切るか切らないか

 目の前に広がる光景と状況。

 アレンが驚いている以上に、リゼの中は混乱を極めていた。


(マズイ……マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイッッッ!!!)


 魔法国家が帝国と手を結んでいる。

 第一皇子派閥にいるリゼが知らなかったということは、十中八九第二皇子の派閥が魔法国家と手を結んだのだろう。

 いつから? なんの利害があって? 現在の目的はなんなのか?

 この際、そこを気にするのは後回しでいい。

 今は自分の置かれている現状を見つめ直さなければならないのだから。


 帝国兵だけでなく、魔法国家の魔法士だっている。

 戦力差など歴然で、真っ向から立ち向かうのははばかられるだろう。

 また迂回して別のルートを探るか? いや、それよりも目下一番危険視しなければならないのは───


(王国が敵に回る……ッ!)


 アレン達がリゼの護衛をしているのは『今後の不可侵』という利益があるからだ。

 しかも、それは第一皇子の即位が前提のものであって、そこが崩れてしまえばそもそも手を貸す理由などどこにもない。

 今、アレン達が知りうる情報は『帝国内で継承争い』が起こっているという情報のみ。

 両者にどんな派閥があって誰が味方なのかということは開示されておらず、常に現状の判断で知りうるしかなくなる。


 そして、アレン達は知ってしまった───魔法国家が第二皇子と手を結んだことを。

 二つの大国が手を結んだとなれば、どちらの天秤が傾くかなど明白だ。

 であれば、ここで手を貸す理由などどこにもない……何せ、前提が崩れる方の可能性が高くなったのなら、これ以上リスクを負わなくてもいいのだから。


(それだけならまだいいけど、絶対にここじゃ終わらない……ッ!)


 第二皇子がリゼに執着しているのは知っている。

 もし、リゼの首を持って第二皇子側に擦り寄って利益を得ようとすれば? 第二皇子からしてみれば王国など泊にはなるが何をされても大した痛手にはならない。

 リゼの首が手に入るなら可能な限り要求を呑むだろう。

 そんなことになってしまえば、リゼはたちまち孤立する。

 現状一人しかいないのに、王国と第二皇子派閥、魔法国家から追われなければならない。

 しかも、その王国は英雄とも言われる魔術師だ。


 足元が一気に崩れ去ってしまう感覚に陥った。

 命は惜しくないが、何もなしえていないのに殺されるというのは、己のプライドが許せなかった。

 だからこその絶望。思わず、膝から崩れ落ちてしまう。


「ははっ……」


 読み間違えた。

 まさか魔法国家と手を結んでまで自分を殺そうとしてくるとは。

 これからどうする? 今すぐアレン達から背中を向けて魔法士達とかくれんぼを再開するか、アレン達に情で訴えるか?

 最悪、自分の体を売ってでもここはなんとしてでも生き延びなければ───


「おい、座ってんじゃねぇよ前を見ろ!」


 その時、アレンがリゼの脇を抱えて立ち上がらせた。


「今はどうして第二皇子派閥が魔法国家と手を結んだとか後回しだ! 袋のネズミちゃんになる前に猫ちゃんを撃退することだけ考えるぞ!」


 言っている意味が分からなかった。

 眼前近くまでにいるアレンの顔を見て、リゼは思わず呆けてしまう。


「どうし、て……?」

「あァ? それはあれか? 美少女の首を取ってゴマすりすれば王国の利益になるんじゃないかってクエッションか? やめろよ、首切るのは野郎だけでいいんだよ股間のナニが今後立たなくなっちゃうだろうが!」


 美少女だから、もちろんそんな理由ではないのは分かっている。

 彼は私利より国と人を考えられる人間だ。

 もし、こうして否定的な言葉が出てくるのであれば───


「帰る家がある奴をむざむざ殺させるか! 守ってやるって言ったのに今更手のひらなんか返せるかよ!」


 ───優しさ、それしかなかった。

 だからこそ、リゼはおかしく……それでいて、嬉しく、温かくなった。

 瞳から少し涙が溢れてくるぐらいには。


「ふふっ……馬鹿ね、ここで私を切る方が得なのに」

「俺の兄だったら切るだろうがな。生憎と俺は情で動くタイプなんだ」


 アレンはリゼの瞳に浮かんだ涙を拭うと、集団に視線を向ける。


「見たところ、帝国お抱えの剣聖も魔術師も見当たらない。リゼ様の首を取りたいのは山々だが、そこまでは動かせなかったってことだ。だったら、やりようはある」


 アレンはリゼの体を近くにいた兵士に突き出した。


「てめぇら、こんな可愛い美少女を売ってまで生き残りたいと思うか?」

『馬鹿言ってんじゃねぇよ、大将!』

『自分の命を優先するのはうちのモットーだけど、女を売ってまで生き残りたいとは思わねぇ!』

『そうだ! 大将が言わなきゃ俺らが言ってたぐらいだぜ!』

「流石は男の中の男……よく言った! てめぇらが部下でよかった!」


 この人達は、本当に……馬鹿ばっかりだ。

 自分を中心に盛り上がる兵士達を見て、リゼの顔に笑みが浮かぶ。


「それじゃ、てめぇらは後ろから追いかけてくる鬼さんから全力でリゼ様を守れ。俺は群がることしかできん蟻さんに蓄えがなくなったキリギリスくんの恐ろしさを教えてくるから」


 その発言の意図を、リゼは理解する。

 つまりは「単身で乗り込むから撃退するまで自分を守れ」ということ。


「あなた……相手は、魔法士もいるし、あの人数なのよ!?」

「馬鹿言うな、俺は魔術師だぞ? そこいらの有象無象が束になったところで負けるかよ。もし心配って言うんだったら」


 アレンはリゼに向かって、年相応の無邪気な笑みを浮かべた。


「俺のやる気が出るように、何か言ってくれや」


 その表情を見て、リゼは悟ってしまう。

 きっと、何を言っても自分が前に出て拳を握るのだろう、と。

 ふと、セリアの昔話思い出してしまった。

 どうして急にそんなことを思い出してしまったのか? 恐らく、今のアレンの背中がのように見えたからだろう。

 故に、リゼは───


「……無事に戻ってきたら、この美少女から愛を込めてキスをしてあげるわ」

「俄然やる気になったんだけどどうしよう!? 結構予想外のプレゼントにちょっと動揺しちゃうんだが!?」


 ズルいぞ大将! そんな言葉を受けながら、アレンは小さく手を振った。

 そして、勢いよく斜面を下っていく。


 ───アレンとて、この戦いが不利だというのは理解している。

 たとえ魔術師であっても万能ではない。

 数に押されて不意を突かれてぽっくり逝ってしまう……なんてことなど、容易に考えられるから。

 だから、アレンは祈った───


(頼むぜ、相棒……お前なら来てくれるよな!)


 もし、ここに全戦力を向けて来ているのなら、セリア達も違和感に気づいているはずだ。

 そうなれば、きっとセリアは駆けつけてくれる。

 魔術師が二人なら……この局面、まだ可能性は十分にあるのだ。


 その時、ふとアレンが下っている先、国境付近の視界が悪くなっているように感じた。

 まるで、───


「流石だよ、俺の相棒さんっ!」


 アレンは口元に笑みを浮かべると、国境にいる帝国兵と魔法士に聞こえるよう大声を出した。


「さぁ、戦争だクソ野郎共! 魔術師相手に勝てると思う馬と鹿だけ前に出やがれ!」


 後ろには守るべき女がいる。

 ならば、拳を握れ。


 英雄は、常に前へ出て誰かを守るために戦うのだから。

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