖女様にこのようなご事情があったことを」
その問いに、アレンはおどけたように肩を竦める。
「まさか。違和感とかあったが、鉱山が先にリークされてたとか、教皇戦なんて派閥争いがあったとか、妹が拉致されているとか俺が知るわけないだろ?」
ただまぁ、と。
アレンは少し困り気味に頬を掻いた。
「あんな優しい子が目先の利益で策謀なんて考えるわけねぇだろうなって、そう思っただけだよ」
心優しい人間が誰かを騙すなんてよっぽど何か事情があったに違いない。
セリアはフッと口元を緩める。
その姿は、状況こそ違うものの……どこか初めて出会った時と似ているような気がした。
「このお人好しさんめ」
「仕方ねぇだろ、俺達は総じて馬鹿ばっかりなんだからさ」
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